Death+14. 不運の意味
「……は……」
あまりの衝撃で、声が詰まる。頭が真っ白になって、何も考えられなくなっていく。
到底受け入れられない言葉が、それでもはっきり意味のわかっちまった言葉だけが、頭の中でぐるぐる反響する。
更科が、死ぬ?
何でだ。
何で、あんなに良いヤツが、死ななきゃならねえんだ。
「ウソ、ついてんだろ……?」
「本当ダ」
「てめえ、適当言ってんじゃねえぞ。あんまり冗談がすぎるようじゃ……!!」
「……ユッキー」
真っ白になった頭の中には、熱い血が代わりに登ってきていた。
激昂しかけたオレの背中に、トーラスが嗜めるように手を置いたのを感じた。ここが深夜の家の廊下で、すぐ隣の部屋で家族が寝てるのを思い出して、オレははっと声を抑えた。
それでも叫びだしたいのを我慢できないぐらいの頭の混乱と、動揺でしっちゃかめっちゃかになった感情のままで、オレはカースを獰猛に睨みつけたままだった。
後ろからトーラスが、オレをなだめるような、息の根を止めるような一言を、絞り出すように発するのが聞こえた。
「死神はね、自分の死因で死にそーな人が分かんの。……だから多分、カースは嘘ついてないと思う」
「そういうこっタ。……事実を言ったまでなんだが、そうカ。人間は人の死に耐性が無ェのを忘れてたゼ」
「……言葉を選べ、阿呆め」
「こ。れだ?からいん!きょのせけ、んしら?ずは。」
「なんか言ったか
「説明しろ、何で、何で更科が……!!」
カースの胸ぐらの、ぼろ切れみたいなマントの裾を引っ掴んで、オレは必死の形相で問い詰める。
ほとんど半狂乱で、受け入れられない現実を拒絶する、ダダをこねる子供みたいになっているのが分かってても、オレはそうしないといけなかった。
むざむざ友だちが死のうとしてるなんて話を聞かせられて正気を保っていられるほど、オレは利口でも冷血でもなかった。周りの死神三人も、「空気を読め」と言わんばかりにカースを睨みつけている。
オレの詰問から間を置くようにして、はあ、とカースがため息を吐く。追い詰められたようにして吐き出したそこには、「落ち着け」という言外の意味が込められていたようにも感じた。
「あの娘はな、今、霊障に罹ってるんダ」
「霊障……?」
「そうサ。悪霊に憑かれてるってことだヨ。霊感の強い人間は、そういう悪いものを呼びやすイ。……簡単に言や、呪われちまったんダ。たまたま今夜、ついさっきナ」
「……悪霊」
トーラスのハナシの中で、聞いたことがある。
つまりはオレみたいに不運などっかのヤツが、なんかの拍子で死んじまって、そのまま生き返れなかったから。
今、そいつが更科を呪ってる、そういうことなのか。
オレが小さい頭の中の、少し冷静さを取り戻した部分で頑張って考えをめぐらす間にも、カースは言葉を続けた。
「憑いた悪霊に、ワタシらは手出しが出来ねエ。そいつは生きてる人間と同化しちまったからナ。死神が生者の死をどうこうする事はできねエ。だから宿主を殺して出てくるのを待ち構えて、消し去るしか方法は無イ。……だから、残念ダ。そう言ったのサ」
「……」
"生者を呪いに行く"。昔聞いたその言葉が今や信じられねえほどの重みになって、現実にのしかかってきているのを感じていた。
まさか、こんなタイミング。こんな時に。まだオレは、更科の誤解すら解けてねえのに。
オレの知らねえところで、更科が苦しんで死のうとしてるなんて。
無力感に歯噛みする。血がにじむぐらいに拳を握りしめる。カースの語った真実は、どうしようもないほどの絶望をオレに与えるみたいだった。
友だちと仲良くする。そんなささいな日常すら、オレには送れねえって言うのかよ。
何が
オレだけが生き返れたって、友だちが死んでいくのをこうして悔しがるだけで。何が出来るって言うんだよ───!
その場の全員が押し黙っている。オレもトーラスも、フォールも、ルサールも、更科の現状を今しがた語ったばっかりのカースでさえも、ただの一言も発しない。
そんな沈黙は、余計にこれが深刻で、どうしようもない状況なんだってことを何よりもはっきり証明してるみたいで、余計に腹立たしい思いがした。
何か、何か、何か出来ねえのか。死神がお手上げって言ってるんだ、オレに何か出来るハズもねえ、そんな事頭じゃわかってるのに。
それでも考える、思考がパンクしそうになる。ただでさえニガテな考え事を、足りねえ脳みそをフル回転させて回し続ける。
体中ぜんぶの血が頭に集まって、全身の筋肉から力が抜けていくみたいな感覚を覚えながら、オレはヒントを探し続ける。
呪い、悪霊。
……待てよ。
さっき、カースは何て言った?
「……カース。さっき、「呪いを吸い出した」、つったな」
「ああ、そうだナ。ワタシの口でしっかり味わったサ」
「───それ、人間がやっても出来るのか?」
オレが、そう口走った瞬間に。
その場に居た死神全員が、度肝を抜かれたように身体を震わせた。
「……頭イッてるのか、テメー」
「そうだよ、ユッキーはどうなるの……!?」
「世迷言を言うな、幸長。そいつは自死だ。自ら死ぬのは
「ちまよ!うな。」
「出来るんだな?」
オレの決意を込めた言葉に、全員が圧されて口をつぐんだ。
そうだ。死神は生者に手を出せねえから、呪われた更科をどうすることも出来ない。だから、お手上げだったんだ。
だが、それが生者だったら?
悪霊がどれだけ暴れようが呪おうが、何回死んでも生き返る、そんなイレギュラーだったとしたら───?
「断崖が言った通りダ。それでオマエが死んでも、
「うるせえよ」
オレは力強く一歩を踏み出して、反駁の声を上げるカースに立ちふさがるように顔を近づける。
「不運、呪い、悪霊、もうたくさんだ。オレが昨日今日で、何回死んだと思ってやがんだ?……六回、六回だぞ!死んで生き返れるかわからねえ?保証がない?あいにくそんな脅迫で止まっちまうビビリのオレは、もうとっくに死んじまったらしい」
ああ、何を言ってんだ、オレは。舌と頭が分離したみたいに、逆に冷静な頭で自嘲しちまう。
頭が文字通り吹っ飛んだせいか、首締められて後遺症でも残ったか。すっかりイカれちまったらしい。
だが、それでも口は勝手に動く。そしてオレは、身体のほうが利口だから。言うに任せて言葉を続ける。
「だから。だからオレは、それで更科が助けられるなら。このちっぽけな命なんか、いくらだってくれてやるよ。オレの日常を守るためなら、オレは死んだってかまわねえ!何より───」
完全に血がのぼっちまった勢いのままに、オレはそのまま言い淀まずに。
「───オレの友だちが死んでいくのが、オレの不運じゃなくて何だってんだ!!」
……はあ、はあ、はあ、と。
思いを吐き出し切って、呼吸が荒くなる。血が頭から急に引いていって、くらりと身体が揺れる。
倒れそうになったオレの肩を支えて立つのを支えたのは、まさしくオレが啖呵を切った張本人。
「……クククッ、キキキキッ……」
カースが、オレの前で───笑っていた。
「ギャハハッ、ギャハハハハッ……!!ギャハァッハハハハハハッ!!」
下品な笑い声をあげて哄笑するカース、その後ろで、オレの言葉に呆気にとられたような表情の三人の死神。
結果カースだけが、その場で目立った動きを見せる唯一の存在で。絵に描いたような呵々大笑がひとしきり続いた後で、カースはオレに、笑いで言葉の端々を引き攣らせながら口を開いた。
「成程、成程、まったく笑える屁理屈ダ!乳幼児でもまだマシな言い訳するゼ!それをオマエ、他人が死ぬのが自分の不運!?稀代の不運だけじゃねえ、稀代の馬鹿ダ!!そんな馬鹿を言った野郎は2000年ぶりだゼ!!」
不健康で細い下腹を抱えて、耐えきれないとばかりにヒイヒイ声を上げながら、ひとしきり言葉を並べたあと。
不意に、死人みたいに綺麗な顔を至近距離まで近づけて。
「───だが、嫌いな馬鹿じゃねエ」
かつてなく真剣な声色で、そう囁いた。
それに続いて、後ろの三人も口々に声を上げる。……そのどれもが、恍惚とした甘い声色で。
「……マジで、もう。どんだけカッコよかったら気が済むの、ユッキー……♡」
「死神に、そんな啖呵を切るとはな。……大した男だ、お前は」
「ど!きょーあ、る」
「面白いヤツを隠してたもんダ。こんな事ならもっと早くマークしとくんだったゼ」
カースはオレの顎を指先でくいと、品定めするみたいに持ち上げる。
その背丈は普通の人間の範疇だが、180から90ぐらいはある。オレより少し高いぐらいの、フォールほどじゃないがデカい女だ。
そんな上から目線でオレを眺めながら、カースは言った。
「良いゼ。オマエの馬鹿に付き合ってやル。ワタシが責任持って還してやル。死神と生者の
次の瞬間、オレの唇に、また暖かい感触が触れていた。
それはさっき初めて味わって覚えたばかりの、柔らかくて青い唇の感覚。
「───ワタシと一緒に踊ろうゼ、定命……いや、ユキナガ」
ギザギザの歯をにひっ、と歪めた笑みをフェイスベールに隠しながら、カースは微笑んでみせる。
死神のキスは、思ったよりも優しい味がした。
「……むぅ~~~っ、カースやりすぎ~っ!」
「祝詞のは
「ル!サール?もキ。ス~~~」
「キシシ、悔しかったらテメーらもやレ!」
そんなオレたちの様子を見て、死神どもが騒ぎ出す。オレの新しい日常の形に早くも慣れ始めている自分がいて、どこか苦笑しちまう。
だから。これまでの日常を取り戻すために……オレは、魔王の呪いと戦わねえといけねえ。
「……じゃあよ。行くか、更科んとこに!」
「うん!」
「応」
「おー!」
「おう!」
ああ、きっと大丈夫だ。
今のオレには、死神がついてる。
Death+0.
轢死 : 3
落死 : 1
溺死 : 1
呪死 : 1
Total : 6
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