第23話 首都アルストロメリア防衛戦

 再び朝日が昇ると同時に、また白馬に乗ったローゼン皇帝が、こちらにやってくる。


「あーあー、テステス……んん!」


 拡声魔法をもう一度。


 今日もその声はよく通る。


「朝日は登った! 残念なことに、投降者はゼロ! これにより、リリィ共和国の全てが敵であると神もお認めになさった! 泣いても喚いても、もう遅い! たぁっぷりと、国、土地、金、宝、そしてその身体、何もかも! 全てを! 蹂躙してやる! 待たせたな、兵士共! 圧倒的物量で、全てを捻じ伏せろ! 全軍、突撃ぃ!」


 はぇ~、いきなり全軍突撃ですか。


 2km程先から兵士の波が押し寄せる。


 私の横に、カルラ大統領が立っていた。


「ユリさん、心配は無用。この時のために、共和国軍は鍛錬を積んできたのですから」


 カルラ大統領は剣を抜き、真っ直ぐ前へ。


「我々は帝国に背を見せるつもりはない! 這い蹲るつもりも無い! 共和国の誇りを忘れるな! 帝国の獣共を、追い返せぇ!」


 カルラ大統領に応えるように、アンナも叫ぶ。


「聞くのだ! 数的不利は明白! だが、それがどうしたのだ! 守れ! その背に何があるかを考えろ! 我らが歴史を作るのだぁ! 第一砲撃、放てぇ!」


 そして戦いの火蓋は切って落とされた。


 アンナさんが陣頭指揮を取るのは、即席カノン砲部隊。

 その数1000門。


 私の血で、ミヤが大量に作った。


 血は足りたのかって?


 ほら……その……ね? あるじゃん?


「さすが局長の血液は質が良いな。まさかこのタイミングで栄養満点のけ……ぶふぉっ!」


 私は城壁の縁に座るスライムミヤをエルボーで潰す。

 デリカシーの無いスライムには容赦しないよ?


 魔法攻撃による射程は1kmが良いところ。

 カノン砲は優に倍を超える。


 まだ魔法の射程外である兵士の群れに、カノン砲の弾が着弾する。


 土煙と共に、兵士がボウリングのピンみたいにふっ飛ばされている。


「第二砲撃準備なのだぁ!」


 アンナさんが叫ぶ。


 リカに乗って飛行するバーニィが、カノン砲の内部を爆発させる魔法を流れるように仕込んでいく。


 帝国は、アルストロメリア北門側に兵を集中させていたわ。

 圧倒的な数で一点集中。


 カノン砲1000門があると知っていれば分散したでしょうね。


「ボス! 準備オッケーよ!」


 私はこちらに飛んで来たバーニィの声を聞き、赤の旗をアンナさんに振る。


「第二砲撃、放つのだぁ!」


 火を噴くカノン砲から、再び1000もの鉄球が帝国兵を襲う。

 1度目とは違い、いくつか魔法の障壁が見えたが、勢いは殺せても完全に防ぐことはできず、先程と同様に帝国兵は吹き飛んだ。


 カノン砲2射で1万人は戦闘不能になったと思う。


 それだけ密集して突撃してきた。


 ただ、もう500メートルのところまで接近されていた。


 まばらだけど、カノン砲の雨から逃れられて、笑みすら浮かべる帝国兵達。


 そんな帝国兵達に、城壁で備える共和国軍の魔法部隊は笑顔と魔法で応えた。


「魔法大隊一陣、放てぇ!」


 カノン砲充填の合間に、アンナさんが叫んだ。


 魔法大隊から放たれる色とりどりの魔法は、接近してきた帝国兵を全滅させるわ。


「カノン砲で帝国兵の足を鈍らせ、突出してくる帝国兵を魔法で倒す。想定以上に策が嵌ったね。これなら……」


 ミヤの言葉に、カルラ大統領も頷いたわ。


「ああ、これなら戦えるだろう。勝ち目も、見えてきた。皆よ! いけるぞ! 勝てる戦いだ! 我らには、未来の勇者がついている!」


 ぉん?


 私はカルラ大統領を睨む。


「すまない、ユリ。今はこう言わせてほしい。不利な状況は何も変わっていない。士気でどこまで耐え得るかだ」


 そんなに悪い状況なのかな?

 ちょっとは巻き返したんじゃないの?


 そう思ってミヤを見る。


「帝国の出鼻を挫いただけに過ぎないからね。仮に2万削ったとしても、18万対5万の戦いなのさ。向こうは後詰めもあると考えるなら、喜ぶにはまだまだ早い」


 そっか。まだまだなんだね。


 私は溜息を吐きつつも、戦況を黙って見つめるしか出来なかった。


 そのまま明るい間は戦闘が続き、夜になり、ようやく帝国兵は一旦後ろに兵を下げた。


 見張りと一部の兵を残して、私達は休む……その前に会議だ。


 軍団長アンナさんと、カルラ大統領と、私とミヤと、一部の軍関係者。


「アンナ、戦況は?」


 カルラ大統領の問に、アンナさんは気力に満ちた顔で答えた。


「共和国軍には、負傷兵すら出ていないのであります! 士気も高く、明日も、兵は万全の体勢で臨めるのであります! 対して帝国兵の損害は甚大。目算で4万の帝国兵を戦闘不能にしたと報告があったのであります! 初日は完全勝利と言っても過言ではないのだ……であります!」


 アンナさんの完全勝利という言葉に、みんな喜び、カルラ大統領ですら笑みを浮かべる。


 しかし、すぐに大統領の笑みは消える。


「『兵は万全』と言ったな。兵以外は、ダメか」


「カノン砲の弾が尽きたのだ……」


 みんな私を見る。


「今、ロアとメルが作り続けていましたが、もう限界かと」


 さすがに準備期間が無さ過ぎる。

 むしろ2人はよくやってくれた。


 げっそりしている2人を見て、まだ頑張れとは言えない。


「いや、ユリはよくやった。むしろ、初日は天が我らに味方したと思おう。明日からが本番。さすがにこうも我らが圧倒してしまえば、帝国もやり方を変えてくるだろう。北門のみから四方に分散されれば、カノン砲の効果も発揮し辛くなる。対破城槌用にカノン砲を運用! それに切り替える! 四方の城門にカノン砲を再設置し、弾も無駄遣いするな!」


「至近距離なら、瓦礫や石を詰めたモノでも発射できます。バーニィには、爆発力の抑えたカノン砲も用意させます。バーニィの魔力も節約できますから」


 私の言葉に、おお、と感心の声が湧く。


 そして、カルラ大統領だけでなく、ミヤ以外の全ての人が私に頭を下げたわ。


「ユリ、何から何まで、本当に感謝する。下手をすれば、今日一日で、アルストロメリアは落ちていた。間違いなく、ユリに救われた。最大の感謝を」


「私は何もしていません。それに、感謝をするならこの戦争が終わった後ではないですか? みなさんも、しっかり休んでください」


 私は席を立ち、自室に帰る。


「局長……気にするなとは言わない。ただ、一番大事なのは局長なのさ。何があっても、私達みんなが局長を守る。だから、安心して眠っておくれ」


 私はベッドに横になる。

 ミヤが布団を掛けてくれた。


 私はすぐに眠った。


「アウラ……」


「……全く、第一のスライムとやらはどこで道草を食っているのやら」


 ミヤは窓の外を見る。


「明日から……共和国はどれだけ戦えるかな……」


 ミヤもスライムになり、私の横で眠ったわ。


 翌朝、朝日が昇ると同時に、帝国兵が襲撃してくる。


 カルラ大統領の読み通り、北門だけではなく、四方に分散し、同時に、大軍団で攻めてきた。

 

 首都アルストロメリアの東西南北を包囲し、各4万の軍勢が一気に押し寄せてくる。


 残り2万の帝国兵は、北の草原、その本陣で待機さているようだ。


 共和国軍も、各四方1万の人員を配置して応戦する。

 カノン砲の弾は200発しか作らせなかった。

 ロアとメルに、しっかり休んでもらうためだ。

 午後には復帰できると思う。


 各四方50発ずつカノン砲にセットして待機。これは全て敵の破城槌のために使われる。

 残り四方各250 門は、瓦礫や石を詰め込み、帝国兵に至近距離で放つ。

 

 これが功を奏したみたいで、バーニィも魔力切れを起こすこと無く、リカと飛び回ってくれた。


 アドも負傷兵の回復に奔走してくれている。


 ミヤも負傷兵から血を分けてもらい、大量のスライム溶解液を要所にばら撒いてくれた。


 ただ、私は忘れていたの。


 この世界が、どういう世界だったかを。


 魔法があるだけじゃないって、知っていたはずだった。


「報告! 帝国のテイマー部隊、メタルゴーレム50体、グレイウルフ100体、ジャイアントオーク300体、他ゴブリン等多数、総勢2000、来ます!」


 報告されなくても分かる。


 だって、北門に向けて真っ直ぐ、躊躇ためらうことなく、突撃してくるんだもの。


「ジャイアントオーク! 多数が破城槌携帯! 突っ込まれたら、一溜りもありません!」


 カルラ大統領の指示がどこかから聞こえた。


「カノン砲を北門に回せ! 何としてでも、破城槌を持つオークを撃破しろ!」


 カノン砲が火を噴く。


 けれど、命中率なんて高くは無い。だって全然練習していないのだから。

 それに、当たるモノもあった。

 けれど……。


 ミヤは人型になり、城壁から身を乗り出してその目で見る。


「メタルゴーレムが壁になっている……壁にしているのか!? ……マズいな。至近距離まで来たらありったけの石礫いしつぶてを詰めたカノン砲で応戦するんだ! 局長、バーニィを呼んでくるのさ!」


 ミヤは走って行った。


 そこに、さらなる最悪の報告が入る。


「ほ、報告! 帝国【勇者】ブルボン・ノアゼットがテイム、所持するウィンドワイバーン出現! 風の障壁を展開されました! こちらの魔法攻撃、全てがテイマー部隊に届きません!」


「え? それはどういう……」


 カルラ大統領が息を切らして私の横にやってきた。


「帝国の【勇者】は、共和国の勇者と対峙している。ただ、向こうが動いてこないという。まさか……こちらにブルボンの最高戦力、風飛竜を寄越すとは……」


 え? 待って、もう嫌な予感しかしないんだけど。


「報告致します! 東門に、帝国【勇者】ダスク・ガリーカの所持するジオ・ウルフ出現! 城門に登り、被害多数!」


 なんか騒がしいと思ったらそんなことに……。

 ジオ・ウルフとは真っ白な巨大狼だ。


「首都内部への侵入を許したのか!?」


「いえ! 目的はカノン砲の破壊のようです! 強襲と撤退を繰り返しております!」


「それだけカノン砲が脅威という事か……軍団長アンナを当たらせろ!」

「すでに交戦中! アンナ軍団長のおかげで、死者は出ていません!」


 そうか……とカルラ大統領は呟き、ホッとする。


 でも、前を向いて唇を噛んだ。


「帝国は【勇者】をフル活用してまで、アルストロメリアを落としたいようだ。……ユリ、城門を突破されたなら、撤退せよ。スライムと共にな」


「え?」


 カルラ大統領は、私の頭に手を置いた。


「【勇者】でも何でも無い協力者のユリに、これ以上付き合わせる道理はない。ただ、土地をやる約束は果たせなくなる」


「そんな……みんな、どうなっちゃうんですか?」


 私の問いに、カルラ大統領は答えない。


「ひたすらに南東へゆけ。荒野を越え、砂漠がある。その向こうには緑豊かな土地がある。元よりそなたに与えるつもりだった土地だが、しばらく逃げ隠れるにはちょうど良い。追ってきたら、その先にある海を渡れ。アクアスライムのいるユリなら、海越えも可能だろう。その先の新大陸で、ゆるりと暮らすが良い」


 カルラ大統領は笑った。


 まるでお母さんみたいな優しい笑顔。


 なぜか、私の目から涙が伝う。


 やだ。やだよ。


 そう口にしたつもりでも、声は出ない。


 そして無常にも、アルストロメリアの北門は、オーク達の破城槌で破られたのだった。

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