第25話 逆転

 カルラ大統領は膝から崩れた。


 帝国軍の援軍が10万、ここで追加されてしまった。


 帝国軍総勢12万対共和国軍5万。


 城壁が十分機能するなら、まだ戦いようはある。


 でも、北門には大きな穴が空いたまま。


 修復しようにも、巨大な城門をどうにかするには、資材も時間も必要だ。


「私はミスター・ダマス! 【龍】の正体は分かっている! スライムによる【変化へんげ】だ! もう【龍】にはなれないのだろう!? それはそうだ! それだけ酷使すれば、素材も無事では済むまい! 共和国軍に告ぐ! もう【龍】は存在しない! それでも戦うというならば、掛かってこい! 我らは負けぬ! 栄光の勝利を、帝国に捧げるぞぉ!」


 帝国軍を鼓舞し、共和国軍の士気を下げる言葉の数々。


 カルラ大統領や私に、共和国軍の視線が刺さる。


「一か八かでやるのさ、局長!」


 ミヤが龍の骨を喰らい、暗黒龍へと姿を変える。


 それを見て、帝国軍は怯み、共和国軍は息を吹き返す。


 でも、それは一瞬のことで、ミヤが動こうとした瞬間に、暗黒龍は崩れるようにその姿を消した。


「……ダメだった。私のMPを回復させても、龍の骨が素材としての役目を終えてしまったのさ……」


 しょぼくれたミヤが戻って来た。


 地の底まで落ちた共和国軍の士気は、二度と上がることはないだろう。


 逆に帝国軍の士気は上昇。留まることを知らないとは、こういうことを言うのかな。


「終わった……。ユリよ、そなたは逃げろ。こればかりはもう、どうしょうもない。ユリだけでも逃げるのだ。そうでなければ、散々弄ばれた挙げ句、火あぶりの刑となるだろう」


 魔女狩りかな?

 というか、それってまんまジャンヌ・ダルクだよね。


「カルラ大統領! ジオ・ウルフが撤退したのだ……であります!」


 そこに、アンナ軍団長が現れる。

 カルラ大統領はアンナさんに指示を出す。


「アンナよ。戻って来たところすまない。ユリを……逃がしてやってほしい」

「大統領……。ではユリ……ん? ふふっ……」


 アンナさんは私を見るなり、ちょっと笑った。

 人の顔を見るなり笑うなんて、失礼しちゃうわ。


「どうした? アンナよ。早くユリを――」

「大統領、それはユリの顔を見てから言うべき言葉でありますよ」


 アンナさんに言われて、ようやくカルラ大統領は私の顔を見た。


 そう。私は諦めていないのよ。

 メルも同じ顔をしていたわ。


 だって、ねぇ?


「アウラが諦めていないんだもの」

「イエス、マスター。アウラ先輩。早く白状する」


 みんなが神妙な顔をしている中、アウラだけが神妙な顔を


 カルラ大統領を誤魔化せても、私やメルは誤魔化せないよ。

 なんならアンナさんも気付いてたんじゃない?


「ふふふ、ふぁーっはっは! と、言いたいところだが、あるじ、メル、ギリギリだったぞ。ぶっちゃけ、今、ミヤが龍に変化していなかったら、恐らく間に合っていなかった」


 その言い草は……そうよね。アウラだもんね。


 いつの間にか、頭にを載せてるし。


 でも、帝国軍のミスター・ダマスが私達の心を挫くために叫ぶ。


「龍という質では勝てなくとも、量で圧倒する我ら人間の勝利は揺るぎない! 行くぞ! 全軍、突撃ぃ!」


 そして北門へと、全帝国軍が襲い来る。


 アウラは、頭に載せるソレを私に渡した。


 私は被る。その【黄金の冠】を。


「そっくりそのまま返してやろう! 人という質では勝てなくとも! 量で圧倒する我ら同胞と、あるじの勝利は揺るぎないということをだ!」


 私はアウラの言葉を胸に抱き、強く念じる。


 帝国軍に【死】を。


 すると、小さな地響きのような振動が私達に襲い来る。

 帝国軍も、足を止めた。


 メルはアウラの背後に回って言った。


「アウラ先輩……白状……」

「分かった分かった! だから背中に溶解液付きの触手を刺すな……んぁああ!」


 ちょっと背中に刺さったらしい。

 アドがアウラの治療をする。


「何のために黄金龍になったか。それは出来る限り広範囲を周遊するためだ。龍の姿は存在だけでモンスターを圧倒する。特に最弱スライムなど、姿が目に入るだけで『負けた』と思わせることができるからな」


 そこまで聞いて、私もメルも理解した。


「各地を巡って、スライム達を仲間に。理解」

「それで、アウラ。何匹くらい従えたの?」


 アウラはしてやったりの顔で、帝国軍を見ながら言ってくれたわ。


「スライム、総勢100万だ。黄金のスライム、その波を、どこまで受けて耐えられるか見せてみろ。帝国軍よ!」


 100万? 桁違うんじゃない?

 ドラゴンには1万だったよね?


 そんなことを思っていたら、ポツポツと、黄金のスライムがやってくる。

 一匹二匹程度なら瞬殺される。

 でも、振るった剣は黄金になり、重くて使えなくなる。

 足で踏み潰しても、ブーツが黄金となり、重くて動けなくなる。

 魔法で倒しても、その地が黄金になるだけ。黄金のスライムが黄金の上に乗ったら見えない。


 北門にも、帝国兵が押し寄せてくる。

 まるで、逃げてくるように。


「よし、皆よ! 最後の仕上げだ! 我らで迎え撃つ! 北門を死守するぞ! あるじのために!」


 アウラが人型になって北門の前に立つ。


「マスターは私が守る。アウラ先輩にだけ、良い所は持って行かせない」


 続けてメルも人型になり、アウラの横に立つ。


「今回大砲の弾作ってばっかだったもんなぁ! ――お館様のため、龍だけではなく、こちらでも活躍させていただきますわぁ。うふふ」


 ロアも人型になり、メルの横に立つ。


「ざぁこなボスのために、あたしが戦ってやるんだから。感謝しなさい! しぶとい帝国兵に、きっちり焼き入れてやるわ!」


 バーニィも炎槍を担いでロアの横に立つ。


「僕も、草原の上なら速く動けるし、回復もできます! 皆さん、思いっきりやっちゃってください! お師匠も、見ていてください!」


 アドもバーニィの横に立つ。


「私もまだまだやるさ。贄があるだけ活躍できるからね! 局長、ご褒美にまた血が欲しいのさ!」


 ミヤもアドの横に立つ。血はもうあげないよ?


「天使様!? 私はナニをすればよろしいのでしょう!? 勢いでここに来ましたが!」


 リカはミヤの横に立つけれど、ナニを言っているんだろうこの子は? という状態だね。

 まぁ飛べるから、好きな時に帰って来れるでしょう。


「みんな! 気を付けて、いってらっしゃい!」


 7匹のスライム……もとい人間型のスライムは、押し寄せる帝国軍を次々に薙ぎ払う。


 アウラやミヤは元々も強いが、メタルスライムのメルやレッドスライムのバーニィは群を抜いて強い。


 瞬く間に数十の帝国兵を吹き飛ばしている。


 そして次第に数を増やすスライムは、帝国軍を四方から囲う程に数を増やす。


 その辺りでみんなも戻って来た。

 リカの背に乗って。


 やっぱりリカも役に立つんだよ。


 黄金に成りかけている北の草原を見る。


 黄金の波は、帝国軍の魔法攻撃で引いては寄せ、寄せては返すを繰り返す。


 いつの間にか、北の大地は黄金のスライムと、帝国兵だけになっていた。


 帝国兵は円の中に固まり、押し潰されていく。


 拡声魔法で聞こえてきた。


「助けてくれぇ! こんな……こんな最期は嫌だぁ! 死にたくないぃい! 誰か、誰か止めろぉおお!」


 まさかのローゼン皇帝の声だった。


 この期に及んで命乞い。


 だったら戦争なんて仕掛けてくんな!


 って腹の底から叫びたいけれど、グッと我慢。


「おのれぇ! スライムどもぉ! またもや、またもや私の居場所を! 許さん! ゆるさぁあああ――」


 ミスター・ダマスも叫んでいた。


 ただ、他の帝国兵も阿鼻叫喚。


 皇帝の声も、ダマスの声も、全て1つになり、やがて呑まれる。


 黄金の波は、10万を優に超える帝国兵を、時間をかけて丸呑みにした。


 そこには、帝国兵だった金塊の山しか残っていなかった。


「カルラ・フォン・リンネの名においてここに宣言する! ローザ帝国との戦、完全勝利だぁ!」


 カルラ大統領が勝鬨を上げる。


 共和国軍は、全ての者が歓喜した。


 ローザ帝国兵。総勢30万。全軍を以て、5万の兵で守るリリィ共和国首都アルストロメリアに攻め入るも、反攻に遭い、全滅。


 これは、瞬く間に世界を騒然とさせるニュースとなったようで、私が【伝説の勇者】と語り継がれるのは、また別のお話。


「ありがとう! ユリ、そなたの願いは何でも叶えよう! もちろん、私に出来ることにしておくれ。だが、大統領だからな。大抵のことは何とかなるぞ!」


 カルラ大統領に手をブンブン振られて喜ばれる。


 イマイチ実感がない。


 アンナさんは、アウラに抱き着いていた。


「ラティお姉様ぁ! ありがとうなのだぁ!」


 うん、こっちはこっちで良かった良かった。


 大統領府の地下に避難していたはずのオトさんまでやってきた。


「ありがとうございます、ユリさん。ユリさんのことは、マウンタイン公爵家が、全責任を持って保護、監督、世話などを担当させていただきますわ!」


 ……公爵家のヒモになれと?


 ん〜、悪くないかも?


「ナニを言うかオト! ユリは大統領府管理の下で養う! 異論は認めん!」

「異論しかありませんですわ! ヒサメ母様やダール・アルバイダー子爵も黙っておいでじゃありませんわよ!」

「無駄なことよ! 近日中、速やかに大統領令に署名するからな!」

「んまぁ! カルラ大統領ともあろうお方が独裁なんて、世間も黙っておりませんわ!」


 オトさんとカルラ大統領が喧嘩しておられる。


 美女達に奪い合いをされる生活も悪くない?


 その時、私の意識がフッと遠くなった。


 体に力が入らなくなる。


 アウラが支えてくれたから、頭を打つようなことは無かった。


「さすがに力を使い過ぎたようだな。休め、あるじ。お疲れ様」


 そうして、私は眠りに就く。


 まるで今までのことが夢だったかのように、心地良い眠りに落ちるのだった。

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