Death+8. 帰路の動乱
さて、良いニュースと悪いニュースがある。ちなみに悪いニュースはふたつある。
良い方はあのあと、オレはフツーに五体満足で過ごせて、普段の日常の終わりを迎えられたこと。
つまり、夕暮れの道をいつも通り、更科と二人で帰ってるってことだ。
悪い方は思ってるより悪いぜ。
ひとつは更科には見えてねえ、意味のわからん二人の死神がついてきてるってこと。
もうひとつは───オレがフォールにおぶられながらトーラスに抱きつかれてる、なんていう、この上なく屈辱的な恰好だったってことだ。
「お前は死に易いからな。家は坂の上なんだろう?つまり墜落の危険が常にある、という事だ。だから俺がこうして常に護ってやることにした───ありがたく思えよ?」
「はー?あんたの助けなんてユッキーはいらねーんですけどー?ね、ユッキー♡」
誰か、誰でもいい。神様がいるなら助けてくれ。もうこの際、魔王だっていい。
どうも死神どもが見えねえ関係で、更科をはじめとした他人にはオレがふつうに立って歩いてるように見えてるってハナシだが。まるで信用ならねえ。
流石にこんな絵面は恥ずかしすぎる。こんな目に遭うぐらいなら文字通り死んだほうがマシだ。
そんな抗議をこんな公衆の面前で出来るハズもなく、オレはこうしてされるがままだった。もうこうなったら、更科にいかに違和感を抱かせねえかってことだけに全ての神経を注いでいた。
それに、気のせいか。……いや、気のせいじゃない。
やいのやいのとうるさく騒いでる上下の二人を抜きにしても、もう半分ぐらい歩いてきてるってのに、更科はひとことも喋ってなかった。
いつもなら、なんやかんやと向こうから話題を振ってくれるんだが。今日はそれが全くねえ。我慢できなくなって、オレは自分から更科に喋りかける。
「更科よォ、妹さんはどうしてる?」
「おい幸長、お前も言ってやれ。死神がこんな腑抜けた装いをして良い筈がないってな」
「あ……恭子ちゃんね。……うん、元気だよ。受験勉強も今から頑張ってるしね……」
「はぁーっ!?あんたこそフンドシなんか着けちゃって時代遅れだしぃ!こっちの方がカワイイよね、ユッキーもそう思うよね!」
「へえ、そりゃ、すげえじゃねえか!上手くいくといいなァ」
「幸長!」
「そうだね、えへへ……」
「ユッキー!!」
会話が終わる。
オレにはまだこの期に及んで言い合いをする二人の声が聞こえてくるが、こいつらを完全にシカトしたって続かない。
気まずい上に、オレはこんな恰好だ。もうさっさと帰り着きたい。今日一日だけでこんなにヘトヘトになっちまうなんて……
心身ともに疲労困憊しながら辿る、気が気でない帰り道。気がついたらもうオレたちは、いつもの十字路のところまで辿り着いていた。
静かな夕暮れの朝焼けにつつまれた、心地よく冷たい春風が頬を撫でる。やっぱり人通りの少ない道で、オレたち以外に誰もいない。
この場所はいつも同じ風景で、オレの好きな場所のひとつだった。今は異物がふたつほど混じっちゃいるが、それでもここは変わらずいいと感じる。
オレと更科は顔を見合わせて、どちらともなくじゃあ、と声をあげて分かれていく。はあ、やっと、この地獄も終わってくれる。
帰ったら、まずこいつらをどつき回す。オレがフォールに勝てるかは知らないが知ったことか、ゼッテーにどつき回す。
そんなことを思いながら、背を向けて歩きはじめると。不意に後ろから、呼ぶ声が聞こえてきた。
「……あっ、あのっ、幸長くんっ!!」
「……」
「……下ろしてくれ」
立ち止まってから、小声でフォールに耳打つ。多少ならいいだろう、と下ろしてもらったオレは、すぐさま更科のほうに歩いていく。
リスクをとってでもオレがフォールに耳打ちしたのは、ある程度離れていたのもあったが、それ以上に。
その時の更科の声色が、何かあんまりにも、深刻なものを伝えたいような色を含んでた気がしてならなかったからだ。
こういう時ぐらいは、こいつらも空気を読むんだろう。さっきまであんなに騒がしかった二人がすっかり大人しく、離れた位置からオレたちの方を見ていた。
「幸長くん、ごめんね」
「気にすんなよ。いったいどうしたんだ?」
「あの、ね。その……ね……」
夕日に照らされた更科は、何度も、何度も、言うべき言葉を逡巡したようだったが。
やがて意を決したように、大きく見開いた赤茶けた瞳を、真っ直ぐにオレの視線に重ねて。
ぽつりと、ひとことだけ。呟くように言った。
「……その二人、いったい誰?」
「えっ」
「えっ」
「ほう」
更科の前に立つ三人が、全員一斉に声をあげる。更科は続けて、控えめにこう言った。
「あの、わ、私ね。普段から、霊感がけっこう強い方で。でも、そんなにはっきり見える人たちははじめてで……」
待て。
「最初はビックリしたんだけど、でも。みんな気が付かないから、すぐ幽霊なんだってわかって……」
待て待て。
「ごめん、もっと早く聞けばよかった。でも、幸長くんも気付いてるみたいだったから。何かあるんじゃないかー、なんて思ったり…あは、あはは……」
待ってくれ。
じゃあ、今の屈辱的な下校の様子とか。
それだけじゃない。授業中、隣でずっと教科書を見せてもらってた時もずーーーっと、オレにべったりくっついてたトーラスの事だって……
更科は、全部、見てたって言うのか?
「うん……見てた。あと、その。お二人ともの声も、しっかり聞こえてて、その…」
「「「……」」」
沈黙。
オレだけじゃない。トーラスも、フォールも、すっかり黙りこくっている。
永遠にも等しい時間の中で、オレは、人間が考えうる全部の感情を経験しながら。
自分の中でぶつりとなにかが切れる音と共に、跳ね飛ばされたみたいにかけ出していた。
「うわああああああああああああああっ!!!!!!!!殺してくれええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」
「……ああっ、幸長くん!」
「幸長!?」
「ユッキー!!」
平和な住宅街の中に、物騒で、情けない絶叫を木霊させながら。
オレはこの日、人生で一番の恥を更新した。
Death+0.
轢死 : 3
落死 : 1
Total : 4
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