Death+5. 日常の崩壊

ふ-うん【不運】

[名・形動]運の悪いこと。また、そのさま。「―をなげく」「―な身の上」⇔幸運。


上のはどっかのぶ厚い辞書に載ってる説明らしいが。

オレ、京崎幸長の辞書のその項目にはたった一言、オレの名前だけが書いてある。


高校二年生、二日目の朝。

その朝も、いつもと大して変わらなかった。

つまり、飲んだ牛乳でものの見事に腹をこわして。

どこを探しても、買ったばっかの教科書がなくて。

廊下のなにもない所でずっこけて、絆創膏を貼って家を出る羽目になる……そんな具合にな。

だが、ひとつだけ、いつもと決定的に違うことがあった。それは、


「おは~☆や~、いつも通りだねユッキー?あと10分しかないけどだいじょぶ~?」

「うるせえっ!黙ってろ!」


この自称死神……『車輪のトーラス』が、今日も今日とて猛ダッシュで学校に向かうオレの後ろを飛ぶように着いてきてるってことだった。


オレの身の上を整理しよう。

このオレの生涯につきまとうとんでもねえ不運、それはどうやら、運命ドゥームとかいう特大の呪いが原因らしい。

そいつは日増しに強くなってるらしくて、オレは今や死ぬぐらいの目にだって平気で遭うようになっちまった。

だが、それで死んだとしても、こいつら…死神とかいう連中が、ご丁寧にオレを生き返してくれるらしい。

そして最後。困ったことに───

オレはすごく、この死神どもにもてるらしい。注:死ぬほどに。


もちろん、この女。トーラスだって例外じゃない。やたらオレにつきまとってきて、隙あらばべったり体を擦りつけてくる。

後ろからオレの首に手を回して飛行し、いちいち耳元で話しかけてくるこいつをシカトしながら、オレは振り返らないで家から学校に向かう坂をかけ下り続けていた。

冗談じゃねえ。前までの不運なんて、これにくらべりゃ天国だ。町に煙る朝もやを切り裂きながら、オレは台無しになりつつある輝かしい学生生活の行く末を嘆いていた。


向こうに見える踏切が見えた瞬間、遮断器が降りていた。……くそっ。

死ぬぐらいの不運が起こるようになったからって、こういう地味な不運が消えるわけじゃねえのな。

オレはまた昨日みたいに、足をすべらせて轢かれたりしないように気をつけて電車をまちながら、なおも周りをフヨフヨ飛び回るトーラスを振り払いながら聞いた。


「そういや。おめえ、いつからオレにつきまとってんだ」

「?生まれたときからだよ?」

「……だと思ったよ、チクショウ」


正直に言おう。オレが昨日、一番ブルったのは、トラックに轢かれたことでも、電車に破壊されたことでも、スポーツカーに跳ね飛ばされたことでもねえ。

こいつがそんだけ長い時間、オレのことを見てて、オレを一方的に愛してるってことだ。オレの沽券にかけて、「見守ってた」だなんて言い方はしてやらねえ。それこそ死んでもだ。

電車はまだ来ない。オレはそのあいだに脳裏によぎったおそろしい想像を、いつの間にか口に出していた。


「……他にもいるのか、死神って奴らは」

「いるよ~?うちは轢死の死神だかんね。でもでも、ユッキーに一番昔から憑いてるのはうちだから!安心してね☆」

「安心できるかよ!……ってことは、他にもうじゃうじゃいやがったのか、オレの周りに……」

「死神は、人間の死因ごとにいるんだよ。人間がそれで死ぬ可能性のあるものの数だけ世界にいてね〜……まあ、いつもユッキー見てたぐらいのガチ勢はうちぐらいなもんだけど♡」

「こらっ、べったりすんじゃねえ!」


ぞわっと心肝を寒くさせられながら、オレは事あるごとに抱きつこうとしてくるトーラスをしっしと追い払う。

その顔で、しかもこんな際どい格好でいちいち体を擦り付けてくるもんだから、心臓に悪い。ただでさえ走ってるんだ、そういうのはせめて……

せめてじゃねえ!頭に浮かびかけたやましい妄想を振り払う。昨日の夜だってさんざんだった。

布団に入り込もうとしてくるトーラスを追っ払ったはいいが、なんとも言えねえ興奮で完全に目がさめちまって、結局朝まで庭でずっと正拳突きをして気を紛らわせてたぐらいだ。

そのせいで、今は完全に寝不足だ。眠たい目をこすりながら、オレはトーラスに続けて聞いた。


「おめえ、轢死の死神とはいうがよ。他のやつらも、そんなチャラチャラした格好してんのか?」

「あー、これはねー……」


絶対に付けすぎだろう、ってぐらい服についた意味のなさそーな銀のビカビカするアクセサリーを引っ張りながら、オレはなんの気なしにそんなことを聞いてやる。

すると、気のせいだろうか。

今までずっと笑ってたトーラスの顔に、すこし物憂げな陰りが差し込んだように見えた。


「うちが連れてくのは、轢かれて死んじゃった人間の魂だかんね。……ものを回す仕組み、文明がつくった機械、そういうもので死んだ人だから」

「……だから、さ。どうせ文明のせいで死んだなら、こういう現代っぽい格好で迎えてあげたほうが、さ───あの世行きでも、ちょっとは楽しいじゃん?」

「……」


オレの無言とともに、風を巻き込む電車が目の前を勢いよく走っていく。

なんだよ。

なんだかしんみりしたような雰囲気のなかで、一気に空気が静まる。

まいったぜ、こんなハナシ聞いちまったら、どんなツラすりゃいいんだ。

……ちぇっ、少しからかい返してやろうかと思っただけなのに。まるでオレが、悪いこと聞いちまったみたいに……

オレは沈黙に耐えかねて、ぼりぼり頭をかきながら。電車が通り過ぎていった頃合いに、多少の言葉をしぼり出した。


「……けっ。まあ、なんだ」

「お前について何も知らなきゃ、嬉しがる奴もいるんじゃねえの……」


それを聞いたトーラスは、瞬間、ぱあっと目をかがやかせる。


「えっ!?やだぁーっ♡ユッキーやさし~んですけどっ☆」

「あってめえ、すぐ調子に乗りやがって!」


すぐに笑顔にもどって、思いっきり抱き着いてきたトーラスに、ちょっとでもフォローした事を後悔しながら。

そんな顔もするんだな、なんてことを考えて、遮断器のあいた踏切をかけ出していった。




Death+0.

轢死 : 3

Total : 3

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