第22話 宣戦布告
その朝は、突然やって来た。
大統領府及び首都アルストロメリアに鐘が打ち鳴らされる。
何事かと思って外を見ると、北の空に飛翔体がいくつも天に昇る姿が見えた。
特施から発射された魔力を原動力とするロケットミサイルだ。
それらは、こちらに来ること無く、更に北へと飛んで行き、その姿を消した。
ミヤが両手で頭を抱える。
「まさか……そんなバカな! いや、これを利用するのか? そんなことをすれば……勇者か!?」
ミヤは慌てた様子で緊急の軍議を招集し、懸案事項を述べる。
今回は私も同席した。
「見ての通り、『細工を施した』と誰が見ても分かるようにしておいた対城兵器を敢えて発射させた。帝国の目的は、対城兵器を共和国が発射したことにし、全ての帝国兵の士気を上げ、全てを共和国にぶつけるためだろうと予測するのさ」
カルラ大統領はミヤに問う。
「それはあくまで予測だろう? 帝都に被害が出るなら、こちらとしては願ってもないことだ。それに被害救済に割く人員も必要だろう?」
「いや、帝都には最強の【勇者】イングリット・バーグマンがいるのさ。彼なら容易く帝国の秘密兵器を撃墜できるだろう」
勇者って凄いんだね。ロケットミサイル撃ち落とすんだ。
カルラ大統領だけじゃなく、出席している人はみんな口をパクパクさせているわ。アンナさんも、オトさんも。
驚いていないのは私と一緒に立ち見をしているメルくらいよ。
「帝国のデメリットとして、あの数の兵器を撃ち落とすなら、勇者イングリットはしばらく動けなくなる。つまり、共和国の勇者と帝国の勇者の戦いは互いに拮抗するのさ」
大統領はすぐに指示を出したわ。
「よし。ならば予定通り、都市ボマレアには勇者メラ・バージニア。都市レオントキールには勇者ノトリア・ウォルボイスを割り当てろ! 即座にだ!」
3大都市の内、2つを勇者で防衛するということみたい。
交易都市アントワープは、不戦条約が結ばれているから守る必要は無いんだって。
そういう約束は律儀に守るらしい。
不戦条約は神様との約束で、破れば大災害に見舞われるんだって。
神様って、ちゃんと仕事してるんだね。
「ミヤ・ノーシロードよ。帝国は予備兵も含め全てでどれくらいとなる?」
みんな、ミヤを固唾を飲んで見ていた。
「最大30万。ここに攻めてくるのは、少なく見積もっても20万の軍勢になるのさ」
ミヤの言葉に、大統領は天を仰ぎ、他の者達は頭を抱えた。
私の隣にいるメルに聞く。
「そんなに戦力差あるの?」
「共和国は、5万の軍勢しか用意できない。これが男女の差。籠城すれば3倍の兵として数えられないこともない。それでも足りない」
は?
数で圧倒的不利って言うレベルじゃないことない?
これ、無謀以外の何物でもないよね?
「籠城する! 首都アルストロメリア防衛戦を展開する! 戦えない者は速やかにアントワープへ避難だ! 至急だ! 動け!」
カルラ大統領の命令で、民にも命令が下される。
避難命令だ。
すでに避難指示は出ていたけれど、指示に従わない者はそれなりにいたようだ。
命令され、慌ててアルストロメリアを去る民達。
オトさんが、私に話し掛ける。
「こればかりは、さすがにどうもなりませんわよね?」
私の代わりに、メルが応えた。
「何の策も無しで、私達は1万程度。策はマスターやミヤ次第」
メルはこちらにやってきたミヤを見る。
「どれだけ私達が一騎当千の働きをしても、それくらいだろうね。籠城して、行って倍さ」
うん、私達だけで2万の兵と戦えるっていうだけでも凄いと思う。
「もはやユリさんは勇者級ですわ。そんな方に救っていただき、私は幸せ者です」
オトさんは、まるでもう会えなくなるかのように言う。
「そんな寂しいこと、言わないでください。私も知恵を振り絞ります。ミヤ、私の話を聞いてくれる? メル、アウラ以外のみんなを部屋に集めて」
「了承。すぐ集める」
「局長? どうしたのさ?」
オトさんには聞かせられる話じゃないので、ここでお別れ。
部屋にみんな集まってもらった。
「アウラにも言ってないことがあるの。信じてもらえるとは思っていない。それでも、この戦争でみんなが生き残るために、私の知識を全部ここで吐き出すわ。なぜこれだけの知識があるのか? それは……私はこの世界の人間じゃないの。それを話すわ」
私は、みんなに話したわ。
転生して、気付いたらこの世界にいたこと。
アウラとの出会い、メルとの出会いまで。
そして、私が転生する前のこと、全部話した。
魔法やモンスターのいない科学の発達した世界のことを。
そして、現代兵器から近代、中世、古代兵器の数々を。
ミヤにどれだけ再現できるか確認していく。
「火薬とやらは無いが、バーニィ君の爆破魔法で再現出来そうだ。弾はロア君の岩石魔法が使えるかな? 砲身はダークスライムのサクリファイスで錬成できるか? どんな贄を使おうか……」
……私は鎖骨をミヤに見せた。
「肩の血くらいなら……少しは……」
これが代償になるかは知らないけどね。
「局長の血……だと? もちろんいただくのさ! はむっ」
勢い良く飛び付いてきた。
思ったより痛い。
血をチューチューされている。
吸血鬼もこんな感じなのかな?
「これくらいの血でどれくらいのモノができるか……おぉ……頭の中にリストが浮かぶか。大砲とやらは二十門だな。とりあえず一門出そう」
「これだけ吸われて20門かぁ……」
多分凄いと思うんだけど、足りない。
ミヤが大砲を魔法で作り上げる。
見た目は17世紀頃のカノン砲よ。
この世界、弓まではあるけれど、銃や大砲は無いの。
魔法で代用できるから。
でもミサイルはミヤが作った。
考える人が考えれば分かっちゃうのよね。
「ふーん。ボス考案の兵器がコレね〜。あたしの魔法に耐えるなら有りだわ。飛ばす分の魔力が浮くもの」
「めちゃくちゃ硬ぇ石を作りゃ良いんだろ? バーニィに壊されねぇくらいの。作れるとは思うが、大量生産はキチィぜ?」
私はメルにも頼む。
「メルも弾造りをお願いするわ。石の周りをコーティングするだけで、かなり硬くなるはずよ」
「それくらいなら消耗は少ない。できる。ロア、やる」
「おうよ、メル姐!」
続けてアドにもお願いする。
「アドは草木を使って罠を張ってほしい。木は先を尖らせた物を一列にして、少し角度を付けて設置を。北側を浮かせるようにね」
「馬を止めるための罠ですね。さすがお師匠です。偽装も僕なら上手くできるかも……がんばります!」
ニコニコして、キョロキョロするリカにもお願いするわ。
「リカ、あなたには空から爆撃してもらうわ」
「天使様? 爆……撃……?」
「この前、ミヤが乗って、バーニィの炎の槍を掴んで投げ返してたでしょ?」
「あれは私がいないと厳しいのさ、局長。そもそもリカは重量のある物を持てない。せいぜい局長2人分さ」
リカもミヤの言葉に頷く。
そっか、爆撃は無理かぁ。
「城からチマチマ飛ばすよりは効果的よね。ロアやミヤと交代で、リカに乗って魔法をかましてやるわ、ボス」
バーニィの提案に、ミヤと吊り目のロアも頷いた。
「局長の案で5万くらいなら何とかなりそうなのさ……局長……」
ミヤだけじゃなく、みんな揃って私を見つめる。
「なに? え? 私、なんか変?」
リカは私に祈りを捧げるようにして言ったわ。
「天使様は、本当に天の御遣いであることは証明されました。これが広く知れ渡るのは時間の問題でございます。女神様と称されることもありましょう。ただ、もし戦争が勝利で終われば……まず間違いなく【空座】が埋まります」
みんな大きく頷いた。
「【空座】って、なんのこと?」
嫌な予感しかしない。
「それはもちろん、リリィ共和国にまだ2人しかいない【勇者】ですわ」
「ふぇ? 私が?」
「空いている3人目に据えられるのは確実でしょう」
「嫌だ」
私は即答する。
「そうなったら逃げるわ。全力で、地の果てまでも。ごめんだけど、みんなにも付いてきてもらうからね!」
勇者になったら何されるか分かったもんじゃないわ。
逃げる。私は辺境の地でのんびり暮らす。
だからみんなにも、『命令』する。
みんな揃って驚く顔をしたけれど、なぜかみんな大爆笑したわ。
なんで?
でも、これが最後のみんなで笑い合った日になった。
翌朝早朝、扉が叩かれる。
「ユリさん! オトです! 至急です! 外を!」
私達は扉を開け、飛び出した。
城壁に登り、朝日に照らされる北の大草原を見る。
「もう……来たの?」
そこには、20万もの帝国軍が、少し距離を置き、隊列を為して、並んでいる姿だったわ。
そして、行われる宣戦布告。
私は生まれてきて初めて、戦争の始まりを見ることになった。
朝日が昇ると同時に宣戦布告が行われる。
白馬に乗った赤髪癖っ毛の王冠を被った男が、こちらにやってくる。
「あーあー、テステス……んん!」
拡声器を使ったかのような魔法だ。
城壁の上にいる私達にもよく聞こえる。
「これより! 神と交わした盟約により! 宣戦布告及び事前通達を行う! 神の名の下に、これから話すこと全てが約束される!」
馬に乗ったまま叫んでいるので、馬が驚いて興奮気味になっている。
それを彼は落ち着かせ、再び顔を上げた。
「我が名はローザ帝国第一皇帝、ローゼン・エルディンバラである! リリィ共和国は、あろうことか特施へ侵入し、特殊な兵器を用いて帝都ギガンティアを襲撃した! 神の目がある中、信じ難い蛮行である!」
どの口が言ってるのかな?
神の目とやらがあるなら、裁かれるのはそっちじゃん。
「幸いにも、最強の勇者イングリット・バーグマンによって、その全ての攻撃は無と化した。だが、一つ間違えれば大惨事! 帝国はこの蛮行を未来永劫防ぐため、リリィ共和国に鉄槌を下す!」
剣を抜いてビシッとこちらに向けてくるローゼン皇帝。兵士もそれに合わせて叫ぶ。
こうやって鼓舞させているのだろう。
「しかしながら! リリィ共和国全ての者が、この蛮行に賛同していたとは思いたくない! 今すぐ投降する者は、奴隷身分として格式も高い『給仕』のみに限定することを約束しよう!」
は? 今投降すればメイドになるだけで許してやるって?
「これを拒否するも自由である! だが、戦争捕虜となった暁には、想像を絶する仕打ちが待っていること、それを忘れるな! 死んだ方がマシだったと思える程の仕打ちを、その身全てに刻んでやろうぞ!」
ローゼン皇帝の言葉に、兵士共は雄叫びの大合唱だった。
「もう、最悪。これだから男は……」
吐き気しか催さない。
こちらの守備兵の中には俯いて吐いている者さえいる。
「マスター。早くあいつら殺したい」
「右に同じくですわぁ」
「あたしも右に同じくよ」
「僕も……許せない」
「あんな奴らの仲間だったことが恥ずかしい」
「天使様を穢す? 万死です」
城壁に並ぶスラちゃんズもブチ切れだわ。
「1日の猶予を与えよう! たぁっぷりと考えるが良い! 翌日の朝日が昇るまで待つ! もう1度言う! これは神の名の下に約束される事前通達である! 明日の朝日が昇るまで待つ! 以上!」
そしてローゼン皇帝は後ろへと下がった。
私達は全力で取り組んだ。
奴らをやっつけるための準備を、徹底的に、ギリギリまで!
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