プロローグ4


 お菓子を満足いくまで食べたミニャは椅子からぴょんと降りて、花畑の中に座った。

 そうして、女神に背を向けるとせっせとなにやら始めた。


 ふいに誰かに見られているような気がしてミニャは顔を上げるけれど、そこには誰もおらず、どこまでも広がる美しい花畑と青空があるばかり。女神かと思って振り返えるが、違うようだ。でも、その視線からは嫌な感じは全然しない。

 ミニャはそんな気配を感じながら、小さな手でせっせと作業を続けた。


 どれほど経ったのか。

 ミニャが「うにゃー」と猫っ気を放出させて目を覚ますと、そこはふかふかなベッドの上だった。

 夢だったのかと疑うよりも早く視界に入ってきたのは青い空。少し頭を動かせば、枕元には先ほどまで作っていた物が置いてあり、その先には一面に広がる花畑が見えた。


「起きたわね」


 起き上がったミニャはクシクシと目を擦り、コクンと頷く。

 誰が運んでくれたのかは明白だが、幼いミニャの寝ぼけた脳みそではパッとお礼が出てこなかった。


 ミニャはベッドから降りると、女神に勧められて、またテーブル席に着いた。

 勧められるままに水を飲むと、ミニャの脳内に生息する寝起きの子猫がシャキンと覚醒した。


「さて、ミニャちゃん、聞きなさい」


「はい!」


「今からあなたに特別な魔法の力を授けます!」


 バーンと宣言され、ミニャはむむっとした。

 聖剣でツルと激闘を繰り広げた幼女が、いま覚醒の時を迎える様子。


「これはミニャちゃんの才能から作り上げた世界で一つだけの魔法の力です。異なる世界で生きる賢者たちと交流し、絆を育む魔法。その名も【ミニャのオモチャ箱】」


「ミニャのオモチャ箱!」


「そう。さあ、受け取りなさい」


 女神はミニャの頭に手を置いた。

 その瞬間、ピシャゴーンとミニャの頭に電流が走る。


 ミニャは臭い物を嗅いだ猫のようにほけーっとした。

 間抜けな顔を晒すミニャだが、その表情とは裏腹に脳内では凄いことが起こっていた。


「やっべ。ミニャちゃんの空っぽの脳みそにはきつかったか。ほら、飲んで飲んで!」


 女神がミルクティをミニャの口に注ぎ込む。

 神の世界の|糖分(ミルクティ)がゴッキュゴッキュとミニャの喉に流れ込み、脳内子猫たちを活性化させた。


「みゃっ!?」


 ミニャはハッと我に返った。


「気づいたようね。さ、さすがに自分の名前はわかるわよね?」


 両手でネコミミごと頭を押さえるミニャの肩に手を置いて、女神が不安げに問うた。


「え? ミニャはミニャだよ? 7歳です! それより女神様、凄いの! ミニャ、なんかねなんかね、すんごい魔法の使い方がわかる!」


「オッケーオッケー。まあ、今はちょっと休みなさい」


 それからミニャはベッドを貸してもらい、しばらく休憩を挟んだ。

 大きな力を得て体が休息を欲したのか、ミニャは再びストンと眠りに落ちた。


 再び目を覚ましたミニャは、女神から改めて説明を受けた。


「それじゃあこれを見てみましょうか」


 女神に言われて、ミニャは例の板の文字を見た。

 するとどうだろうか。今まで理解できなかった文章が読めるではないか。


 そこにはこう書かれていた。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■


545、名無しの魔法少女

 ダークネスハムニャンの最後の涙の意味が分からないとか、お前に人の心がないってはっきりわかんだね。


546、名無しの魔法少女

 人の心とかありきたりな言葉を使って社会経験のなさをカモフラすんな。瀕死のダークネスハムニャンの手がどっちに向かっていたかよく見ろ。首輪じゃなくてネコ缶に向かってるだろうが。最後の涙はサトちゃんとの思い出に対するものじゃなくて、『僕はご飯が食べたかっただけなのに』っていう、この世への憎悪の涙だよ。


547、名無しの魔法少女

 ネコ缶が欲しければ手を開いてるはずだろ。力が入らないのにギュッと手を握り締めてるんだから、あれは凄く後悔してるって意味。自分の愚かさを後悔して、ネコ缶の隣にあるサトちゃんから貰った首輪を見て泣いたんだよ。必死こいてハムニャンの評判下げるとか、さてはお前、シバ帝国の工作員だろ。


548、名無しの魔法少女

 みんなやめて! 土曜の朝のアニメでそんなに争わないで! 子供たちは純粋に泣いてるんだよ!


■■■■■■■■■■■■


「にゃんですと! 女神様、ミニャ、文字が読めるんですが!」


「そうでしょそうでしょー」


「でも、難しくて全然わかんない!」


「まあ専門的な話だからね。これは英雄の物語の感想をみんなで話し合っているのよ」


「英雄の!? ふぁあああ、しゅっげー!」


 女神からの説明は続く。


「これは道具を使っているけれど、ミニャちゃんに与えた力は道具を必要としないわ。念じれば、ミニャちゃん専用のウインドウが出てくるの。あ、ウインドウていうのはこうやって情報を交換する場所ね」


「ホント!?」


「ホントよ」


「わーい! ミニャ専用のウインドウ!」


 ミニャはぴょんぴょんジャンプして喜んだ。


「ハッ! そう言えば、女神様、さっき賢者様って言ってた! ミニャとお話ししてくれるのは賢者様なの?」


「愚(ぐ)……んんっ! そう、賢者賢者。賢者たちに相談すれば、いろいろと協力をしてくれたり、教えてくれたりするわ。でも、賢者たちはあなたを信用しないかもしれない。あなたは賢者たちと仲良くなって、ちゃんとしたアドバイスを貰えるように頑張らなくちゃダメよ」


「わかった!」


「使い方はわかるわね?」


「うん、わかる!」


「何か質問はある?」


「うーん……わかんない!」


「そうでしょうとも。でもね、私は手取り足取り教えたりしないわ」


「えーっ!?」


「なぜなら、あなたは賢者たちに質問できるようになったんだから」


「はえー……ハッ! 賢者様に使い方を教えてもらうんだ! しゅっげーっ!」


 いちいちおおげさに驚くミニャに、女神は大満足。


「わからないことは賢者たちに聞きなさい。賢者たちもきっとわからないでしょうけど、みんなでいろいろと考えてくれるわ。そうして、あなたの能力を賢者たちと研究しなさい。それもまた賢者たちとの交流になり、あなたのことを好きになってもらうきっかけになるわ」


「はわぁ……深い……」


「そうでしょうともそうでしょうとも。なんせ私、女神だからね!」


「でも、ミニャ、賢者様に好きになってもらえるかな……」


「それは大丈夫! 自信を持っていきなさい!」


 こうして女神から訓示を得たミニャは、いよいよ下界に帰ることになった。


「さて、ミニャちゃん。そろそろお別れの時間よ」


「えーっ! ミニャ、ここに居ちゃダメなの?」


 ミニャはてっきりここに居られるものだと思っていた。

 なので、女神からの言葉は衝撃的だった。


「女神の園に人は長くいられないの。それが掟」


 ミニャはしゅんとして指遊びを始めた。

 けれど、ネコミミ幼女がしょんぼりオーラを極限まで放出しても、解決できないことはある。


「ミニャちゃん。顔を上げなさい」


 ミニャは顔を上げた。

 その顔には不安がいっぱいだ。


「生きることは素晴らしいことよ。お母さんの分まで頑張って生きて、幸せになりなさい」


 ミニャは指遊びする人差し指を震わせながら、決意を固めるようにギュッと握りこんだ。溢れそうな涙をグッと引っ込め、女神に力強い眼差しを向ける。


「……ミニャ、頑張るっ!」


「その意気よ!」


 ふんすと気合を入れるミニャに向かい合って、女神もグッと握りこぶしを作った。


「頑張るミニャちゃんにはこれをあげましょう」


「ふぉおおおお、お人形がいっぱい!」


 それは5体ずつの木彫りの人形と石造りの人形だった。

 全てがデッサン人形のようなシンプルな見た目で、身長は30cm。全身が動き、指も全て独立している仕様だ。


「この子たちは大した力を持っていないわ。でも必ず役に立つでしょう」


「女神様、ありがとうございます!」


 ミニャは木製人形を抱っこして、満面の笑みでお礼を言った。


「でもどうしよう。ミニャこんなに持てない」


「ミニャちゃん、お人形を持って、オモチャ箱の中に仕舞いたいって念じてみなさい」


「ハッ! ミニャ、その力知ってる!」


 先ほど女神から貰った力の中に、そんな魔法があることをミニャは思い出した。

 さっそくやってみると、抱っこしている木製人形が消えてしまった。


「ふぉおおお!」


 木製人形を一体だけ残して、ミニャは9体の人形を仕舞った。

 1体残した木製人形は抱っこ用だ。幼女なので。


「出したい時はどうするか、ミニャちゃんはもう知っているはずよ」


「うん、ミニャ知ってる!」


 ミニャは、木製人形を抱っこしながら片手を元気に上げた。


「あっ!」


 プレゼントを貰ったことで、ミニャはふとあることを思い出した。


 木製人形を足元に座らせて、先ほどまで寝ていたベッドまで行くと、女神の下へと戻った。


「女神様、これ、ミニャが作ったの。こっちは女神様ので、こっちはお母さんのなの。こっちはお菓子と一緒にお母さんに渡してほしいの!」


 それは花冠だった。

 幼い手で作ったため上手な輪にはなっておらず、センスがいい配色とも言えない。

 けれど、ミニャの心が籠った花冠だ。


「ありがとう、ミニャちゃん」


 女神は絹糸のように光り輝く髪に花冠を乗せ、ミニャを抱きしめた。


「あなたに女神の祝福を」


 女神に見送られ、木製人形を抱っこしたミニャは何度も振り返っては手を振り、女神の園から去っていく。

 去り際に、温かい気配が体を抱きしめてくれた気がして、ミニャはニコパと笑った。


 女神は目を細めてその姿を見送ると、ミニャが母親のために編んだ花冠を空に捧げる。

 花冠は、先ほどの隷属の首輪のように塵になって虚空へと消えていくことはなく、まるで誰かが受け取ったかのように優しく青空の中に溶けこんでいった。

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