Death+2. 青春の続き

「京崎~。高2早々遅刻か?相変わらずだな、ん?」


呼吸を切らしながら着いてみればもう点呼は終わっていた。

厳かな空気につつまれた新しい教室に侵入していくと、教壇に立つ眼鏡の青い髪の女が、人を小馬鹿にしたようにけらけらとオレを見て笑う。……またこいつが担任か、くそっ。


「今日は間に合うハズだったんだよ、センセー」

「へえ、そりゃいい。今度はどんな面白い言い訳を聞かせてくれるんだ?ワニに食われかけたとか?いいから座れ、まだ話があるからな」


そいつの洒落にならない冗談に何人かが声を抑えてくつくつと笑ったのに合わせて、緊張した雰囲気がわずかに弛緩する。

結局のところ、オレは見事に新学年の出鼻をくじかれ、あげくの果てには新しいクラスメート同士の距離を心ばかりに縮める緩衝材にさせられる格好となったワケだ。

やり切れない具合に机の並びをあらためて、出席番号順の席にどっかり座る。「あ」行が極端に少なかったのか、入ってすぐの後ろから二番目。まあ内職するには悪くない。


「やぁ。重役出勤かい、不良」


オレの異物アウェー感が消えないうちに、後ろから掛かった聞き知った声に振り返る。


「……けっ。お前も二組だったのかよ。いい加減別れられると思ってたのになァ」

「あっはは、お言葉じゃんか。ま、今年もよろしくなぁ」


ひらひらと手を振る、甲本こうもと──こいつともずい分長い付き合いになる。中学以来の腐れ縁か。

これで五年連続、同じクラスになったって事になる。毎度のように真後ろの席に陣取ってくる位置関係まで、ずっと同じだ。ウチの地域は「く」と「け」まで少ないらしい。

オレの心のテリトリーに馴れ馴れしく領土侵犯をかましてくる、なんとも失礼な野郎だが、いちいち追い返すほど悪いやつでもない。まあ、そんな程度の間柄だ。

軽いやりとりを二、三言交わしていると、担任がオレたち全員を見回して声をかけた。


「よし、というわけで全員揃ったことだし始業式いくぞ~。退屈だろうが寝るなよ~?」

「めんどくせーなぁ。いくかい、幸長」


がたりと全員がおもむろに椅子から立ち上がる。

前のクラスの知り合いと、もしくは新しい顔ぶれとの少しばかり声を抑えたざわつきが上がるのを見て、オレも呼びかける甲本に付いていこうか、と身体を起こす。

と、横合いからまた、慣れた声が聞こえてきた。


「幸長くん!同じクラスだったんだね」

「おう、更科じゃんか。お前もいたのか」

「また一緒だねー。こんなに一緒になるなんて、なんだか面白いね」


更科有紗さらしなありさ

彼女がこの教室にいるという事は───これまた中学来、オレの同級生であり続けているという事になる。

明るい茶のショートへア、2つのヘアピンで前髪をまとめたスタイルと、赤茶けた瞳は相変わらずだ。こうも顔を突き合わせていると間違えようもない。

合縁奇縁と言うべきか。これでいつもの三人が揃ったってワケだ。更科もその事実がおかしかったようで、くすりと笑う。

こうして顔を突き合わせてみると、学年が変わっても、大してオレたちは変わっちゃいない。それでも、新しい生活は向こうからやってくるもんだ。


「じゃあ、行くか」

「おぉ」

「うんっ!」


いつも通りの、だが、少しばかり違う日々が、こうして幕をあけた。


─────


「じゃあねー、更科さん!また明日!幸長は道中気をつけろよな!」

「おう、おう、喧嘩売ってんのか、てめえ!さっさと帰れ!」

「甲本くん、元気でねー」


始業日特有のぬるさもあって、沈む太陽が名残おしく空に染み出してくる頃合いにオレたちは学校を出た。

部活動も特にない。オレは空手部だったが、きつい練習も今日はお休みだ。

オレと更科とは逆の方向に帰っていく甲本を見送ってから、二人そろって歩き出していく。

ほどなく更科は、ぽつりと呟くように口を開いた。


「幸長くん、今日はどうして遅れたの?」

「おぉ、聞いてくれるかよ。朝から目覚ましは壊れるし、昨日食った貝には当たるしで、もうさんざんで……」

「あはは……大変だったんだねー……」


口を抑えて控えめに笑う更科をふと見やる。彼女はこの通り、底抜けにやさしい人間だった。それこそオレの愚痴をわざわざ聞いてくれる程度には。

こうして笑い飛ばしてもらえるんなら、不運な話も遠慮なく吐き出せるってもんだ──そう思いながら、今朝に起こった話を続けていたが。


「それでな、ちょうどここの坂だ。オレが全速でここを下ってった時───」


そこで、言葉に詰まった。


「幸長くん?」


きょとんとした顔でこっちを見つめる更科を目の端に映しながら、オレは今朝のことを思い出していた。

そうだ。

オレは今朝、トラックに轢かれたんだ。

さっきは、なにかの間違いだって思おうとしたが。やっぱりあれは、幻なんかじゃない。

だってはっきり見ちまったんだ。感じたんだ。

肉が裂けていく感覚、骨が砕けていく感覚、吹き出ていく血、潰れる内蔵。自分が自分でなくなってく、そんなブルっちまうような感覚……

大怪我なんかしたこともない奴に、そんなものが想像できるのか?確かにオレはつい余計な想像をしがちだが、それにしたって限度がある。

だから。間違いなくオレは、実際にそれを見たんだ。それを感じたんだ。

───なら。そうだとしたら。

何でオレは、まだこうして生きている?


「ねー、幸長くーん。下ってどうしたの?」


肩をゆする更科の呼びかけに意識を連れ戻される。

……まあ、生きているのは生きているもんな。

あれこれ悩んでいるよりも、現実を直視すべきじゃないか───考えをあらためて、オレは緩く笑ってみせた。


「ああ、いや、何でもねえ。いつも通りかけ下りたんだが、間に合わなかったんだよ」

「……ふうーん」


不審げに鼻を鳴らす更科。本当のことを言えるハズもない。

トラックに轢かれて、死んだと思ったら生きてました───だなんて話を馬鹿正直にしてみろ。彼女のことだ、強引に引っ張ってでもオレを病院に連行するか、最悪の場合は失神するかもしれない。

そもそも自分でさえ信じられていないような話だ。しかし鼻がきくのか、更科は怪しいとばかりに目を細めてオレの顔をのぞき込んできた。

……カンがいい奴だ。それで天然なところもあるから、困るんだよな。

口にも態度にも出してないつもりだが、本音をいえば更科はかなり顔がいい女だ。

顔なんてオレの手のひらぐらい小さいわりに目鼻はしゃっきりしてるし、それが赤茶色の大きい瞳でまじまじこっちを凝視してくるもんだから、なんとなく調子が狂う。

逃げるように目をそむけていると、更科もやがてあきらめたように正面に向き直った。


深い藍色に空がつつまれて、地平線の向こうに沈んでいく真っ赤な太陽が、歩くオレたちの足元に長い二つの影を作りはじめた時、オレたちは、静かな十字路にたどり着いていた。

オレの家はさらに坂を登っていく方、更科の家は脇道にそれていく方にある。つまり、ここで更科とはお別れだ。


「じゃあな、また明日」

「うん、また明日、ね」


ちょっとの沈黙が流れたあと、オレは目指すべき道に向かって分かれていこうとした。

すると、


「あ、あの、幸長くん」


更科がオレを呼び止める。なんだ?と振り向くと、更科はその場で少しうつむいていた。

怪訝になってしばらく眺めてみるが、なんとも様子がおかしい。

黙りこくっている更科に妙なものを感じて、声をかけてみる。


「どうかしたか?」

「……う、ううん。何でもないの」


また少しだけ間が空いて、やがて更科はゆっくりと顔をあげる。

そこにはいつもの見慣れた、控えめの笑顔を浮かべていて。


「……また、明日ね」


別れの言葉とともにそそくさと会釈をして、そのまま家の方にかけ出していってしまった。

地平線に顔を隠しはじめた太陽の赤色に照らされて、振り向きざまの彼女の頬も、同じ色にかがやいていたようだったが。

一人ぽつんと残されたオレは、そのままぼけっとその背中を見送って、やがてぼりぼり頭をかいて、また坂をのぼり始めた。



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