Death+4. 衝撃の真実
踏切を越えると、三分もしないでオレの家はある。
鍵を回して扉を開けると、ちょうど階段から降りてきた妹、
続いて居間から出てきた母親もオレ(たち)を出迎える。
「あっ、おかえり兄ちゃん!」
「あら、お帰りなさい幸長。晩ごはんできてるわよー」
「お、おう。すまんけど、部屋でやることがあっからよ。少ししたらいくぜ……」
「いいけど、冷めないうちにね」
「おじゃましま~っす♪」
───どうやらホントに、この女はオレ以外には見えないらしいな。オレより先にずけずけと我が家への
一気に真実味が増しちまったのを残念がると同時に、オレは心の底から安堵していた。
考えてもみろ。こんな痴女みてえな格好した女を連絡もなしに息子(そして兄)が連れこんできたときの家族の気持ち、それと目線だ。
まあ、少なくとも、オレには耐えられる気がしねえ。
入るなり階段をのぼって、雪乃が消したばっかの電気をつける。奥が倉庫、右側が妹の部屋。
そしてオレは左側の自室のドアを開けて、どっかりベッドに腰を下ろす。トーラスはオレの正面に楽しそーに正座でちょこんと座りこんで、喋りはじめた。
「で、さっきも言ったけど、うち、死神なのね」
「おう。……まだ信じちゃいねえが、まあ、そういうコトにしといてやるよ。それで?」
「いーい?この世の人間は全員、
「……運命?」
「そ。それも、悪い運命のことね。生まれるときに人間が神様からもらう
「なっ、何ィイ。それってつまり……!!」
話の流れに気付いてがたと立ち上がる。まさか。
それなら心当たりは、いくらでもある。
まさかオレの、日頃の不運ってやつは……
「あ、わかっちゃった系?さすがユッキー、頭い~ぞ~☆」
偉い偉い、とばかりに頭を撫でてきやがろうとするトーラスをはね除ける。
……薄々気付いちゃいたが、コイツ、やたらめったらスキンシップが多い。
残念そうに手をひっこめたトーラスはあらたまって話を続ける。
「そういうこと。ユッキーの不運の理由は、すごーーーく高位の悪魔のものすっごい呪詛を、生まれた時に受けちゃったからなんよね。簡単に言うと……」
「……魔王の呪い、的な!」
───膝から、崩れ落ちる。
オレの、この不運が。16年間付き合ってきた悩みのタネが。
よりにもよって、魔王の呪い、だと?
そんなの、今どき作り話でも古くさい。あらためて、落ち着いて考えるんだ。
こいつは死神なんかじゃなくて、ただのストーカーか頭のいっちまった痴女で、よしんば死神だったとしても全部、俺をダマそうとして適当にぶち上げたウソなんだ。
そうだ、そうに違いない。くつくつと腹の内から怒りを湧き上がらせながら、オレはすがるような気持ちで反駁した。
「おめえが、仮に死神だったとして。命を奪いに来るもんじゃねーのかよ、死神ってのは!?」
「命を奪うってのもちょい違うよ?そこが大事なんだからさ。話は最後まで聞いてよね、ユッキーの
「なんッ……てめえ、人をコケにするのもいいかげんに───」
「今日、ユッキーは二回死んでるよ」
「───」
希望が、ガラガラと崩れ去る音がした。
そうだ。どれだけ頭で否定したって、オレの体は覚えてる。
オレは今日、死んだんだって事を。
しかも、二度もだ。
今朝はトラックに突っ込まれてぶっ飛ばされ。
さっきは電車に飛び込んで、バラバラになったじゃねえか。
あの痛み、あの衝撃、あの苦しみ、あの非現実的なのに生々しい光景。……忘れられるわけがない。
オレが今の今まで、生きているとしたら、あの体験がリアルな白昼夢だったか。あるいは───
───一度死んで、生き返ったってことしかありえねえ。
「~~~~~なんてこったよ……」
どさり、とベッドにへたり込む。
こっちを見るトーラスの緑色の瞳が、少し寂しそうに細められてるのが見えた。
「死神の仕事は、死んだ魂が迷わないように、冥府に連れていったげること」
「それ以外にもうひとつ、死神の仕事があるんだから」
オレは寝っ転がりながら、黙って続きに耳をかたむけることにした。
大人しく話を聞く気になったオレを見て、ふふん、とトーラスがにやけたのは気にくわねえが、どのみち今はそれしかできなかった。
「普通じゃない死因。つまり、運命のせいで死んだ人間の魂は、悪霊になっちゃうの」
「……悪霊」
「呪われて死んだ魂は、他の魂も呪う悪霊になんのね。そうなるともう冥府に連れてけない。……消し去るしかなくなっちゃう。そうなると、来世も何にもない、完全な無になっちゃうから」
「だからうちらは、そういう死者を生き還すのが仕事。ほら、死んですぐなら魂を引き戻せるからさ」
「……ちっ、笑えねえな!オレが生き返ったのも、そういうカラクリだって言いてえのかよ!?」
「なめんなし☆生と死を司る神様なんだぞー?こう見えても!」
認めたかねえが───こいつは、本当に死神で。
つまるところ、人を生き返したり、魂を持っていったり、悪霊を消したり、そういう力を持ってるやつらで。
その上で、こいつらが言ってることも、おおかた信じなきゃならないらしい。
正直、そうじゃねえ方をかなり期待してたんだがな……
はあ、と脱力しながら天井を見上げる。
16年間、オレはオレの不運と付き合ってきた。
だから、正直。……そこに、なんの意味もあってほしかなかったな。
今さら何かのせいにして、生きていけってのかよ。オレは知らずのうちに歯噛みしていた。
それも普通に生きてちゃ知るワケもねえ、悪魔だか魔王だか知らねえが、そんなもんのせいにして。
不意に知った真実ってやつは、実際、オレのこれまでをどうしようもなく無意味にするだけだったんだ。
……いや。オレは姿勢をあらためて、また考えなおす。
関係ねえ。だからって、オレの人生はそうそう変わらねえんじゃねえか。
今のが仮にホントだったとして。なんかのアクシデントで、死んでも生き返るなら……これまで通り、前向きに人生を歩んでいけばいいじゃあねえか。
少しばかり、苦しんだり、死ぬ回数が、人より多くなるだけ……だけってほど、些細なことじゃねえが。でも、それで済むんだ。
まさかオレの不運が、オレを殺すぐらいに強いものだったなんて思いやしなかったが───
それでも、このささやかな幸福ぐらいは、何のこともねえだろう。
人生が続くなら、せめて前を向いてやる。これまでだってそうしてきたんだ。
オレはひとり得心すると、ふたたびトーラスの方を見やった。
「そんで、こっからが一番大事なんだけどぉ……」
どこか艶のある声を出しながら喋り始めたトーラスの、指を立てた注目の仕草に自然と目をいかせた、その瞬間。
この世のものとは思えねえぐらいの綺麗な顔が、オレの目の前にあって。
「つよーーーい
「死神はみ〜んな、大好きなんだぁ……♡」
「……は?」
は?
「……はぁ~~~っ♡」
「もう無理……ガマンの限界っ……♡♡」
気がつけば。トーラスは細長い指でいつのまにかオレの頬を撫でさすって、恍惚とした、酒に酔ったような、うっとりした表情でオレを眺めていて。
「こんな、どうしようもないぐらいのおっっっっっっきい運命なのに……♡生きててえらいっ♡マジ無理っ、無理無理っ♡ずるいしぃっ♡」
まるで食われちまうような、そんな知らない威圧感に後ずさる。……のまれちまってるのか。このオレが?
「マジきゃわっ♡はぁっ、尊すぎ……♡ユッキー、かっこいいっ♡かっこいいよぉっ♡」
なんだ。
なんだ、コイツは。
「こんなの死神は全員屈服するしかないのっ♡♡冥府の子たちみーーーーーんなユッキーのこと狙ってるんだからねっ?♡でも、絶対誰にも渡さない───うちが一番最初に目つけたんだからぁっ♡♡♡」
「……うわあああああ!!意味分かんねえ!!意味分かんねえよ!!」
「あっ!待ってユッキー!!そっちは!」
いつの間にかオレは、たまらず窓から逃げ出していた。
くそっ、何だってんだ、何だってんだ!
まるで訳が分からない。こいつが死神だろうが、そうじゃなかろうが。
やっぱりこいつ、間違いなく、イカれた女だ───!
すると。
ぼろっ、と。脆くなってたらしい瓦が、たまたまオレが足をかけたところだけ崩れたらしい。
捻転する足、回転する胴、勢いよく宙に浮かぶオレの体。
そのままオレは、頼りにするものも無いままに、瓦といっしょにすっかり暗くなった道路の上に投げ出されて。
落ちたとこにはたまたま、猛スピードのスポーツカーがエンジンの爆音を垂れ流しながら走ってきていて。
オレは当然のようにそのまま、ばぎっ、と、ゴム毬みたいに跳ね飛ばされていた。
……あた、まが……?
そのまま激突した硬い塀に、頭を割られたらしい。身体から急速に力が抜けていく。思考が奪われる。一瞬のことで、理解が追いつかない。
オレは寒空の下で、温かいオレ自身の体液がどばどば流れ出ていくのを克明に感じながら。
閉じていく意識の先で、目の前から歩み寄ってくる、あの女の影を眺めていることしかできなかった。
「あー……やっぱし……」
「運命が、めっちゃ強くなってるんだ……一日で三回目とか、思ってたよりヤバめっぽいじゃん、これ」
「でも安心してね、ユッキー」
「───何回、何十回、何百回、何千回、億、兆、京、無量大数回死んだって……」
「うちが、生き還したげるから───♡」
ぎゃるると、車輪の回る音がする。
あの女がいつの間にか持っている、車輪みてえなおそろしい獲物が見える。
そうか。アレは、死神の鎌だ。死人の魂を刈り取る、アイツの鎌だ───
こうしてオレは、それが振り下ろされるのを眺めながら。人生三度目の死に際に、ようやく分かった。
オレの不運で、しかしささやかな幸福の日々は、もう壊れちまったんだってことに。
“轢死” 車輪のトーラス
──────移動装置ないし全ての回転物の巻き込みを原因とする死
Death+1.
轢死 : 3
Total : 3
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