第21話 足音

 しばらくは大統領府に住まわせてもらうことになった。


 私達がVIP待遇なこともあるけれど、元帝国宮廷魔導士、ミヤ・ノーシロードが共和国に寝返ったと外に漏らさないためでもあるらしい。


 超重要機密として、ミヤは会議と食事と睡眠以外はスライム姿でいるよう命令されていた。


「窮屈だ! 局長、ストレスの解消を求めるのさ!」


 そう言って、ロビーのソファーで私にナデナデを求めるミヤ。

 私の膝に飛び乗ってくるので撫でてやる。

 ちょっと張っていたのが、柔らかくなってきた。


「良いぞぉ! その調子なのさぁ〜。ふぃ~」


 おっさんみたいな声を出している。


「お疲れ様、ミヤ」


 ミヤと目が合う。私は微笑む。

 ミヤはポッとしてそっぽを向いた。

 なんで?


 その時、目の前にちっちゃい白の甲冑に金髪ポニテの騎士が立ち、私を覗き込んできた。


「我が名はアンナ・ヒロハノ。前騎士団を解体し、軍団を作った長なのだ。貴様だな? ユリ・アワケ」


 ナニこの人、ちっこいけど、超怖い。


「わわわ私がユリですが、いったい何のことでしょうか?」


 アンナさんは更に私に顔を近付け、恨み節を囁くように言う。


「カノーコ……ドラゴン……ゴールデンスライム……」


 あ゛あ゛あ゛あ゛! 覚えが有り過ぎるぅうう!


「ごごごごめんなさいいいい! あの時は右も左も分からない新人新米でぇええええ!」

「局……長……おち……つきたまへぇえおあうあぁ!」


 思わずパニクった私は、スライムミヤを縦に伸ばしたり横に引っ張ったりを繰り返していた。


 でも、そんな私を見て溜め息を吐きながら、普通に立つアンナさん。


「はぁ~、色々大変だったのだ。でも、村人は全員無事。村の被害は最小限。しかも龍種の討伐。どれも勇者ですら中々に叶わん偉業なのだ。リリィ共和国軍、軍団長として礼を。民を救ってくれてありがとうなのだ」


 私に頭を深く下げた。そして顔を上げる。


「軍会議ではミヤ殿、アウラ殿、メル殿、バーニィ殿も建設的な議題を提供してくれるのだ。優秀過ぎてこちらに引き抜きたい程なのだ」


 私は両手でバッテンを作る。


「冗談なのだ。ただ、1つ教えてほしいのだ。アウラ殿は……軍団の前身である元騎士団長にそっくりなのだ。何か知らないのだ?」


 え? アウラが?

 そう言えば、アウラとメルは過去の話、聞いたことないかも。


「知らないです。無理に聞こうとも思いません。本人が話す気になれば別ですが」


「……そうだな。すまないのだ。今の話は忘れるのだ。此度の戦争協力、感謝するのだ。礼を言いに来ただけなのだ。また戦場で会うのだ」


 そう言って、アンナさんは去って行ったわ。


 私はミヤと顔を見合わせる。


 もう一度、アンナさんの背を見る。


 金ピカアウラが、アンナさんの後ろを追う姿が見えた。


 私はもう一度ミヤと顔を見合わせる。そして頷く。

 

 アンナさんを追うアウラを追い掛けることにした。



ーーーーーー  アウラ  ーーーーー


 アンナが自室に入ったところで、ニュルっと侵入する。


 そして、人型になった。


「あまりあるじをイジメてくれるな。アンナ軍団長」


「……やはりお前なのだ。ラティ・ムースカ元騎士団長。何をしに来たのだ? もうお前には関係のない場所だろう?」


 その通り過ぎてぐぅの音も出ん。


「目的は2つある。1つは――」


 外に足音。扉の前も止まった。気配が2つ……。


 私はアンナに近寄る。そして抱き締めた。


「なっ! ラティ! オマエ何をぅふっ!?」

「こればかりはアンナに問わねばならんことだ」

「いや待て耳はやめ――」

「外に2つ、気配がある。耐えろ」

「あ……ふぅ……ん……いや、そこには……途中……アン……わぷ……んっ! もう無理なのだ離せぇ!」


 よし。主な目的は果たせた。

 手子摺ると思っていたが、楽勝だったな。


「それを、聞き出し、どうするつもりなのだ?」

「軍会議で色々な話し合いをしているだろう。だが、帝国の策にどれだけ対抗しようが、結局は最後、数で決まる。数を覆すには、更に上回る数を用意するか、桁違いの質を用意せねばならん」

「は? まさか……成功する保証はあるのだ?」

「いや、無い。試したことすら無いからな」


 アンナは地団駄を踏み、怒った。


「ラティ、オマエはいつもそうなのだ! 自分勝手に、何も相談せず、これが最善手だと、周りのために自分の全てを犠牲にする! その結果がアレか? 寂れかけた村で、メタルスライムに殺されることだったのか!?」


「私の力不足だ。私のやりたいことを成し遂げるには、力が無かったんだ。私はもっと多くの人々を救いたいと。アンナの言う通りだったな。もっと周りを頼れと。自分の力の限界を、私は見誤った。だから、死んだんだ」


「そうなのだ! 騎士団長は何でもでき、頼りになり、誰からも好かれ……常に孤独だったのだ。だから、そんな騎士団は我が潰した! 皆が皆で支え合うため、軍団となったのだ!」


 今となっては、よく分かる。


「だから……ここに来た2つ目の目的だ。アンナよ、ありがとう、ごめんな。私、ラティ・ムースカは、道半ばで死んでしまったよ」


「当然なのだ! 死んで当然なのだ! 騎士団の不祥事を丸被りするため忽然とこつぜん姿を消し、我らの気も知れず……死ぬなら、せめて……我の見ているところで……ラティお姉様……どうして……」


 私はもう一度アンナを抱き締める。


「救われることの喜びを、頼られることの嬉しさを、仲間と苦楽を共にする楽しさを、愛する者から愛されるということを、私はあるじから教わったよ。だから、私はあるじに尽くす」


「ユリは、それ程の者なのだ?」


「あるじは、私に出来ないことを次々とやってのける人だ。生涯を捧げるに値する。あるじのおかげで、こうしてアンナともまた逢えたからな」


 アンナは鼻を啜り、私をギュッと抱き締め、そして離れた。


「ならば、ユリのこと、2番目に注力するのだ。1番はもちろん大統領なのだ」


「うむ、あるじを任せたぞ。アンナ」

「任されるのだ」


 アンナの笑顔を、久し振りに見た気がする。


「さて」


 私は扉に近寄り、内開きのドアを開ける。


「あぷぇっ!」


 あるじが出てきた。


 私はアンナとアイコンタクトを取る。

 アンナもウィンクで応えてくれた。



ーーーーーー ユリ ーーーーーー



 足音が聞こえた、と思ったら扉が開けられてしまった。


 私もミヤも部屋に向けて倒れる。


「あるじ……今のを聞いて……いたのか?」


 最初の方はよく分からなかったけれど、青褪めるアウラを見て、私は溜息。

 そして私は頬を膨らます。


「いつぞや浮気は許さないって言ったくせに……」

「……すまないな、あるじ。アンナは特に私の過去を知る者だったのだ。この際白状しよう。アンナと一緒に寝たこともある!」

「ぶふっ! ラティお姉様!? じゃなく、アウラ! それはいつの話なのだ!?」


 一瞬だけ頭の中が真っ白になる。


「ぷんっ! アウラなんか知らない! 行きたいならどっか行っちゃえば!」


 アウラは膝から崩れ落ちた。


「そうか……そこまで言うなら私にも考えがあるぞ! ……あるじの命令通り、どっか行っちゃわせてもらう! ふんっ! ばーか! ばーか! あるじのばーか!」


 子どもかっ!


 アウラは私にべろべろばーとやって駆けって行った。


 アンナさんは額を抑えている。


 私はミヤを見る。

 ミヤは頷いてくれた。


 私はアウラの走る足音を、聞こえなくなるまで聞いたよ。


 私はアンナさんに抓み出され、トボトボと割り当てられた自室に帰る。


 そしてベッドにダイブ。


「ミヤも言ってたけど、窮屈だなぁ……」


「マスター、アウラ先輩、出ていった。1人は間者を仕留めた。1人は逃した……ごめん……」

「ううん、大丈夫だよ。むしろ、こんなことばかりさせてごめんネ、メル」


 私はメルを抱き締めた。


 そう、さっきのは演技。ミヤに言われたの。浮気現場だとアウラを罵れって。そうすれば、アウラがここを離れることを不審に思わないって。


 あんな大根役者で良かったのかな? とは思う。


 でも、やらないよりは良い。


 というか、大統領府なのになんで帝国のスパイがこんなに多いの?


 ミヤの存在をバラした瞬間に、帝国の間者が一斉に動き出した……動揺したとも言うけれど……だからそれらの存在を知る事ができた。


 だからミヤも帝国の致命的な情報をせっせと提供した。


 抑止力になると思ったけれど、逆に帝国を怒らせたらしい。


 戦争の足音は、すぐそこまで迫っていた。

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