1-42 ゴブリンの集落襲撃
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開始時刻 22:45
仕事:ゴブリンの殲滅
人形:石製人形18体、赤土人形10体、女神製花崗岩人形1体
募集人数:29人
条件1:サバイバーを指名(花崗岩人形使用)
条件2:覇王鈴木を指名(石製人形使用)
条件3:ライデンを指名(石製人形使用)
条件4:2回以上召喚された者16名(石製人形使用)
条件5:2回以上召喚された者10名(赤土人形使用)
達成条件:ゴブリンの集落内の全てのゴブリンを討伐する
説明:
・リーダーをサバイバーとする。サバイバーの指示に従うように。
・ゴブリンの集落の掃討を行なう。非常に醜悪な見た目だが、相手は人型だ。これを殺す覚悟がある者だけがクエストを受けるように。
・後始末は別のクエストを発行するので、討伐が終わり次第、帰還となる。
・クエスト受注者は22:25から始まる『ゴブリンの集落討伐スレ』にて、事前のミーティングを受けること。
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22:45。
ミニャがぐっすりぐうぐうしている仮拠点から南西に2kmと少しばかり離れた秘密工房で、いま、物騒な連中が人形たちに宿った。
人形の内約は、拠点から遠征した石製人形10体。
昨晩にサバイバーが偵察に使った女神製の花崗岩人形1体。
集落近くの秘密工房で作られた石製人形8体に、赤土人形10体。
これが襲撃班だ。
ほかに周辺の見張り班として、同じく秘密工房で作られた6体の赤土人形がいる。
この作戦で、フィギュアや木製人形は使われない。
猫獣人であるミニャの鼻の良さがどれほどか不明なため、血がしみ込んで臭いが残りやすい木製人形は使えず、フィギュアは拠点の守備の要になるため遠征はさせたくなかった。
『サバイバー:じゃあ出発しよう』
サバイバーの号令に、賢者たちは頷く。
表情はわからないが、そわそわする者、興奮する者、緊張する者と、初めての討伐戦に平静ではない。
本来ならそれはあまりよろしくないことだが、現代人なのだし仕方がない。
闇夜の中、29体の人形たちがゴブリンの集落に向かって移動を始める。
小さな人形でもこれだけいると草がカサカサと鳴り、まるで地を這う大蛇のようである。
『サバイバー:ここからは慎重に進むよ』
サバイバーの指示が襲撃班のウインドウに表示され、慎重に移動する。
『サバイバー:お疲れ。様子はどうだい?』
『ワンワン:寝静まってるね。見張りもあの通りだ』
監視班のワンワンが指さす先で、見張りのゴブリンが横になって眠ってしまっている。
『ワンワン:ミーティングでした報告と状況は変わってないね』
『サバイバー:わかった。それじゃあこちらも予定通りに行動する。見張りは任せたよ』
『ワンワン:オッケー』
クエスト受注者を対象にしたスレッドで、事前にミーティングが行なわれていた。
ネムネムが描いたゴブリンの集落の見取り図を元にして、誰がどの家を襲撃するか決められたのだ。
サバイバーが昨晩に調査した際にゴブリンの数は90匹と仮定した。
昼間には、討伐戦の引き金となった6匹、サバイバーが発見して始末した上級ゴブリン1匹、森の中の戦いで38匹、河原での戦いで12匹の、計57匹が討伐された。
集落に残っているのは33匹、多く見積もって40匹程度だろう。
『サバイバー:それじゃあ作戦通りに展開するとしよう。もう一度言うけど、逃がすことはできない。ゴブリンがどれほど恨みを抱く生き物か不明だし、やるからには皆殺しにする。もし、直前でどうしても無理そうならスレッドに書き込んでほしい』
賢者たちは神妙に頷く。
カチカチと小さな音が鳴るのは、震える手が石の体に当たっているせいか。
『サバイバー:じゃあ合図と同時に一斉に襲撃する。全員持ち場につけ。行動開始』
賢者たちはボロボロの柵の隙間から忍び込み、事前に割り振られた草の住居の入り口で待機する。住居はそう多くはないので、1つの住居に数人ずつ配置されている形だ。
さらに、野外で寝ているゴブリンも包囲し、滅殺の構え。ほかに、見張り役のゴブリンたちの近くにも2人ずつ忍び寄る。
サバイバーはボスの住居へ、覇王鈴木は魔法使いと思しきゴブリンを担当した。
『サバイバー:全員、所定の位置につけた? まだの人がいたら書き込んでほしい』
少し待つが、特に問題はなさそうだ。
『サバイバー:では、23:05になった瞬間、一斉に踏み込んで魔法の乱打を行なう』
現在は、ウインドウの時刻表示が3分から4分へ切り替わった直後。
賢者たちは、ゴブリンの住処から漂ってくる臭気を我慢しながら、時刻表示を見つめた。
これほど長い1分はそうそうないと多くの賢者は感じていた。
ヨシュアもその一人だ。
ヨシュアはミニャのために頑張りたくて、魚獲りをした。でも、自分が一生懸命運んだ大きな魚は鳥に奪われ、無駄に終わってしまった。
その後も役に立ちたいと思っていたのに、間が悪いことに、休憩を入れている間にミニャのピンチを助ける緊急クエストを取り逃してしまった。
だから、今度こそはと討伐に志願した。
やる気を漲らせるヨシュアは、ゴブリンの魔法使いの家を襲撃する覇王鈴木の隊に組み込まれた。
呼吸音のしない体で荒い呼吸をしながら、しきりにストレッチする。
カチカチと石が擦れる音が鳴るが、それを止める賢者はいない。自分もいっぱいいっぱいだからだ。
長い1分が終わり、ついに時計が5分に切り替わった。
『サバイバー:突入!』
サバイバーのコメントと同時に、集落の周辺でババババッと複数の破裂音が鳴り響く。
見張りや外で寝ているゴブリンたちがサンダーボールに撃たれた音だった。
それを皮切りに、闇を切り裂く魔法音とゴブリンたちの断末魔の声が集落中から一斉に轟き始めた。
ヨシュアはその音に身をすくませる。
目の前では仲間たちが住居に入り込み、周りの住居からは魔法が爆ぜる音とゴブリンの断末魔が聞こえてきた。
『ヨシュア:ぼ、僕だって!』
ヨシュアは仲間たちのあとを追いかけて住居に踏み込んだ。
ぶわりと臭気が鼻を衝く。
誰かが放ったウォーターボールが飛び起きたゴブリンの足をへし折った瞬間だった。
『覇王鈴木:クソッたれが!』
覇王鈴木がサンダーボールをガンガン放ち、ウォーターボールで濡れたゴブリンたちを一斉に感電させる。
魔法使いと思しきゴブリンも一瞬で絶命した。
その範囲攻撃から逃れたゴブリンが草の壁を蹴破って逃げ出そうとした。
『ヨシュア:うわぁああああああ!』
ヨシュアは無我夢中でダークボールを放つ。
それはゴブリンの腰を撃ち、吹き飛ばす。
ゴブリンは壁の骨材の頭を打って、床に広がる水の上に転がり、激痛の悲鳴を上げた。濡れたゴブリンは次の瞬間、覇王鈴木のサンダーボールで感電して、動かなくなった。
ヨシュアはその光景に息を飲んだ。
迫害されても立ち上がり、成り上がっていくダークヒーローに憧れた。
だから闇属性を選んだ。
ダークボールを初めて撃った時は、これで魔物をどんどん倒して、みんなに認められるんだと興奮した。邪魔な現地人が現れたら、この手を汚す覚悟だってした。まだ見ぬ敵に、自分を虐めてきたアイツらの顔を重ね合わせて。
甘かった。
ゲーム画面からは決して流れてこない殺生の風が肌を焼く。
家を持ち、仲間と暮らす人型の生物を殺す罪悪感が、手足を震わせる。
ヨシュアはたまらずに住居から飛び出した。
そこら中の家から魔法の音と断末魔が響き、その恐ろしさに足をもつれさせて転んだ。
そのまま立ち上がることすらできず、うつ伏せになって頭を抱えた。耳元でカチカチと石の音が鳴る。
カチャッと、背中を叩かれた。
心臓が飛び出しそうなほど驚いて顔を上げると、石製人形が隣に腰を下ろして項垂れていた。
気づけば、集落はシンと静まり返っていた。
『覇王鈴木:やっぱりゲームみたいに爽快じゃないな』
『ヨシュア:は、覇王鈴木……僕は……』
『覇王鈴木:俺たちはよくやったよ。お前もさ』
『ヨシュア:うん……』
『覇王鈴木:ミニャちゃんは初めて会った俺たちに「よろしく」って声をかけて、握手してくれただろ。お前たちが獲ってきた魚も「みんなで食べよう」と誘ってくれた。その奇跡を俺たちは守ったんだ』
『ヨシュア:そう……そうかも』
『覇王鈴木:悩みながら誇ろうぜ、賢者』
それはおそらく、この住居の全てのゴブリンに感電死という直接の死因を与えた覇王鈴木が自分自身に言い聞かせた言葉。
だが、虐められて家に引きこもり、誰からも忘れられて生きてきたヨシュアにとって、とても嬉しい言葉だった。
部隊長である覇王鈴木の言葉は、ヨシュアだけでなく、この作戦に参加した全員がウインドウに共有されて読んでいた。
冷やかす賢者はいやしない。全員が2人のように打ちひしがれていたから。
『覇王鈴木:サバイバーの方も終わったらしい。行こうぜ』
『ヨシュア:うん』
覇王鈴木と共にヨシュアは立ち上がり、大きく深呼吸した。
ゴブリンの臭気と死の臭いが鼻腔と喉の奥にこびりついている。
自分にはこういうのはきっと向いていない。
でも、ミニャちゃんのために何かをしたい。変わりたい。
ミニャのオモチャ箱が、やっと見つけた自分の居場所なのだから。
ヨシュアはそう思いながら、集合をかけるサバイバーの下へ向かうのだった。
【492、サバイバー:外周見張り班。逃亡したゴブリンはいないかい?】
【493、クインシー:北東方面は問題ない】
【494、ワンワン:西側入り口も大丈夫】
【495、白銀:外部視聴班だ。すまないが5番の家の裏を確認してくれ。そちらにゴブリンが逃げたように見えた】
【496、ライデン:白銀殿が見た5番裏の個体なら拙者が討伐したでござるよ。念のためにもう一度確認するでござる】
【497、白銀:頼む】
【498、クインシー:5番裏だと逃亡ルートは俺の方になると思うけど、出てきたゴブリンはいないな。一応、確認だけしてくれ】
サバイバーはスレッドで討ち漏らしを確認しつつ、作戦の成功を確信した。
【501、サバイバー:死んだふりをしているかもしれない。悪いけど、見張り班は引き続き監視を頼むよ】
魔法の音が止み、ゴブリンの断末魔も消えた。
人形たちは声を発しないので、後に残ったのは森の騒めきのみ。
サバイバーはほかの賢者たちを集合させると、指揮官として前に立つ。
『サバイバー:みんな、まずはお疲れ』
『雷光龍:お、おう。それよりもサバイバー、それは?』
ドン引きする賢者たちを代表して、雷光龍が指さす。
『サバイバー:おそらく人の頭蓋骨だ。リーダーの住居に飾られていたよ』
そう、賢者たちがドン引きしている理由は、サバイバーの隣に頭蓋骨が置かれていたからだった。リーダーの家に頭蓋骨があるのは、昨晩のサバイバーの潜入生放送でわかっていたが、実際に見るとゾッとする光景だった。
『サバイバー:今回の作戦で気落ちしている人もいると思うけど、こんなふうにゴブリンは我々と相容れない』
どうやらサバイバーなりに考えがあって頭蓋骨を持ってきたようだ。
『サバイバー:必要以上に悔やむ必要はない。でも、ミニャちゃんの賢者である俺たちは血に飢えてもいけない。さっきの覇王鈴木の言葉をパクるけど、今日の戦果を悩みながら誇ろう』
『覇王鈴木:見てたのかよ』
『サバイバー:リーダー共有モードだからね。良い言葉じゃないか』
『覇王鈴木:だろ? 俺も最高にカッコいいと思う。さすが賢者と呼ばれるニートだけあるね』
お茶らける覇王鈴木に、討伐隊は空元気の草を飛ばした。
『サバイバー:さて、このあとに後始末があるけど、君たちはこれでお役目御免だ。後始末は別の人がやるから安心してほしい』
『ライデン:本当に拙者たちはやらなくていいでござるか?』
『サバイバー:ああ、大丈夫だ』
サバイバーは頷き、全員を見回した。
『サバイバー:みんな、帰ったら沸騰したお湯にスプーン一杯の塩を入れて飲め。そうしたら、好きなアニソンを聴きながら手拍子するんだ。ネムネムたちがよくやるような踊りを加えてもいいかもね。やってみるといいよ』
サバイバーの言葉を読んだ頃、討伐に参加していた人形たちが一斉にその場に倒れた。送還されたのだ。
それからすぐに代わりの賢者たちが倒れた人形たちに宿った。
『ニーテスト:お前は帰らなくて良かったのか』
フキダシで話しかけてきた人形に宿っていたのは、意外にもニーテストだった。
『サバイバー:俺はこういうのに慣れているからね。それよりもニーテストが来るとは意外だ』
『ニーテスト:統括召喚委員長だからな。俺の貼りだしたクエストの結果は肌で感じなければならない』
『サバイバー:君は真面目だなぁ』
サバイバーはニーテストに好感を持った。ニーテストは、パソコンの画面で討伐隊と同じくらい悲惨な映像を見ているだろうに。
ちなみに、ニーテストの代わりは工作王が頑張っている。
『ニーテスト:塩のお湯を飲めってのは?』
『サバイバー:俺に山をくれた爺ちゃんが、初めて獲物を狩って捌いた俺に教えてくれたのさ。俺が教わったのは、アニソンじゃなくて演歌だったけどね』
『ニーテスト:そういう時は酒を飲んで忘れるんじゃないのか?』
『サバイバー:俺が初めて大型の獲物を狩ったのは12歳だったからね』
『ニーテスト:やっぱり現代人とは思えないエピソードだな』
『サバイバー:はははっ、俺もそう思う』
後始末の要領は昼に行なわれた討伐戦ですでに得ている。しかし、今回は家屋があるのでそれも潰しておかなくてはならない。
人形の活動時間もあるので、作業は休み休みとなるだろう。討伐よりも長い戦いとなるのは間違いなさそうだ。
こうして、ミニャ軍VSゴブリンの集落の戦いは幕を下ろしたのだった。
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