Death+10. 本心の対話

「話したい事がある」


オレの右手に図々しく恋人繋ぎを絡めてきたトーラス、隆々と割れた熱をもつ腹筋にオレの左手を押し当てていたフォール、触手を腕に巻き付けてきたルサールの三人は、オレが不意に上げた言葉にふと動きを止め、力をゆるめた。

身体の自由が効くと同時に、姿勢を直してベッドの上に座り、人差し指を床の方に向けて「座れ」を意味してやる。

オレが知らずのうちにしていたらしい神妙な面持ちを認めた三人は顔を見合わせて、誰ともなくベッドを降り、順番に床に直っていった。

───こうしてまじまじと見ていると、こいつらが人間じゃないって事を再確認させられるみたいだった。

まず、だらしなく立て膝をかいて座ってるトーラス。こいつは相変わらず目のやり場に困る。普通の……ちょうど更科と同じぐらいの背丈だが、小さい服の隙間からいちいちチラつく蛍光ピンクの豹柄の下着が目に毒だ。目をそらす先は否応なく気になる、頭の上に浮かんだ車輪みたいな形の輪っか。その下ではフローリングの床面にしなだれかかった艶のある長い金髪が澄んだ川みたいに流れていて、その隙間からチラリと覗く耳のおびただしいピアスの輝きには、ついつい目を奪われちまう。

ふと視線を移した場所で、びっくりするほど綺麗な顔がじっとこちらを眺めていて、思わずとした。黒くて長く伸びた睫毛、薄桃色の瞳、小さくすらっとした鼻先。その全部が人間離れした調和で恐ろしいほどととのった顔の中で、火照った唇がうれしそうに歪んだ。


「ユッキー、そんな見られると恥ずかしいし……はっ!?大事な話ってまさか……!いやいや、でもユッキーなら……いいよ……♡」

「色惚けめ。俺に用があるのだろう、幸長」


深い、腹に響くような声色に目を映した場所にはフォールがどっかり座っている。こいつもこいつで、大概だ。

胡座をかいていても、オレが立ってる時の身長を越えるほどの巨体。真っ赤でぼさぼさの髪を無理やり一本に結んでいる頭の上にはこれまた、土星の円盤みたいな輝きが光っている。浅黒い肌の下は研ぎ澄まされた筋肉で引き締まっていて、割れた腹筋や張りのある上腕筋なんかは見とれるほどの肉体美だ。

それでいて、女の魅力が無いなんてことはない辺りに、一種のずるさも感じちまう。サラシでぎちぎちに締め上げた胸元が視界に入ると、さっき風呂場で一瞬だけ見ちまった爆弾みたいなでかさのが頭に浮かぶ。雑念を振りほどくように視線をあげると、そこには自信たっぷりに笑みを浮かべた顔があった。

粗野でがさつな偉丈夫、そんな第一印象とは裏腹にフォールは美人だ。トーラスのそれとはまた違って、大人びた魅力とでも言えばいいのか。形の整った顔の輪郭に、切れ長の黄金の瞳、厳しい鋭角をなす眉、高い鼻立ちがそれぞれ規律よく並んでいる。

たとえるなら、ハリウッドの映画スターとか、ギリシャの彫刻みてえな、そういう完成された。彫刻と違うのは、普段はかたく結んだ口元を、今はゆるく弛緩させて、オレに向けた微笑の形に彫りなおしてみせていることだった。


「全く。出会って一日で大事な話とは、思いの外大胆な男だ。案ずるな、多少の激しさでは俺は動じん。受け止めてやる……♡」

「ル?サー。ルもみ、ろ!」


さっき会ったばっかの死神。……フォールの隣にちんまり座ったルサールの声に、オレはまた目線を移した。

よく見てなかったが、こっちはこっちで可愛いもんだ。プラネタリウムの星座みたいな輝きがこれまた頭の上の輪っかを形作っている。全身乾いた姿はなるほど、肌と服のつけ根の部分が巧妙に隠されていて、ちょうど純白のドレスをまとった幼女みたいにも見える。が、油断ならねえ。そのフリルの一つ一つが細く伸びる触手で、普段から鍛えてる男を簡単に縛り上げられるぐらいの力を持った、言うなりゃ擬態だ。何のためにやってるんだ、なんて疑問も湧くが、この際置いておく。

大きな両目は常にと半分細められていて、いまいち感情が読み解けない。これまたくりくりした群青の瞳の真ん中には深い藍色の瞳孔があって、星が散りばめられたように綺麗な光がいくつか輝いている。見ているとまるで深海か宇宙か、そういう神秘的なもんを覗いてるみたいで、吸い込まれるような気分になる。

小柄で丸っこい顔の中には未発達な表情のパーツがそれでも形よく並んでいて、本来可愛らしいはずの幼い顔立ちがむしろ年齢を先取りしたように「綺麗」と一瞬でも思わせられて、ある意味一番人間離れしているような気もした。


「さーび、すし?ーん。」

「違う違う、そうじゃねえ!」


────いけねえ。

ただ順番に見定めるつもりが、見惚れてただけの時間になってたのを猛省して誤魔化す。「魂を奪う」ってのはそういう事じゃねえだろ、と内心で自嘲しながら、オレは改めて目の前に並んでいる死神どもに居直った。


「正直言って、混乱してるんだ。オレの不運が、運命ドゥームなんてよく分からねえもんのせいで。たったの二日で、五回も死んで。挙げ句の果てにゃ、死神なんて訳のわからねえ奴らが群がってくる始末……」

「え〜、訳わかんないとかひどーい!」

「……訳わかんねえよ、そりゃよ」

「えっ」


トーラスの茶々にすげなく返すと、鳩が豆鉄砲打たれたような、この世の終わりを見たみたいな顔をする。相変わらず表情の起伏が分かりやすいヤツだ。……ちょっと心は痛むが、それでも大事なことだ。オレは言葉を続ける。


「オレはお前らがこの世に居るなんて事だって、カケラも知らなかった。それなのにお前らはオレが生まれた時からオレを一方的に知ってて、やたらと付きまとってきやがる。……はっきり言って、オレはまだ受け入れられてねえよ」


三人ともが、少し顔を伏せる。オレの本心は、僅かながらに刺さったんだろうか。

生きてる人間と死神は、基本的に触れ合えない。なのに、オレはこいつらを見れるし、喋れるし、触れもする。完全なイレギュラーなんだ。

ああ、そんなこと分かってる。こいつらだって嬉しかったんだろう。ずっとベタ惚れだった、決して手が届かない相手。そんなのが急に目の前に現れて、自分を認識してくれた。誰だって舞い上がっちまうだろう。オレだって、多分そうなる。

それでも、オレにとっては急すぎる現実で。正直辟易してたのは本当だ。トーラスはやたらと付きまとってくるし、フォールは強引に嫌がるオレをおんぶなんかするし、ルサールは有無を言わせず全身緊縛プレイときた。はっきり言って、行きすぎだ。

────それでも。


「でも、でもな」

「考えたんだ。お前らだって、オレを運命とから守るために、オレにそれを教えるために来てくれたんだよな。本来の仕事もあるってのに、オレのために……」


オレが五回も死んだのは、どうしようもなく本当だったんだ。

何回も夢じゃねえかと頬をつねってみても、トラックに跳ね飛ばされた衝撃は、電車に轢かれた轟音は、地面に叩き付けられる感覚は、溺れて狭くなっていく視界は。

ドラマや漫画みたいに劇的なもんじゃなくて、「人間が死ぬ時なんてこんなもんだ」なんて、世の中にありふれたただの現象なんだって、現実を叩きつけてくるかのようで。

嫌になるほど、真に迫っていて、鮮明で、淡白で────恐ろしかった。


「ああ、白状するよ。死ぬのは怖かった。怖かったんだ!それでも、その度に生き返してくれたお前らには、その……なんだ。正直言って、感謝、してる」

「……ありがとよ」


これも、本心だ。

こいつらは確かに意味の分からねえ、急にオレの日常に割り込んできた、馴れ馴れしい淫乱女どもかもしれない。

それでも死ぬ瞬間に、オレは確かに見ていた。トーラスの車輪が回るのを、フォールの妖刀が光るのを、ルサールの触手が伸びるのを。

何も分からずに、恐怖の中で死んでいくだけだったハズのオレを救ってくれたのも、間違いなくこいつらなんだ。

だからまずは、その礼をしなくちゃな、と。そう考えてこんなセリフを吐いてみたのは良かったが、ついつい声が小さくなる。一旦拒絶するみたいな態度を取ってみた分、いざ口に出そうとすると思ったよりも恥ずかしさが勝っちまうな、こりゃ……

そんなことを考えていると。


「〜〜〜っ、ユッキー!」

「幸長!」

「うぉ〜〜〜!」

「わっ、お前ら!?」


感極まったような声色の三人が、一斉にオレに向かって覆い被さってきた。また圧力でベッドに沈み込まされるんじゃないかと身構えてみたが、その心配は徒労に終わった。

びっくりするほどしっかりと、それでいて優しく包み込むみたいに、オレは三人に抱き締められていた。


「ごめん、ごめんねぇっ、ユッキー……ッ!うちっ、ユッキーと喋れて、触れて、話せて、ほんとに、ほんとに……嬉しかったのぉ……っ!!」

「幸長、案ずるな。……案ずるなよ。何遍でも還してやる。必ず、俺が守ってやる……」

「おま?えよ!くしぬか。らルサー☆ルお、まえ。からは?な、れん!」


涙しながら想いを吐露するトーラスの柔らかい身体、心に直接響くように優しく諭すフォールの剛い肉体、変な発音で無邪気に抱きつくルサールの冷たい体温を感じながら、どこかで聞いた言葉を思い出す。

人が死んでいくのを、死神の抱擁ハグだなんて例えることがあるらしいが。

それは間違いなく、オレを安らかに生かす、何よりもやさしい抱擁だった。


「……ありがとうな」


自然と口からこみあげた言葉と共に、オレは一旦三人を離す。……ここからが、本当に伝えたいことだ。

見慣れた蛍光灯が照らす白い天井を見上げて、石膏ボードの不規則な網目に目を滑らせながら、独りごちるように、吐き出すように呟く。


「トーラスの言う通りだ。わけのわからねえ力でどうしようもなく殺される、そんなもんがオレの人生らしい。全く神も仏もあったもんじゃねえ」


そうだ。オレの日常はつい昨日から、どうしようもなく壊れちまったんだ。

それはオレ自身が、一番よく分かってる。命が終わっていくのを五回も経験すると、イヤでも自嘲のひとつもしたくなる。

文字通り、死ぬほど不運な人生だ。ヤキが回った、しょうもない、下らねえ。弱音を吐こうとすりゃキリがない。

でも。


?」


それでも、譲れねえものはある。


「知ったことかよ。上等だ。魔王だか悪魔だか知らねえが、かかってきやがれ。オレの人生はオレのもんだ!いくら不運でも、不幸にゃならねえ。……ずっと昔に、決めたんだ」


オレの不運はもう、オレにとっての日常なんだ。

それなら、ふとした事で死んじまう、そんな酷い人生だったとしても。

愛すべき日常には、違いねえだろう。


「だからよ。トーラス、フォール、それにルサール。───オレに、力を貸してくれ」


これが、オレの答えだ。もう腹は決まった。

どれだけ頭で拒んでも、死んだ事実は変わらない。

多分これからも、オレはわけのわからない理由で、簡単に死ぬ運命にあるんだろう。

だから。オレがこいつらを……この死神たちを、日常として受け入れる。

そうやって、オレは生きていくんだ。これからの何度あるかわからねえ、限られた人生を目一杯楽しむために。


「こんな、すぐ死んじまうヤツだがよ。せめてオレに、本当の最期が来るまでは───」

「オレのことを、助けてやっちゃくれねえか」


静かな部屋の中にオレの、ささやかなへの願いだけが響いていた。



Death+0.

轢死 : 3

落死 : 1

溺死 : 1

Total : 5

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