2-41 領主館潜入ミッション


『サンライズ:よう、サバイバー』


『サバイバー:お疲れさん、サンライズ。正門の様子はどうだい?』


『サンライズ:見ての通りだね』


 町の正門の監視穴で目を覚ましたサバイバー。宿っているのは石製人形。

 町に近いそれぞれの監視穴の人形は1体以外が全て緊急出動してしまったため、正門前の監視穴の人形を使うことになったのだ。


 正門前にはいつもの倍以上の兵士が集まっており、厳戒態勢を取っていた。


『サンライズ:ギルドの方も大騒ぎみたいだな』


『サバイバー:ああ。でも、あっちと城壁上はもう監視できなくなっている』


 その2か所は人形が1体しかいなくなってしまったため、本日の監視は終了となってしまった。


 終了間際まで監視は続けられ、警鐘が鳴ってからの対応がある程度観察されている。城壁上からは町の騒ぎが、ギルド前からは緊急招集された冒険者たちの姿が観測された。


 ギルドの方だが、キレている人は意外にも少ない様子。

 深夜に会社に車が突っ込んで、朝に出勤してその光景を目の当たりにしたサラリーマンくらいの反応だ。『ウチの会社に車が突っ込んでマジウケるwww 部長がキレてるから神妙な顔しよ』程度。

 絶対に落とし前をつけると思っていそうな顔をしている人はかなり少ない。そういう人は、おそらくギルドの上層部だろう。まあ、その上層部の指示で冒険者たちが湖賊を狙い始めるかもしれないが。


『サバイバー:さて、それじゃあ行ってくるよ』


『サンライズ:ああ、頑張ってな。俺もあと20分で拠点クエストだな』


『サバイバー:あっちも大変みたいだからね。頑張って』


 喋りながら準備を整えたサバイバーは、監視穴から出発した。

 人形は1体だけでは長時間活動できないので、当然、人形を一体おんぶしての活動だ。


 正面突破はあり得ないので、サバイバーは大きく迂回して城壁に辿り着いた。


『サバイバー:さて行きますか』


 サバイバーはレンガとレンガの間に指をかけ、壁をよじ登る。

 天辺付近まで行くと、登る手がピタリと止まった。城壁の上を誰かが通り過ぎたのだ。


 ザッザッザッという音を聞きながら、サバイバーはジッと息をひそめる。

 その人物は特にサバイバーに気づくこともなく、通り過ぎていった。


 城壁の上は外側に向かって盾になるように人の腰丈くらいの分厚い壁があり、人が通る道は幅150cmほど。魔物の大群などが現れたら、この上に魔法使いや弓使いが配備されるのだろう。


 サバイバーは、壁部分から顔を出して通り過ぎていった人を確認した。

 通り過ぎた人は兵士だったようで、その後ろ姿を確認したサバイバーは、ササッと移動して城壁の内側にへばりついた。


 サバイバーは顔だけ横を向いて、周りの状況を確認する。

 真下は城壁沿いにある道。この道は結構広く幅4mほどもある。城壁に建物を隣接させると不都合が多いからだろう。

 周りの建物が城壁とあまり変わらない高さなので、残念ながらそれ以上の情報は得られなかった。


 ランプを持った兵士が真下の道を走っていく。


『サバイバー:ひとまずはあっちか』


 兵士が向かった方の道には正門がある。おそらく、正門にいる部隊長へ向けての伝令だろう。ならば、伝令を放った方へ行くのが良さそうだ。

 道へと降りたサバイバーは、兵士が来た方の道へと走り出した。


 道の周りの家からは、明かりを消して息を潜めている人の気配があった。警鐘が鳴ったためだろう。


 一方、町の遠くからは喧騒が聞こえていた。

 東の城壁上の監視穴で活動制限が切れるまで監視していたゼルによると、スラムと港の方では騒ぎが大きかったと観測できていた。

 これは住んでいる人の気性によるものなのではないかと賢者たちは考察した。スラムと港の方が野次馬根性の者が多いのだろう。


 しばらく進むと、城壁と直角になる大きな塀が見えてきた。

 塀は城壁と繋がっており、サバイバーは城壁の上にいる兵士が塀の向こう側に降りていく瞬間を見た。おそらく、塀の内側に階段があるのだろう。


 塀に添うように道が曲がっている。

 角で顔を覗かせると、かなりの大通りが南にまっすぐ続いていた。


 新しく作った町専用スレッドで、サバイバーは報告する。


【21、サバイバー:軍の重要施設と思しき場所を発見したよ】


【22、ニーテスト:ふむ。ライデン、どうしたらいいと思う?】


【23、ライデン:おそらく陸軍的な組織の施設でござろう。南にまっすぐ続く大通りがあるということは、南には水軍の施設があるはずでござる。そう推測する理由は警鐘が鳴ってからの対応の早さでござる。南にも軍船を出動させられる権限を持つ組織があると思うでござるよ】


【24、サバイバー:なるほど、確かにそうかも。じゃあ水軍の方を探すかい?】


【25、ライデン:おそらく、この大通りの西側に貴族などの要人が住む区画があるはずでござる。高級住宅街になるでござろうかね。まずはそこを探すでござる】


【26、サバイバー:了解。探してみよう】


【27、ライデン:それよりも、人の姿が見えるけどどうするでござるか?】


 ライデンの言うように、大通りにはかなり人がいた。兵士もいれば、不安そうに外に出る人もいる。夜とはいえ、長時間姿を晒せばさすがにバレるだろう。


【28、サバイバー:まあ頑張ってみよう】


 サバイバーはそう言うと、近くの家の端に転がっていた木材のゴミを拾った。

 何をするのかと賢者たちが生放送を見ていると、大通りの端にある用水路の中に木材と共に入水した。

 その思い切りの良さに、賢者たちはドン引きした。


 木材をビート板にしてスイスイと用水路を泳ぎ下ると、100m置きくらいに用水路に降りるための階段が設置されていることがわかった。

 5本目の階段で一度上がって周りを見ると、少し上流方向の西側に警備兵がぞろぞろと立っている場所が見えた。


【45、サバイバー:行き過ぎてしまったけど、おそらくあそこが入口だね。だけど、あれはさすがに入れないだろう】


【46、ニーテスト:別の場所から入れないか試してくれ。無理そうならそのまま南に下って水軍基地を。水軍基地がなければ港用の監視穴でも作ろう】


【47、サバイバー:待った。行けるかもしれない】


 この時間だというのに、南から箱馬車がやってきていた。

 馬車の前方には小さな旗がはためいており、そこに描かれている紋章に賢者たちは見覚えがあった。軍船にも同じ紋章が描かれていたのだ。


 馬車が通り過ぎた瞬間、サバイバーは大通りに飛び出した。

 そして、走っている馬車の下に潜り込んで、骨組みに掴まる。


 馬車はすぐに速度を落とし、曲がる気配。

 ビンゴだとサバイバーはほくそ笑む。


 この時間に水軍の旗を掲げた馬車が行く場所は、陸軍基地か高級住宅街のどちらかだと思ったのだ。どうやら2分の1に勝ったようだ。


 あとはこの馬車が高級住宅街のどこに向かうかだ。

 サバイバーは領主館を希望しているが、この馬車に乗っている人が上級幹部で、自宅に向かっている可能性もある。


 サバイバーは馬車の下からそっと顔を覗かせて、通り過ぎる家々を観察した。


【59、名無し:この規模の町だと家臣や陪臣がかなりいると思うけど、物語で見るような超豪邸は見られないな】


【60、ライデン:城壁に囲まれた町でござるからな。そういう屋敷を持てるのは限られた一部の人だけなのではないかと思うでござるよ】


 スレッドで話し合われるように『貴族やってます!』みたいな家はなかった。ただし、どの家も賢者たちが今まで見てきた家よりも明らかに大きく、手入れも行き届いていた。特徴的なのは、良い家は必ず門と小さいながら庭がある点か。


 そんな中で馬車が入っていったのは『大貴族やってます!』と全方位に主張しているような館だった。

門から先の庭もかなり広く、厳戒態勢だったためか、門の内外で多くの人が警備している様子だった。


 馬車は庭を走り、やがて建物の前で止まった。

 すぐに馬車から誰かが降りてきて、何者かに話しかける。サバイバーは脛から下だけを見ながら、会話を盗み聞く。


(水軍幹部:閣下に此度の事件のご説明に参上仕りました!)


(初老の執事:ご苦労様です。どうぞお上がりください)


(水軍幹部:はっ!)


 どうやら当たりのようだ。




 館の中に入っていく2人を見送ったサバイバーは、馬車の下から抜け出して玄関右手の花壇へとサササッと移動した。


(門番の男:ん? いま小さな生き物がいなかった?)


(門番の女:まさか魔物じゃありませんよね?)


 玄関の前に立つ門番の会話を翻訳で読んで、サバイバーは慌てた。

 小さな体だから動く影を見られても、ネズミか何かだと見逃してもらえると思ったのだ。


 サバイバーも賢者たちも、この時になって初めて気づいたことがあった。

 地球の門番は不埒者から家を守るが、この世界の門番の取り締まり対象には不埒者に加えて魔物も入っていたのだ。だから、ニャーと鳴いても見逃してもらえないのである。賢者は鳴けないけれど。


 門番の男は小さく口笛を吹き、近くの警備兵を呼んだ。

 自分は玄関から離れられないので、警備兵に見に行かせるようだった。


 警備兵はランプを持って、サバイバーが移動した花壇の周りを歩く。

 しかし、そこには何もいない。花壇の中にも動くものはなかった。


(警備兵:特になにもいないですね)


(門番の男:見間違いだったか?)


(警備兵:一応、犬を放ちましょうか)


(門番の男:ああ、悪いがそうしてくれ)


(警備兵:わかりました。連れてきます)


 花壇の中にも動くものはなかった——本当にそうなのでしょうか?

 警備兵が去っていくのを感じ取り、サバイバーは花壇の土の中からゆっくりと起き上がった。土遁の術である。


 しかし、まだ危機は去っていない。

 犬が来るのは不味い。普段の人形なら臭いなんて辿られないだろうが、今のサバイバーは用水路の臭いが染みついていた。


 すぐに移動を再開して、建物の中に侵入できる場所を探した。

 屋敷は漆喰塗りのため、指を引っかけて登るのは難しい。そうかと言って、魔法で解決するのは最悪な選択だ。


 雨どい!


 サバイバーは屋根から真下に延びる雨どいを見つけ、大急ぎで登り始めた。

 どうやら木で作られているようで感触的に新しい。数年に一度のスパンで取り換えるのだろう。


 この屋敷は3階建てで、石製人形の体ではサバイバーでもかなり辛い。


 花壇に2匹の犬が連れてこられた。

 犬は何かの臭いを感じ取ってうろうろする。

 サバイバーが土遁の術を使ったあたりを嗅ぎ、ついに雨どいまでたどり着いた。


 警備兵が雨どいを見上げるが、そこには何もいない。


 犬は雨どい付近で臭いを見失った。サバイバーの臭いは藻が生えた用水路の臭いだ。雨どいから流れた水の臭いと区別がつかなくなったのだろう。


 そんな様子を、若干ぜーぜーしながら屋根の上から見下ろすサバイバー。

 かなりギリギリだった。


【111、名無し:見てるこっちの膀胱がハラハラするんだが】


【112、名無し:意味不明な表現だがわかってしまう】


 サバイバーは屋根の上を移動し始めた。

 すぐに屋根裏への入り口を見つけ、戸をトントンと叩く。

 どうやらミンチン先生に虐められている薄幸少女はいないようで、誰も反応しない。


 サバイバーはここで初めて魔法を使った。水の武器化だ。

 屋根裏を塞ぐ両開きの戸の隙間に水のナイフを差し込み、そっと内側の閂を上げた。


【125、名無し:手慣れてね?】


【126、サバイバー:やめろやめろ】


 戸を開けて体を滑り込ませ、速やかに閂を降ろす。手慣れていた。


 屋根裏部屋は木箱が大量にあり、埃の積もり具合から定期的に使われていることが見て取れた。大きな家だとこういうのは冠婚葬祭用の道具や飾りだったりするが、実際には不明。箱の中がなんであるのか調べるのも面白そうだが、今はその時ではない。


【130、サバイバー:木属性を送ってくれ】


 サバイバーがおんぶする人形を降ろすと、すぐに木属性の中条さんが送られてきた。


『中条さん:サバイバーさん、今日は大活躍でしたね! 凄くドキドキしました!』


 中条さんはサバイバーのファンだった。


『サバイバー:ははっ、ありがとう。それよりも任務だ。そこの角の床を木材整形でちょっと動かしてほしい』


『中条さん:わかりました』


 中条さんは床の板を木材整形で曲げ、人形が入り込める穴を空けた。


『中条さん:頑張ってください!』


『サバイバー:うん、ありがとう。君もクエスト頑張ってね』


 それだけの任務で中条さんは帰っていき、人形は再び予備へと回された。


 サバイバーは開いた穴から床下——3階の天井裏へと忍び込んだ。

 天井裏は非常に広く、そこかしこで小さな光が漏れていた。木製なので収縮で隙間ができているようだった。


 サバイバーは光が漏れる近場からひとつひとつ部屋を覗き込んだ。


 それによると、この屋敷には10歳前後の男の子が2人と、5歳くらいの女の子が1人いるようだった。屋敷は広いので他にも兄弟がいるかもしれない。

 もう時間もずいぶん遅いので子供たちは寝ているが、室内にはメイドと警備兵が薄明りの中で控えていた。この警護が日常的なのか警鐘が鳴ったためかはわからない。


【143、ライデン:サバイバー殿。3階はファミリースペースの可能性が高いでござるね】


【144、サバイバー:俺もそんな気がする。でも、ここから2階の屋根裏に移動するのはかなり骨だな】


 そんなことを話し合っていると、とある部屋で問題は解決した。


 そこでは妙齢の女性がパジャマにガウンを来て、メイドの入れたお茶を飲んでいた。

 女性の部屋を覗き見るのはヤバいとサバイバーは思ったが、ドアが開いてやってきた人物によって話は変わった。


(領主:アマーリエ、待たせたな)


 翻訳が提示したその人物の役職を見て、サバイバーは再び室内を覗き込んだ。


 領主は30代半ばほどの男で、赤髪のイケメンだった。

 細身だが服の下の肉体はしっかりと鍛えられているとサバイバーの目が暴く。


 アマーリエと呼ばれたのは奥さんだろう。

 領主の名前がわからないのは不味いので、すぐに火属性の賢者が召喚されて、人物鑑定がされた。召喚された瞬間にバランスでも崩されると不味いので、人形はサバイバーにおぶられたままだ。


『啓太郎:領主の名前はディアン・ランクスだ』


 鑑定が終わると速やかに帰還し、再びサバイバーのみでのスニークミッション。


(アマーリエ:もうお仕事は終わりですか?)


(ディアン:ああ、今日のところはな。しかし、少し頭の痛い話になった)


 サバイバーは侵入に手間取ったので、報告は終わってしまったようだった。

 ディアンがアマーリエの対面に座ると、メイドがすぐにお茶を淹れた。


(アマーリエ:ギルドが襲われたのですよね? アランはかなりお怒りなのですか?)


 アランという名前に賢者たちは覚えがなかったが、話の流れからしてギルド関連のお偉いさんだろう。


(ディアン:アランが怒っているのは確かだが、頭が痛いのはその件ではない。どこから話そうか……捕まったのは水蛇の幹部だった)


(アマーリエ:水蛇の! それはおめでとうございます)


(ディアン:それだけならめでたいで終わった話だが、どうにも不可解な点が多い。水蛇は今回の事件の一切を否認している。これはこれからの尋問で白状するだろうからいいとして、事件の中で救助されたスラムの少年と兵士たちの証言が問題だった)


 悪党が容疑を否認するのはこの世界でも同じようだ。

 しかし、まだ捕まって時間も余り経っていない。これからどのような取り調べがあるか不明だが、そのうち白状するかもしれない。


(アマーリエ:救助された少年ですか? ギルドが襲われたという話ではありませんでしたか?)


(ディアン:ああ、私もそう思っていた。だが、少年は水蛇たちが自分を含めた9人の少年少女を攫ったと証言した)


(アマーリエ:人攫いを……なんと恐ろしいことを。攫われた者は救助されたのですか?)


(ディアン:1人だけな。先ほども言った少年がそうだ。だが残りの8人が消えた)


(アマーリエ:そうですか……可哀そうに)


(ディアン:果たして可哀そうなのかどうか)


(アマーリエ:どういうことですの?)


 ディアンは勿体つけるようにお茶で舌を湿らせる。

 奥さんとたくさんお話しするイケメンに、賢者たちのイラつきゲージがムクムク。


(ディアン:帰還した兵士たちが全員、水蛇を倒したのは女神様の化身だったと言っているそうだ。その神々しい姿も見たとな。実際に水蛇の幹部の手足は折られ、酷い有様のようだよ)


(アマーリエ:まあ! 女神様の!?)


(ディアン:問題はここからだ。兵士たちは女神の森の崖を登る光の列を見ているのだ。攫われた8人はおそらく女神の森の上層に入ったのだろう)


 その話を聞いたアマーリエはハッとした様子で言った。


(アマーリエ:まさか!?)


(ディアン:ああ。この8人の誰かが、あるいは8人全員が女神の園に迎えられた可能性がある)


 勘の良い賢者はその話を聞いて、そう来たかと思った。


(ディアン:もし、女神の使徒が誕生するのなら、我々は立ち振る舞いを慎重にしなくてはならない)


(アマーリエ:良好な関係を築いたらよろしいのではなくて?)


(ディアン:それが可能ならばいい。しかし、少年の話では、今回の事件の被害者は全員がスラムで見たことのある子供だったそうだ。すでにこの町に恨みを持っている可能性がある)


 賢者たちはあわあわした。

 ライデンさん、竜胆さん、ニーテストさんと他人に頼り始める。お前らも考えろ。


(ディアン:我らが祖王サーフィアスは奴隷から剣一本で王国を打ち立てた。ゆえに我らは奴隷を作らないが、それでも貧しい者はいる。もし、この8人が我が国に不満を持っていたのなら、新たな女神の使徒はこの町の敵として現れるかもしれない)


(アマーリエ:そんな女神の使徒が……ど、どういたしますの?)


(ディアン:本当に女神の園に迎えられたのならどうにもできん。女神のお膝元で8人を皆殺しなどにしたらどうなるかわからん。しかし、何かしら対策を取らなくてはならない。とにかく、早急に水蛇から情報を吐かせ、スラムで8人の子供の情報を集めなくてはならない。対策はそれからだ)


 そう言うとディアンはお茶を飲み終え、今日はもう休むことにしたようだ。

 奥さんと一緒に寝るというファンタジーな行為に、賢者たちのイライラゲージもマッハ。




 翌日のこと。

 朝も早くから崖の近くまで漁師の船が数隻やってきた。漁師が朝からこの水域にやってくることは今までなかったので、水軍が討伐した湖賊の船を見に来たのは明らかだろう。要するに野次馬だ。


 そして、彼らは黒い船の姿を見て仰天することになる。

 崖の下で座礁する黒い船は、一夜にして苔生して、そこら中から雑草や低木が生えていたのだ。


(漁師の女:め、女神様の天罰が下ったんだ!)


(若い漁師:お、俺たちは関係ありません!)


(漁師の親父:おい、早く船を反転させろ!)


 それを見た漁師たちは、それぞれの船を反転させて来た時の倍の速度で帰っていった。


『ライデン:時間は稼いだでござる。あとはできるだけ早く解体するでござるよ』


 崖の階段付近をうろちょろしてほしくないし、船に使われている木材も惜しい。

 しかし、昨晩の忙しさの中で13m級の船を解体して崖の上に運ぶことなど不可能。

 そこで、漁師たちを近づけないために、昨晩の内にライデンがこのような策を打った。魔法がある世界なのでビビってくれるかは賭けになったが、ひとまずは成功と見ていいだろう。


 もちろん、これは女神の天罰などではない。

 ぶっこ抜いた雑草や低木を崖の上からぶん投げ、それを木属性の『植物操作』や『木材整形』、回復属性の『生命循環』で船に根付かせたのだ。これは表面的なもので、よく調べれば完全に根付いていないことがわかる。


 あとは余裕を見て、船を解体するだけとなった。


 こうして、8人の子供を迎え入れてから最初の朝が始まろうとしていた。

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