5-4 ダンジョンの設置


 初めての学校が終わり、午後。


 ミニャは賢者たちに頼まれて、新しい委員会や役員を増やした。

 4月30日現在、ゴールデンウィークが本格的に始まったことで新人賢者のスカウトも再開し、賢者の総数はこの日の終わりには950人を超える見通し。


「それじゃあ、チャム蔵さんを土木委員会の委員長さんにします。副委員長さんは絶狼さんとゼルさんです」


『チャム蔵:頑張ります!』


『絶狼:お任せあれ!』


『ゼル:頑張るぜ!』


「よろしくお願いします!」


 就任式に出ている賢者は、ミニャから任命されてニャンのポーズでやる気を見せる。……が、内心では不安でしょうがない。ニーテストみたいに異世界に行く時間が減ったらどうしようと。


 しかし、たぶんそこまで時間が取れなくなることはない。

 統括召喚委員会は個別とクエストの両方の召喚権限を持つが、それ以外の委員会はクエストでの召喚しかできず、業務内容を逸脱したクエストは発行できない。そのため、グルコサ襲撃事件の時のニーテストのような激務になることは滅多にないと考えられた。


 なお、土木委員会には百太郎というブレーンもいるが、辞退している。

 役員は一目置かれるのは間違いないが、その仕事はクエストの発行が主である。そこに建築や土木に関する知識はあまり必要ないのだ。必要なのは、ちゃんとクエストを発行できるかどうかである。


 統括召喚委員会にも役員が増えた。

 ニーテストが委員長をやり、副委員長1は工作王、副委員長2は竜胆、サポート役員に他2名が選ばれた。

 これにはニーテストと工作王もニッコリ。特に工作王は現場で物作りをしたかったので、負担が減ってウキウキである。

 なお、この人事異動に伴い、別の委員会の役員をやっていた竜胆は、そちらの委員会ではただの平委員になっている。




 さて、そんな就任式が終わった翌日のこと。

 ミニャには朝からお仕事が待っていた。村長さんは大変なのである。


 朝の会が終わり、みんなを伴ってミニャが向かったのは、最近、賢者たちが広げていた用地だった。

 そこに高さ2.5mほどの円状の施設ができていた。さらに、その周りは1mほどの深さの堀が掘られ、ミニャンジャ村に今までなかった堅牢な見た目をしている。


「昨日までなかった!」


 ミニャはズビシと見切った。

 そう、これは昨晩の内に造られたものである。賢者は声を発さないので、その作業は靴を作ってくれる妖精さんのように静かなのだ。


 一緒に見学に来た子供たちも物珍しそうに建物の周りをグルッと周る。この施設が何なのか知っている冒険者たちはワクワクした顔。


 堀に掛けられた丸太橋を渡り、施設の中に入る。

 施設の壁の内部は土が詰まっており、全体を石で分厚くコーティングされていた。施設内部の面積は半径3mほどで、茅葺だがちゃんと屋根もある。

 そして、その中央には希少石で造られた女神像が置かれていた。これは森にある女神像とは違い、新しく作られたものである。


「女神様のおウチだ!」


 ミニャはそう推理するが不正解。


『ネコ太:ううん、ここは女神様のおウチじゃないんだ』


「えー。じゃあ、なーに?」


『ネコ太:ミニャちゃんにはここにダンジョンを設置してもらいます!』


「ダンジョン! この前なんかシュピピーンてしたヤツ!」


 ミニャはシュバッと腕を交差させてでっかい動き。尻尾がゆらりと揺れ、重力で落ちると同時に構えを解いた。全体的に、特に意味のないアクション。


 賢者たちは昨日の朝に冒険者たちから教えてもらい、ダンジョンの周りに必要な設備を作った。それがこの建物だ。女神像だけは本からの知識で必要とわかっていたので、あらかじめ製作が行なわれていた。


 ダンジョンの中に発生する魔物が外に出ることは絶対にない。しかし、地上の魔物や獣は人間と同様に出入りが自由になる。ゆえに、そもそも魔物や獣を中に入れないという対応が重要であった。

 その最もシンプルな方法は、ダンジョンの周りに建物を建ててしまうことである。王都のダンジョンも同じように建物で覆われており、魔物や獣、犯罪者を入場させないようにしてあるようだった。


 この施設の内外には石が運び込まれており、それで賢者たちは物凄くシンプルな家を複数作っていた。見張り用の小屋である。

 本気で何もやることのない可能性が高い役目のため、内部にはやはりミニチュアサイズのお布団がセットされる予定。暇つぶしはウインドウで見る掲示板。あとはポテチとコーラがあれば万全だが、そんなものはない。


 壁や見張り小屋は、実のところダンジョン設置に必須のものではない。これは人間社会のために必要なだけだ。

 本当に必要なのは、女神の像である。ダンジョンは女神の像がある場所に現れるのだ。


『ネコ太:ミニャちゃん。ここにダンジョンを設置してもいい?』


「うん、いいよー」


 ミニャの軽いお返事で、ここにダンジョンが設置されることに決まった。


 設置の前に、まずはみんなでお参りすることになった。


「素敵なダンジョンになりますように!」


 ミニャの純粋なお祈りに、セラとコーネリアは口をムニムニさせた。たぶん、一般的な願いではないのだろう。


 お祈りが済むと、いよいよ設置することに。


 万が一の場合に備えて、ミニャの両サイドにはセラとコーネリアが立ち、サバイバーとネコ太も足下に待機。入口の外、丸太橋の向こうではザインとバールが立ち、子供たちはその後ろから興味深げに見学する。


 ダンジョンの設置は冒険者たちも初めて体験するのだ。この時にどういうことが起こるのかこの場の誰も詳しく知らなかったので、このような布陣になっている。


 ミニャが両手を前に出して、唱える。

 ダンジョンシードを手に入れたミニャは、その扱い方を知っているのだ。


「ダンジョンシードさん、出ろー。んーっ!」


 可愛さ全振りの呪文が紡がれるが、そこから始まったのは魔法がある異世界でも極めてレアな現象だった。


 ミニャがかざす両手から翡翠色の珠が現れ、室内を照らす。

 それは水蛇のアジトで見つけたダンジョンシードであった。うっかり触ってしまったジャスパーに吸収されたが、ミニャの下に無事に届いていたのだ。


 部屋の中央にある女神像にダンジョンシードが吸い込まれていく。

 ダンジョンシードが吸い込まれると、女神像の足下からまるで水面に石が投げ込まれたような波紋が生じた。


「わっ!?」「わふぅ!?」「うおっ!?」


 ミニャや外にいる人たちが驚きの声を上げる。

 そして、次の瞬間、波紋が生じた大地から、ニャンジャ村全てを包み込むほどの巨大な光の柱が発生した。


「にゃー!」「うわぁあああ!」「きゃああああっ!」


 賢者と冒険者たちは慌ててミニャや子供たちを庇うが、その光で何か不都合が起こることは特になかった。


 やがて光が収まると、コーネリアに背中を支えられたミニャや外で尻餅をつく子供たちの姿が。冒険者はさすがというべきか、目を腕で隠しながら立ち続けている。


 室内からは女神像が消えていた。

 その代わりにその場に立っていたのは、直径30センチ、高さ2mほどの翡翠色の輝きを放つ円柱だった。


「にゃー……女神様の像がなくなっちゃった……」


 茫然とするミニャの隣で、セラがかすれた声で言葉を絞り出す。


「間違いないわ。ダンジョンポールよ」


 本から知識を得ていた賢者たちだが、神々しい光を放つダンジョンポールを見上げてテンションを上げた。

 よく見ると、ダンジョンポールには文字が刻まれていた。光が邪魔をして読みにくいが『最強女神の修羅道』と刻まれている。


「ダメですよ」


 フラーッとダンジョンポールに近寄ろうとするミニャの肩を、コーネリアが掴んで止めた。


「ダンジョンポールに触るとダンジョンへ入ってしまいます」


「にゃっ、わかった!」


 ミニャはシュバッと手を後ろに隠して触らないアピール。

 危ないので、とりあえずみんなで外へ出る。


 外では子供たちが首をあっちこっちに伸ばして、室内の様子を見ようとしていた。やんちゃなルミーはスノーにガッチリ首根っこを掴まれている。


『ネコ太:ミニャちゃん、村民さんにダンジョンが設置できたことを報告してあげよう。自分で考えて言えるかな?』


「むむっ、ミニャ、やってみる!」


 ちょっと考えたミニャは、村民さんの前に立って言う。


「うんとね、ミニャンジャ村にダンジョンができました! うんとー、賢者様と冒険者さんが入ります。うんとねー、あとはー」


 ミニャはうーんと考え、これで大丈夫かなとネコ太を頼ろうとした。

 その時、最近、村の東側で行なっていた伐採作業の跡が目に入り、ペカッと豆電球。最近の朝の会でいつも自分の口で言っていることを付け加えよう。


「子供たちは危ないから近寄らないようにしましょう!」


「「「はい!」」」


 ミニャが頑張って自分で考えた言葉を聞き、賢者たちは感動した。


「どーお?」


『ネコ太:凄く良かった! 特にちゃんと子供たちに近寄っちゃダメって言ったのは凄く良かったよ』


「んふーっ!」


 ネコ太に褒められ、ミニャはニコパとご満悦。

 ミニャちゃん陛下は着々と成長しているのである。


 ザインが言う。


「ミニャ様。早速ですが、中を調査してきていいですか?」


「お願いします! あ、賢者様を連れていってね」


「ありがとうございます」


 ザインの申し出に、ミニャは許可を出した。


「そんなに気軽に行って大丈夫なの?」


 スノーが心配した。


「ダンジョンってのは全部、浅い層は弱い魔物しか出てこないんだよ。深く潜るほど強くなる。これは伝説のダンジョンだが、さすがに同じなはずだ」


「それに外へ出るのは簡単なんだぜ。あれと同じようなポールが各階層にあるから、それに触れば帰りだけは一瞬だ。心配するほどのことじゃねえよ」


 ザインの説明に、バールが付け加えて安心させる。


 そう、ダンジョンは地上に戻るのだけは容易だった。

 しかし、行きについてはこれほど簡単にはいかず、かなり厳しいルールがある。


「ミニャ様、賢者様は何人貸してくれますか?」


「何人でもいいよー。賢者様、行きたい人ー」


 ミニャが問うと、周りにいる賢者たちが一斉に手を上げた。スレッドでも『('ω')ノ』が乱舞する。ルミーも手を上げてスノーに頭を引っ叩かれているが、そんなスノーもちょっとついていきたそう。


「じゃあ、うーん……30人!」


「さ、30人!?」


 頭の中に朧気に浮かんできた数字を口にしただけなミニャちゃん陛下だが、その数にニーテストやライデンは悪くないと思った。

 なにせ初めての調査である。万が一、強力な個体が1階層から出てくるようなダンジョンだったら、ザインたちだけでも逃がしてあげたい。


 というわけで、希少石フィギュアに宿る賢者30人を連れていくことになった。


「絶対に過剰戦力じゃね?」


「ま、まあ、何が起こるかわからんからな」


 バールとザインは逆に恐縮しているが、初めての探索なので受け入れた。

 一方の賢者たちはウキウキだ。


 家に戻って準備を整える2人に、スノーたちが差し入れをした。


「ザインのおっちゃん。これ、お昼ご飯」


「おっ、悪いな」


「しかし、ザインよ。昼まで入るか?」


「まあ早く終わったら地上で食えばいいだろ」


「浅い階層だとそんなに早く帰ってこられるの?」


「ああ。地図がねえからさすがに時間はかかるだろうが、それでも昼までに3階層くらいまではいけるんじゃないかな」


「へえ」


「だけど、ルミーなんかを近寄らせるんじゃねえぞ」


「わかってるよ。おいらたちはこれから勉強だもん」


 入り口は賢者たちが守っているので、まあ勝手に入って事件になることはないだろう。


 こうして、ミニャンジャ村にダンジョンができた。


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