第24話 伝承の降臨

 北門に破城槌がめり込む。


 穴が開けられ、メタルゴーレムとジャイアントオークが抉じ開けようとする。


 カノン砲を上から放つも、風飛竜の障壁によって防がれる。


「ユリ、逃げるんだ」


 カルラ大統領に背中を支えられる。


 でも、それでも、私は逃げたくない!


「バーニィ! お願い!」


「任せて! ボス! ぬおりゃああ!」


 城門の、内から外に放たれる炎の槍は、壊れかけた城門ごと、群がるモンスター達を消し飛ばした。


「残念だったわね! ここにはあたしがいるわ! ボスが諦めない限り、あたし達は死ぬまで戦う!」


「バーニィ! 死んじゃダメ!」


「はぁい。分かってるわよ、ボス」


 下を覗き込むと、人型のバーニィが手を振ってくれていた。


 でも、そんなバーニィにモンスターの群れは襲い来る。


 バーニィは、踊るように十メートル大の炎の槍2本、両手に持ってを振り撒く。


 振り回し、時には投げつけ、掬い上げ、振り下ろし、それを目にも止まらぬ速さで、モンスター達を倒していった。


 リカに乗ったミヤも来たわ。


「天使様ぁ〜」

「局長、遅くなったのさ! 私達も戦おう!」


 空から溶解液を吐き出すミヤ。


 ゴブリンみたいな弱いモンスターはそれたけでヤられた。

 メタルゴーレムも、ちょっと溶けている。

 ジャイアントオークは痛そうに藻掻いていた。


 私はカルラ大統領に言う。


「まだ、負けていません。私も最後まで……とは言いません。ギリギリまで、戦います!」


 カルラ大統領の目が潤んだように見えた。


「ありがとう、ユリ。ただな、もう手遅れなのだよ」


 大統領が指差す先は、北東と北西。


 四方に散っていた帝国軍が、再び北門に集結しようとしていた。


「どれだけ我らが奮闘していたと見積もっても、まだ10万以上はいるだろう。城門が無事ならばまだ戦えた。だが、もう破れている。時間の問題だ。すぐに、逃げるんだ」


 今度こそ、私はハッキリ言ってやる。


「何度でも言います。嫌です。私は、ギリギリまで戦います」


 でも、北門のすぐ前に、巨大な風飛竜がやって来たの。


 遠く、帝国本陣にいるローゼン皇帝が言っている気がした。


 殺せ、大統領を。


 だから、私は前に出る。


 大統領の前に。


 この人が今死んだら、絶対にリリィ共和国は負ける。


 そう思ったから。


 風飛竜の口からブレスが発射された。


 至近距離過ぎて、絶対に避けられない。


 私は、目を閉じた。


「あるじいいいいぃいいい!」

「【絶対なる壁】」


 2つの声がした。


 私は目を開ける。


 風飛竜のブレスは目の前のナニかに跳ね返され、どこかへと飛んだ。


 そして私の前の風飛竜は踏み潰された。



 黄金の龍によって。 



 この黄金龍は咆哮を上げた。


「よくもあるじを傷付けようとしたなぁ!? このっ! このっ!」


 そしてグシャグシャと風飛竜を踏み付ける。


「アウラ? アウラなの?」


 アウラの声は、この黄金龍から発せられていた。

 黄金龍はこちらを向く。


「……あるじ、待たせた。ギリギリだったが、間に合って良かった。メル、助かったぞ」

「マスター、あぶない。セーフ」


 スライムなメルも、もう復帰できるようだ。


「アウラ、その姿、ナニ?」


 私は大事な事なので、ちゃんと聞く。


「ナニって……【変化へんげ】だが? 素材を取りに行っていた。時間が掛かった。すまない」


 ……そっか。変化って、素材とMPがあれば何にでもなれるんだった。


 しかも黄金の龍って、これカノーコのヤツだよね?

 カノーコまで取りに行ってたってことかな?


「アウラ先輩。アントワープまでならすぐのはず。どこ行っていた?」


 メルが怒ってぴょんぴょんしている。

 アントワープにあったの?

 あー、不戦条約があるからか。

 黄金龍を隠すならもってこいの場所だもんね。


「色々あったんだ。だが、スマナイ、メル、交代してほしい……MPが切れる……」


 アウラはそう言って、メルにポイポイと龍の骨を吐き出した。

 アウラが金ピカスライムになると同時に、メルが鋼鉄龍へと変化する。


「おお。これが鋼鉄龍……。動くだけなら大してMPは……試しにブレス」


 鋼鉄龍のメルが鋼のブレスとして鋼鉄の塊を勢い良く放つと、モンスターの半分が押し潰された。


「……あと2発しか撃てなさそう……ちょっと行ってくる」


 そう言って、メルは羽ばたき、アルストロメリアを一周して、北側へ集結する帝国軍へと襲い掛かった。


 メルが羽ばたき、逃げ惑う帝国軍。そこにブレスを1発、2発。

 メルの吐き出した鋼鉄の塊が転がり、帝国軍をローラーする。


 鋼鉄龍が消えたと思ったら、半身が水龍で半身が岩龍のロアになった。


 水のブレスで帝国軍を押し流し、岩石のブレスを空に放って岩の雨を降らせる。


「……アレは……なんだ……?」


 錆びた歯車のように、カルラ大統領が首を回して、私に聞く。


「いや、あの、あはは……あはははは」


 こんなの笑って誤魔化すしかない。


 ロアのMPも切れたようで、次は赤龍……バーニィになった。北門まで戻って来る。そして思い切り吸い込み……火炎の広範囲ブレスを放った。


 近場にいた残りのモンスターや帝国軍は黒焦げになり、壊滅である。

 その一発でMPは無くなったらしい。


 次は樹龍……アドに交代。

 焼け野原となった北の大地に緑を復活させる。


 そして背の低い草が、帝国兵達全ての足を掴み取り、大地へと縛る。


 アドはそれでMP切れ。次は暗黒龍……ミヤだ。


 アドの力で大地に縛られた帝国兵をムッシャムシャ。

 それで得た贄の力により、暗黒のブレスを帝国軍本陣へと放ち、横に薙いだ。


 ミヤはMP切れとなり、聖光龍……リカが輝く。


 帝国軍の中心の空に浮き、さらに輝きを増す。


 光はさらに増幅し、龍の姿が見えない程にまでなる。


 もはや、光の塊。


「え? 待って! みんな! カルラ大統領も、伏せて!」


 私がカルラ大統領を抱えて伏せた。


 その瞬間、大爆発を起こした。


 必殺技じゃん?


 私は爆風の余波を感じながら、城壁から顔を出す。


 ……見るも無惨な光景が広がっていた。


 帝国兵は、疎らにしか見えない。


 せいぜい、残りは2万人くらいだろうか?


 聖光龍のリカがフラフラと帰ってくる。


「ち、ちょっと張り切りすぎましたぁん」


 そう言って、真っ白スライムに戻るリカ。

 その上からミヤ、アド、バーニィ、ロア、メルがスライム姿で降ってきて、ポヨポヨと転がる。


 リカの大爆発には巻き込まれていないようだ。良かった。


 でも、さすがのみんなもお疲れの様子だ。


 金ピカアウラも労う。


「ほら、衛生兵からMP回復ポーションを貰っておいたぞ。飲んでおくと良い」


 みんな触手を出してグビグビと飲んだ。


 帝国軍も、共和国軍も静まり返っている。


 北門の城壁に、7匹のスライムが立つ。


「これで私達の勝利は固いぞ? 全てあるじのおかげだな」


「マスター、伝説の龍達を従える……かっこいい。マスターがマスターで良かった」


「龍ってあんな気分なんだな! 最高だったぜ――お館様のため、お役に立てて良かったですわぁ」


「ま、ボスだもの。龍の伝承を降臨させたとしても不思議じゃないわ。まさかあたし達がソレになるとは思わなかったけどね」


「僕も、お師匠のお役に立てて良かったです! 帝国兵もたくさんやっつけました! お師匠のおかげです!」


「いやはや、局長は凄まじ過ぎるのさ。伝承の龍が7体も降臨してしまったぞ? 危うくあと1体でコンプリートするところだった。もはや最強の【勇者】と称されても不思議ではないんじゃないかな?」


「天使様……龍種をも従える天使様。やはり全てをお捧げします! 今夜にでも、今からでも!」


 みんなが私を讃える意味はよく分からないけれど、今がチャンスなのは理解できたわ。


 だから、私はめいいっぱい、腹の底から声を出し、叫んだ。


「帝国軍の皆さん! もう降参し、兵を撤退してください! これ以上の犠牲を、私は望みません! 【龍】は、私の味方です! どうか、賢明な判断を!」


 静かな戦場に、私の声はよく通った。


 嘘は言っていない。


 どよめくのは帝国軍も共和国軍も同じだった。


 その違いは、希望か絶望かの色だけ。


 遠くの土の中から人が出て来て叫んだ。


「ならん! ならんぞ! そんなことあってたまるか! 我が帝国軍は最も強く、最も誇り高く、勝利の凱旋以外は有り得んのだ! 者共! ここが踏ん張りどころである! 我が帝国軍は、不滅だぁ!」


 誰かと思えば、ローゼン皇帝だ。


 拡声魔法を使っている。


 顔を土に塗れさせながらも、戦う意志を挫かない。


 その心意気だけは立派だよ。


 でも、今までやってきたことを、私は許さない。


 そこまで言うなら、私は最後までやる。


「あるじよ……」


 そこに深刻な顔をするアウラがいた。


「素材を使い回し過ぎた。黄金龍の骨はボロボロ。あと一回誰かが【変化へんげ】できるかどうかだぞ?


 ちょっと、それは早く言ってほしいな。


「私の今のセリフ、完全にハッタリになっちゃったじゃない!?」


 私は静かに叫んだ。

 でも、カルラ大統領が私の頭を抱き締める。


「大丈夫だ。帝国軍はせいぜいあと2万人。共和国軍はほぼ5万まるまる残っている。これなら、負けることはない。ありがとう、ユリ。本当にありがとう!」


 カルラ大統領は顔を輝かせて立ち上がる。


「そうだ! 我らには【龍】を従える【勇者】がいる! だが、良いのか!? このまま全てを【勇者】に委ねて!? 共に戦ったという武勲が欲しいだろう! 北の城門は解放されてしまったが、共に行くぞ! 【勇者】と共に、敵将ローゼンを討ち取れぇええ!」


 共和国軍の中から雄叫びが上がる。


 女性しかいないので声は高いが、帝国軍の残兵は震え上がっていた。


 ローゼン皇帝の顔も曇る。


 膝を折り、もう立てないと言わんばかりに、空を見ていた。


 でも、北の大地の向こうから、土煙が上っていた。


 それはこちらに段々と近付く。


 帝国軍が歓喜するには十分なソレ。


 私達にも聞こえるように、その者は拡声魔法で叫んだ。


「ローゼン・エルディンバラ皇帝陛下! 対スライム特殊部隊長、ミスター・ダマスが! 帝国軍予備兵全10万の援軍を連れ、馳せ参じました! 帝国に、栄光あれぇ!」


 ローゼン皇帝は、咽び、喜び、ダマスを迎え入れた。

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