4-35 残党狩り


 朝を迎えたグルコサの町。

 町を襲った賊は全て牢にぶち込まれ、火事も消化が終わっていた。


 未だ有事ということもあり、領主の娘であるアメリアの起床は早かった。昨晩は遅くまで起きていたのに朝は早い。まだ幼いアメリアには相当辛かろう。

 クレイやソランなどは深夜からずっと起きており、未だ炊き出しを頑張っていて寝る気配はない。

 それは賢者たちが想像する優雅さ特化な貴族像とは程遠い姿であり、教育方針だった。


 夜間の大騒ぎから一転、疲れの中で迎えたグルコサの朝には普段のような賑やかさはなかった。

 アマーリエの指揮の下で行なわれている炊き出しを多くの人が静々と受け取り、この後も続く作業に向けて英気を養っている。


 ミニャたちもアメリアと一緒に早く起きて、ねむねむ粒子を放出しながら朝ごはんをモグモグ。

 そうしてご飯を食べ終わると、乙女騎士がミニャに言った。


『乙女騎士:ミニャちゃん。これから賢者さんが水蛇のアジトで悪者を倒し始めます』


「? ……にゃんですと!」


 まだ頭が働かないミニャだったが、言葉の意味を理解すると、ピョンとお尻を椅子から浮かせた。

 こいつぁてえへんだと、ミニャはわたわたと手を振り、子供たちへ教えてあげた。


「ねえねえ、水蛇のアジトで悪い人たちをやっつけるってーっ!」


 子猫を飼い始めた友達が学校に写真を持ってきた時のようなノリである。


「えーっ!」


「見たい!」


「私も見たいですぅ!」


 子供たちやアメリアもわーっと近寄ってきた。ついでにメイドもワクワクしながら集合。


『乙女騎士:それでは水蛇のアジトについて説明します。文字が読めない子もいるので、メイドのコーネリアさん、読み聞かせてあげてくれますか?』


「は、はい。かしこまりました」


『乙女騎士:水蛇のアジトは大岩礁地帯の奥深くにあり、そこには多くの人が囚われていました——』


 乙女騎士の説明を、偽メイドのコーネリアが子供たちに読み聞かせる。


 ウインドウを通して、疲れ切った表情で働く人や牢屋に囚われている人の姿を見た子供たちは、シュンとした。それと同時に、悪い人たちに対してプンプンと怒った。

 スノーやレネイアたち年長組の視点はまた違い、一歩間違えれば自分たちも同じようになっていたので他人事には思えなかった。


 もちろん、この説明にハードな部分は含まれていなかった。囚われている人がいて、中には虐められながら働いている人もいる、といった感じのソフトな内容説明。


「牢屋に捕まっていた人たちから教えてもらって誰が悪い人なのかを調べ終わったので、これから悪い人たちを捕まえます」


 コーネリアが読み終えた頃には、その場に領主も同席していた。アマーリエやソラン、クレイは炊き出しから帰らず、この場にはいない。


 領主もまた真剣な面持ちでウインドウを見つめている。その眼差しの奥で何を考えているのかは、賢い系の賢者たちもさすがにわからない。

 そんな領主に会話係のクラトスがフキダシで言う。


『クラトス:という概要でして、先ほど申し上げた通り、領主様にはアジトの最終的な制圧と捕虜たちの救助をお任せしたく存じます』


「その件については任せてほしい。念のために確認をするが、サーフィアス王国に任せるとなると、賊が貯めこんでいる宝の9割はこちらの物になってしまう。それは君たちの労力に合わないものだろう」


『クラトス:承知しております』


「では、思う存分、作戦を実行してくれてかまわない。作戦中に起こったことの責任は全て私が取ろう」


『クラトス:ありがとうございます』


 水蛇の船は全部沈めてしまったので、後処理はグルコサ水軍に任せることになる。この件はガーランドの船を見逃す前に承諾を得ていた。

 サーフィアス王国は美味しいところ取りとも言えるが、ミニャと賢者は捕虜の人命優先で動いているため、あまり手柄とかは考えていなかった。


 領主の意思確認をしたクラトスは会釈をして下がり、乙女騎士に頷いて見せた。


『乙女騎士:それじゃあミニャちゃん。作戦開始の合図をお願いします』


 ミニャはコクンと神妙な顔で頷いた。

 指示用スレッドに向かって念じながら、口を開いた。


「悪い人たちをやっつけて、捕まっている人たちを助けてください! ミニャちゃん軍、作戦開始ーっ!」




【501、ミニャ:悪い人たちをやっつけて、捕まっている人たちを助けてください! ミニャちゃん軍、作戦開始ーっ!】


 ミニャからの号令を受け、賢者たちが一斉に動き出す。


 やることは極めてシンプル。

 影の中に雷属性の賢者たちがズルリと出現。その位置は水蛇と確定している賊たちの背後。


 覇王鈴木たちが担当したのは、かなり広い調理場だった。

 そこでは疲れた顔をしている8人の女性が強制労働をさせられており、2人の水蛇の男も同じ場所で働いている。この2人は料理番なのだろうが、セクハラするだけでほとんど働かないという最悪な職場環境だった。


 この女性たちを助けるために、覇王鈴木たちが動き出す。


『覇王鈴木:サンダーニードル!』


『タカシ:サンダーニードル!』


 アジトに残っていた賊は、グルコサ攻めという大きな仕事のメンバーに選出されなかった雑魚である。その程度の実力なので、背後から攻撃を受けた賊たちは何が起きたか一切わからないまま、椅子に座った体勢で体を激しく痙攣させ始めた。


 傍から見れば明らかな奇行。女性たちは自分たちを恐怖させるための行動だと勘違いして、怯える。

 しかし、椅子からずり落ちながら体を跳ねさせ始めたことで、それが奇行でもなんでもなく、生と死の境界で踊っているのだと理解した。


『覇王鈴木:全員展開しろ!』


 2人の料理番になにかあると、疑われるのは女性たちである。

 彼女たちがそういう思考を持てているかは不明だが、万が一、介抱するために賊へ触れてしまうと一緒になって感電するので、覇王鈴木はすぐに女性たちの前に仲間を出現させた。


 そこら中から現れた賢者たち。2人の賊が手練れだった場合に備えて、女性たちを守るために用意された人員だった。


「ひ、ひぃ……」


 目の前に音もなく現れたのが自分たちを守ってくれる存在だと知らない女性たちは、腰を抜かす。


『胡桃沢:もう大丈夫ですよ』


『ケアリア:辛かったですね……ぐずぅ!』


 そんな女性たちに、回復属性の賢者たちが様々な回復魔法をかけていく。


「か、回復魔法……?」


 あかぎれでボロボロな手が治っていく様子と人形を見比べて、女性たちは困惑の色を強める。


 その間に調理台の上で文字を書き終えた竜胆が、女性たちに紙を広げて見せた。

 紙に書かれた文字が読めたのは8人の中で3人だけだった。1人は安堵からか腰を抜かし、1人は腰を抜かした女性と抱き合い、1人は口を両手で覆う。3人ともが大粒の涙を流していた。


「な、なんて……ねえ、なんて書いてあるの?」


 文字が読めない女性もすでに答えを確信していたが、信じられない面持ちをしながら、かすれた声で友人に問うた。


「め、女神の使徒様が……た、助けに来てくれたって……っ!」


 それを聞いた他の5人も、肩を抱き合って号泣した。




【465、覇王鈴木:こちら2階、調理場。ミッション完了】


【466、雷光龍:1階の港、制圧完了】


【467、レオン:見張り台も終わったぜ】


【468、ギーンズ:悪い、1階桟橋は感電の最中に湖に落とした。いま木属性が引き上げてる。気絶はしているみたいだ】


 感電して気絶した賊たちを拘束すると、チームリーダーの賢者たちが報告を上げていく。

 15人の賊に対してほぼ同時に作戦が実行されたため、終わるのにそう時間はかからなかった。ただ、桟橋にいた賊だけは足場が狭すぎたので湖に落としてしまったが。


 アジト内の安全が確保されると、賢者たちは囚われていた人たちを全員解放し、3階へと案内した。


 3階ではバラバラに牢へ入れられていた人たちが再会して抱き合う姿がそこかしこで見られた。


「お母さーん!」


「うええええんえんえんえん!」


「ロイ! モコ!」


 タヌキ耳をした獣人の母子もそんな1組で、それをウインドウで見つめるミニャはニコニコと優しく笑った。


「これで……全員ですか?」


 反対に悲しみの涙を見せる女性もいた。

 賊の言うことを聞いて働いたのに、人質として牢に入っていると思っていた息子がすでに売られてしまっていた女性がいたのだ。女性は一緒に仕事をしていた人たちに慰められ、泣き続ける。


 水蛇のあまりの非道に、賢者たちは憤った。


「人形様。まことにありがとうございました」


 そう静かに言ったのは、1階の牢屋に閉じ込められていたエルフの男性だった。


「申し訳ありませんが、このアジトの調査をさせていただけないでしょうか?」


 そう問われたので、竜胆が文字を書く。


『なぜですか?』


「私の娘が売られてしまったようです。どこに売られたのか、そのヒントがこのアジトにあるのではないかと思ったのです」


 それを聞いた同じ境遇の女性も顔を上げた。


『許可しましょう。しかし、その前に賊たちを一か所にまとめなくてはなりません。手伝っていただけませんか?』


 下っ端の賊を気絶させるのは賢者たちにとってあまり難しいことではなかったが、喋れないので一か所にまとめるのが非常に面倒だった。地面に引き廻してもいいのだが、ミニャたちが見ている手前、それは憚れた。


「わかりました。なんでも手伝いましょう。申し遅れましたが、私はシゲン・アルスターです」


 エルフの男性・シゲンを皮切りに、男性を中心に協力者が集まっていった。




 回復魔法がかけられ、2人の賊が目を覚ました。


「ふぁえ……!?」


 2人は自分の体が大変なことになっていると、すぐに気づいた様子。

 背後に回された腕が物凄く硬い物で拘束され、指も開かないように握られた状態で固められている。さらに、口には太めの木の棒が嚙まされていた。


「起きたか。起きたなら立て!」


 そう命じたのは、シゲンだった。

 賊は困惑から一転して憎悪に燃えた目でシゲンを睨み、木の棒に歯を立てながら暴れる。


「悪いことは言わん。言う通りにして立て。死ぬぞ」


 シゲンがそう言うと、寝転がった賊の目の前に食用の魔物の鳥肉がベチャリと落ちた。その横に石の人形が歩み寄る。


 人形は炎の剣を出現させると、魔物肉に突き刺した。

 魔物肉は突き刺された部分からすぐに炭化を始め、30秒ほどで燃えカスに変わった。


 それだけではない。

 その隣では雷の剣や闇の剣を持つ人形が複数体おり、殺る気満々な様子でブンブンと素振りをしていた。


 バーンッ!


「ぎぃいいあぁあああああああああ!」


 さらに、どこかの部屋で唐突に破裂音と叫びが上がったではないか。

 シゲンが呆れたように言った。


「ああ、バカな奴がいるな。お前はどうする? 正直、私はお前らがどうなろうと構わないんだが、死体を運ぶのは私になるから手間をかけさせないでもらいたい」


 叫び声を聞き、目の前の人形はためらわずにそれをやるのだと、2人は震えあがった。

 仲間が帰って来たらこんな連中はどうとでもなる。しかし、それまでに自分が死んでいたら意味がない。


「ふぁ、ふぁへ! ふぁふ! ふぁふ!」


 後ろ手で拘束された賊は、もがくようにして立ち上がった。

 そんな滑稽な姿を横目に、シゲンは賢者たちに向かって頷いて見せた。


 先ほど叫んだのは、賊ではなかった。

 協力してくれた男性の1人が、サンダーボールが地面で破裂した音に合わせて叫んだのだ。狙いは当たり、賊たちはとても従順になった。


アジトに散っていた賊たちが次々と連行され、港の端っこに集められた。

 全部で15人。取りこぼしはなし。

 自分の足でそこまで歩いた賊たちは、賢者たちによって足枷を嵌められた。絶対逃がさないという強い意志を感じる足枷だ。


 賊たちはまだ余裕があるようだった。近くに仲間が15人もいるし、外にはガーランドたち略奪組もいるのがわかっているからだろう。だから、猿轡をされている顔の奥はどこかヘラヘラした印象だった。


「こいつら!」


 男性の1人が賊を殴りつけようと、近くに立てかけてあった角材を握る。憎い相手なので無理はない。

 しかし、ミニャや子供たちが見ているので、賢者はそれを許さなかった。賊たちを庇うように複数体の人形が前に出る。


「な、なぜですか!?」


 この場の筆記係である髑髏丸が文字を書く。


『お前の憎しみはわかるが、それはいけない。見ろ』


 賢者はその場にいる被害者であるシゲンや男性たちに霊視をかける。

 彼らは賊の体に巻きついた禍々しい鎖を目にして、息を呑んだ。


『こいつらの罪はサーフィアス王国が苛烈に裁き、その罪業は死後の世界でも裁かれるだろう。この黒い鎖は罪深き者が死後に連れていかれる場所の目印だ。普通は見えないが、我々の魔法でお前らに見えるようにしている』


「……っ!」


『おそらく、こいつらを殴ったとしても女神様は許してはくれるだろう。しかし、我々はお前にそういった体験をして、戦えない者をいたぶる味を覚えてほしくない。そういった味を覚えてしまえば、いつの日かお前にもこの鎖が巻き付く日が来てしまうかもしれない』


 すっかり執筆に慣れた髑髏丸はサラサラと文字を書き、最後の文章を見せた。


『憎しみはこのアジトへ置いていけ。お前らはこれから青い空の下で生きるのだから、その人生を暴力で曇らせてはいけない』


 全てを読み終えた男性は手から棒を取り落とし、その手で顔を覆って泣いた。この男だけではなく、職工も歯を食いしばり、溜まった涙を腕で拭う。

 シゲンもまた手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握りしめていた。


 偉そうなことを説いたが、賢者たちが同じ状況に陥った際に、同じように武器を捨てられるかはわからない。ほとんどの賢者たちの方が彼らよりも精神的に幼いだろうし。


 これは、今も生放送を見ているミニャに向けた言葉だった。

 長い人生で、ミニャにも嫌いな相手や殴りたい相手が出てくるだろう。そんな時にこの言葉を思い出し、考えられるようにしてあげたかった。


 殴らずに泣きだす男性たちを見た賊たちは、肩をすくめてヘラヘラした様子。腰抜けだとでも小馬鹿にしているのだろう。


 髑髏丸が合図を出すと、シゲンが告げた。


「お前たちに言っておくことがある。グルコサの町を襲った水蛇の船21隻は、すでに全滅している。残っているのはお前らと、船を失って岩礁に取り残された外の連中だけだ」


 それを聞いた賊たちは、一気に余裕を無くした。


「ふ、ふほほふぅな!」


 猿轡をした状態でパトラシア言語を話すものだから、さすがの賢者も何を言っているのかわからなかったが、現地人であるシゲンはなんとなく理解したようで返答する。


「嘘ではない。なぜ囚われていた私がそんな情報を知っていると思う。水蛇を壊滅させた彼らが教えてくれたからだ。外へ救助に向かった8隻の船も彼らが沈めてくれた」


 その時、ライデンから指示が入り、岩礁の人がいない場所へ十数発のサンダーボールが放たれた。サンダーボールの激しい破裂音とともに、岩礁の賊たちの悲鳴がここにまで薄っすらと聞こえてくる。


 その音に気づいた賊たちは顔を真っ青にしてシンと静まり返った。


「理解できるな? お前たちはもう終わっている。これから始まるのは終わりのない贖罪の日々だ」


 それを聞いた賊たちは、猿轡を嚙みながら必死に何事かを嘆願し始めた。

 まったく何を言っているのかわからないが、この状況で口にするとしたら、『自分は水蛇の一員ではない』的なことだろう。

 それはもしかしたら事実かもしれないが、少なくともこの15人は冥府の鎖が巻き付いているので、逃がすわけにはいかない。


『ご苦労様。あなた方は3階へ上がって、救助が来るまでゆっくりと休んでください。シゲンさんは、3階で他の人形と一緒に調査を始めてください』


 髑髏丸が書いた文言を読んで、シゲンは頷く。


「わかりました。では、後のことはよろしくお願いします」


 シゲンは賢者たちにそう言うと、他の男性たちと一緒に3階へと上がっていった。


 こうして、賢者たちは敵の血を流すことなく、水蛇のアジトの制圧を完了するのだった。


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