Death+15. 救出の道程

「速ぇ速えトーラス速い速い!!」

「いそげーっ!!」


死神四人と一緒に、更科の元へ家を抜け出したオレは今、雪乃から勝手に拝借した自転車にまたがって坂道を暴走していた。

一切漕いでないのに自動車みてえなスピードを出しているのは他でもない、オレの首に腕を回して、背中からぴったり抱きついてきているトーラスの仕業だ。普通じゃ考えられないぐらいのスピードで異常に回転するタイヤからは、唸り声を思わせる轟音が乗り手に容赦なく浴びせかけられる。

なんでも、死神どもはそれぞれ、現世に介入する手段として「権能」とかいうのを持っているらしい。死神によって変わってくるそうだが、トーラスの場合は「回るものなら大体何でも操れる」とかいうハナシだ。

オレが今、凄まじい速度で回っている暴れ馬みたいなタイヤが動かす自転車のハンドルに捕まっているので精一杯なのは、逸る気持ちでオレの方から「速く行く方法はねえか」とトーラスに頼み込んだ結果だった。

当のトーラスは後ろの荷台に乗って、ちょうど二人乗りをするみたいな格好でオレに抱き着いている。周りに死神四人がいながら独り占めしている格好になってるのが余程うれしいのか、オレに身体を密着させながらしきりに騒いでいた。


「あははっ♡ユッキーの背中おっき〜♡」

「あんま押し付けんな……!」

「え〜?♡何を〜っ?♡言ってくれなきゃわかんな〜い♡」

「色情魔ガ!」

「あて?てん!じゃ。ねー、ぞ」


他の死神……カースとルサールも、オレの後ろを飛んで着いてくる。唯一フォールだけが地面を走ってオレの暴走自転車に並走してきていた。


「フォールは飛ばねえのか」

「俺は走った方が速い。飛行は余り好かん」

「ああ……」


そりゃあ、そんなデケエ身体ならそうだろうよ。

……などと言いたい所を押さえて前を向く。タイムスリップものなんかでジュラ紀あたりに行くやつがあるが、肉食恐竜に追い回される気分ってのは丁度こんな感じなんだろうか。巨大生物───もっとも生きてないが───に真横をドスドス走られるってのは、実際体験してみると思った以上に威圧感があるもんだ、と、フォールを横目にふと思った。


「そういや、お前の権能は何なんだ?」

「落下と浮遊だ。万物を落とし、或いは浮かせる。……行使の機会は余り無いがな」


これも、さっき聞いたハナシだ。

こいつらはそういう、現実を変えちまうような不思議な力を持ってはいるが、実際使う事は滅多にないそうだ。

死神は人間の生死に介入できない。だから基本的に現世に影響を及ぼすようなことはせず、運命ドゥームが絡んだ事態を解決する時ぐらいだとかなんとか。

たまに聞く「物が勝手に動いた」とかいうやつ、ポルターガイストとか言ったか。そいつも、それの仕業らしい。割と気軽に使う事もあるみてえだが、まあ神の考えてることだ。人間にはあずかり知れねえだろう。


そんな事より、気になるのは更科だ。オレは横合いのカースをちらと見やって、叩きつけるように襲いかかってくる向かい風に吹き飛ばされないよう、語気を荒げて質問を飛ばす。


「カース!更科はあとどれぐらい保つんだ!?」

「夜明けダ。夜明けと共に娘の命は尽きル」

「……あと数時間もねえじゃんかよ、くそ!」


命が尽きるまで、数時間。だが、実際尽きる直前に助けても手遅れって事もある。

更科の家までは学校と同じくらいの、オレん家から歩いて15分だ。その時間すら惜しいほどの猶予を争うこの状況、まずこれぐらいの速さで突っ走らねえといけねえだろう。

普通なら考えられないぐらいの、それこそ車に乗ってる時ぐらいの早さで、終電の過ぎて開きっぱなしになった踏切まで辿り着く。もうすぐだ。迷わずまた、暗がりの坂道を降りはじめる。

間に合ってくれ。オレは更科の安否を気にしながらも、もう一つ頭の中に引っかかった事をついでとばかりにカースに尋ねる。


「オレを襲った、更科の形の呪いは何だったんだ?アレは悪霊じゃねえのか?」

「あー、ありゃ生霊レイスサ。悪霊は宿主と一体化した後、宿主に関係ある人間まで呪いを飛び火させることがあル。侵食が進んだ証拠だ、急げヨ」

「……畜生、いい性格してやがるぜ!無関係な人間まで呪い殺そうとするなんてよ!」

「それも、滅多にねぇ事なんだがナァ。強大な悪霊じゃねえと起こらねエ。……用心しておケ」

「おうよ!」


改めて決意を固め、前を見据える。そこはいつもの、見慣れた十字路だった。

カースは言葉を続けて、こう呟いた。


「……飛び火の条件はナ。”宿主が特に強く思い浮かべた人間”サ」

「……えっ……」

「余程にわれてんだなア。あんな啖呵を切っただけはあル」

「更科が、オレを……」


ゲラゲラ笑うカースが口にしたことに、オレはどこか救われた心持ちがした。

更科からはまだ、オレを思い浮かべてくれるぐらいには嫌われちゃいねえらしい。

それが結果的にオレに呪いを撒いちまったとしても、知った事じゃない。

更科が、オレを忘れていねえこと。その事実が、今のオレにとっては何より大事なことに思えた。

オレの守るべき日常は、まだ守れるところにあるんだ。

待ってろよ、更科───


「危ないユッキー避けて!間に合わない!」


ぐわしゃ。

ああ、クソ。忘れてた。

考え事なんかしてたから。

オレがどんな体質だったか忘れちまったか。


居眠り運転のトラックに横合いから自転車ごと体当たりを食らったオレは、こっちのスピードの出し過ぎもあったんだろうか。

面白いぐらいの速さで吹っ飛んで、塀にぶつかって即死した。


「うわーん!ユッキー!」

「またかヨ。想像以上だナ」

「最早驚きもせん」

「ほー?てーそ!くど、をまも。れ!」


と、車輪がオレを生き返す。

ああ、幸先が悪い。

こんなザマでホントに、更科を守れるんだろうかなア。



Death+1.

轢死 : 4

落死 : 1

溺死 : 1

呪死 : 1

Total : 7

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