Death+11. 食事の時間

オレの言葉とともに、凍ったような静寂が訪れた。

ベッドの上でオレの決意を聞いていた死神たちも、その前でベッドに座り込んだオレも、両方ともが動かない。

変わらずオレは、目の中にこれからの決意を込めて、死神どもをにらむように見渡す。対する死神たちも、三者三様の、しかしみんなが呆気にとられたような表情で、黙ってこっちを見つめていた。

カチ、カチと時間を刻む壁に掛けた時計の秒針の音だけが、六畳未満の部屋の中に染み渡っては消えていく。

どれくらい、そうしていたんだろうか。果たして目立った動きを最初に見せたのはトーラスだった。

光沢のある薄紅の唇のあいだから、細い息をひとつだけ吐いた。それはため息のような、放心したみたいな、熱のこもった息で。


直後、死神全員が、蕩けたような顔になって。

オレの上に我先にとのしかかって来たのに気付いたのは、それより一拍遅れてのことだった。


「……ユッキー♡あ~~~っ、ユッキー♡♡マジイケメンすぎるよぉっ♡♡うん、うん、一生一緒にいようっ♡♡♡うちもユッキーのこと大好きぃ♡♡♡」

「そんな台詞を俺達に聞かせるとは、覚悟は出来てるんだろうな?♡♡何度だって看取ってやるぞ……♡♡」

「お、まえル?サー。ルとけっ☆こ、んし。ろー!」

「うわぁ!?急に抱きつくんじゃ……!!」


死神三匹にもみくちゃにされながら、オレは考えごとに逃げていく。こうなるのも、そりゃそうだよな、と苦笑しながら。

こいつらからすりゃ「一生一緒にいてくれ」と言われたようなもんだし、オレは実際そう言った。

枕元に付きまとう死神の、一方的だった愛を受け入れたのは、他でもねえこのオレ自身だ。

だから、トーラスがオレに柔らかい体を絡めて、耳元で甘ったるい言葉を囁くのも。

フォールがオレの腰に馬乗りになって、ぎらつく捕食者のような視線を向けて息を荒げているのも。

ルサールが触手でオレの胴体をくすぐったく撫でまわしながら、小さな体をぎゅうと擦り付けてくるのも。これからは、オレの日常になるんだ。

いいぜ、やってやろうじゃねえか。男に二言はねえ。

オレは目をつぶって、絡みつく三つの愛を、全身で受け入れる準備をすませた。


だが、オレのそんな決意は、結局のところ、どうしようもなく甘かった。

これまでのことを冷静に考えれば、ただのじゃれ合いで終わるハズがなかったんだ。

オレの付け焼き刃みたいな覚悟がまったく浅はかで、生半可だったなんてことは、右耳から聞こえてきたトーラスの囁きで、すぐに思い知らされた。


「はぁ~~~っ♡♡ユッキー、子供は何人欲しい?♡♡うち頑張って産むからっ♡♡」


……なんて?

思わず視線を右にやる。

そこにはすっかり上気したトーラスの淫靡な顔があって、そいつが口走った予想以上のことが、聞き間違いなんかじゃなかったことを何よりもはっきり証明していて。

完全に不意を突かれちまったオレは、ついつい素っ頓狂で間抜けなことを口走っちまった。


「はっ……?し、死神とじゃできねえだろ……」

「やってみなければ分からんだろう?今夜は寝られると思うな、幸長……♡」


そんな、ホントかウソかも分かってねえ理屈じゃ止まるワケもない。

瞳にハートマークでも浮かんでるんじゃないかって思うぐらいの猫なで声になったフォールが、オレを逃さないように体重をかけるのを緩めずに、片手でしゅるりと、見せつけるみたいにして秘部を隠していたフンドシを取り去っていく。


「てめっ、脱ぐな!」

「フォール抜け駆けすんなし!」

「こ?いつた。って!るぞ。」

「おい、勝手に……!」


オレの上にまたがったフォールのそんな突飛な行動に意識を向けていた隙に、ルサールは無数の触手のうちの一本を、オレの大事な大事な腰まわりに伸ばしているところだった。

まるで硬さを確かめるような優しいフェザータッチに、身体が情けなく反射的に跳ねちまう。そんな様子を眺めていたトーラス、オレの腰が震えるのを身体で感じたフォールの二人が、同時に生唾を飲み込んだように喉を鳴らすのが聞こえた。


「あっ……♡な~んだ、ユッキーもやる気満々じゃ~ん……♡ちょ~っとからかうだけのつもりだったのにさ……♡」


ウソこけ。


「ふふ……♡案ずるな、お前が初めてなのは知っている……♡俺がしっかりと筆を下ろしてやるからな♡」


何で知ってる、クソ。


「うぉーっ♡た。べちゃ?う!ぞ~~~♡♡♡」


こいつ一番やばくねえか?


「ちょっと、ユッキーの初めてはうちだし!」

「ル、サールだ。」

「ふむ。では、こうするか?「今宵の」幸長は初物であって、それを三柱で分け合う、というのは……♡」

「あ~っ♡、そうしちゃうか~……♡」

「さん?せー♡」


妖しい目つきの死神どもが、舌なめずりをしながら一斉にオレを見る。それはもはや三匹の獣だった。

たとえるなりゃオレは、何年も前から予約をされてた三ツ星レストランの極上のディナー。

予定の日時は、まさにこの日、この時間。満漢全席が自分からテーブルの上に飛び込んできた、そんな哀れなごちそうがオレだ。

このまま、美味しく頂かれちまうのか。こんなのがオレの初めてなのか。ああ、やっぱりこいつら、ロクでもねえ。

上等だ、上等だ。こうなりゃもうヤケだ。オレだって腹くくったんだ、見せてやる。殺すなら殺しやがれ。残しやがったら承知しねえ。


「うち、マジになっちゃった、ユッキ~……♡」

「幸長……♡」

「あきらめろ」


トーラスが緊張した筋肉で隆起したオレの内股をさすり、フォールがそれなりに自信のある腹筋をつうと指先で撫でて、ルサールは服の上から触手を腰に巻き付けていく。目指すところは全員同じ、オレの隠した肉の部位。

そうして死神どものナイフとフォークがついにオレの貞操を切り分けようとした、まさにその瞬間だった。


───と、ポケットのケータイが鳴る。

不意に流れたその音に、4人みんなが動きを止める。……一体、誰だ。こんな時間に。

そこでオレは急に冷静になって、他の家族が寝ていたことを思い出した。……危ねえ。万が一にでも、起きてねえことを祈るぜ。

オレはちょっとばかし迷っていたが、結局は通話ボタンを押して、手になじんだ使い古しのスマホを耳に押し当てて、つとめて声をひそめながら答える。


「はい、京崎ですが」


すると。スピーカーの向こうから、聞き慣れた、あの控えめな声が聞こえた。


「幸長くん。……更科、です」

「あの。今、幸長くんの家の前にいるの……」



Death+0.

轢死 : 3

落死 : 1

溺死 : 1

Total : 5

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