間章〜7匹のスライム
かの御仁、ユリ・アワケ。
彼女は大統領府、特別待遇室にて気を失うように眠っていた。
すでに日は高いが、もう少し休ませておいても構わないだろう。
その間に聞いておかねばならんこともある。
「オト・マウンタインよ。共に聴くがよい。この者は特施に潜入させていた者だ」
私はオトを横に立たせ、真っ白な衣服を着た諜報員から話を聴くことにした。
「ハッ、それでは報告させていただきます」
ーーーーーーー 諜報員 ーーーーーーー
特施は、衣服製作、農業、酪農を主とし、帝都のために女性が労働する場所である。
女子は3歳になると同時、特施の教育機関に送られ、教育洗脳を施される。
その後、特施で一生を過ごす者がほとんどだが、貴族や金持ちの商人が妻を選び、奴隷として購入する場合もある。
奴隷と言っても様々で、家族のような奴隷もあれば給仕奴隷もおり、中には言葉にできないようなことをさせるために奴隷とさせる者もいる。
我ら諜報員は、工作員でもあり、洗脳を解くため、様々な施術を行う。
簡単に言えば、情報工作。
何のことは無い。真実を流布するだけだ。
この暮らしに不満を持つものは多い。
いくら洗脳を施そうが、ローザ帝国の全女性を洗脳するなど不可能だ。
隙あらばリリィ共和国に逃げ出したい。
そう思う者はこちらの予想以上に多かった。
そこに、とある日、強力な攻城兵器が運び込まれたという噂が立った。
どこを探しても見つからない。
ローザ帝国による侵略戦争が始まる兆候があることは知っていた。
だが、帝国も極秘事項として中々に尻尾を掴ませない。
捜索は難航した。
しかし、突然、国境の壁に穴が開く。
現れたのは、7匹のスライム。
レッドスライムが、次々とドームや国境の壁に穴を開ける。
メタルスライムが、ローザ帝国の兵士を次々と捻じ伏せる。
ロックスライムが、魔法で遠距離から砲撃する。
ホーリースライムが、空を飛ぶ。
その背に乗るダークスライムが、スライム溶解液をばら撒き、兵士の武器を溶かす。
グリーンスライムが、騒ぎで怪我をした女性達を回復する。
ゴールデンスライムが、輝く。
輝くのだ。強く輝いたと思えば、次の瞬間、ローザ帝国の兵士だけが倒れる。
意味が分からない。
しかし、これはチャンスだった。
我ら諜報員は、スライムと共同し、特施の女性達をリリィ共和国へと逃がした。
帝国の秘密兵器に関しては、ダークスライムより。
「帝国の対城兵器には細工を施した。後程局長から君達の主に説明させよう」
喋るスライムに驚いたが、悪いスライムで無いことは明白だったので、一先ず信頼する。
しかし、如何にスライムと共に脱出すると言えども、数が多過ぎる。
近くの砦より、ローザ帝国の援軍5000人の兵士が、襲い来た。
ホーリースライム、ロックスライムは戦線を離脱。
ゴールデンスライム、グリーンスライムも脱走者を引き連れて離脱。
メタルスライム、レッドスライム、ダークスライムが殿を務めるも、援軍5000の兵は全てが精鋭。
冒険者ランクにしてBからA相当。
レッドスライム及びダークスライムが負傷し、状況はやや不利かと思われたところでグリーンスライム帰投。
その回復魔法により、再び拮抗。
しかしながら、長期戦の様相となり、メタルスライムに疲労。
再度不利に傾きつつあるが、脱走者が十分な距離を稼いだと確認し、撤退準備。
ローザ帝国軍、スライム達を完全包囲。
そこにゴールデンスライム率いるウィードスライムの軍勢1000が出現。
大混戦となり、ローザ帝国軍負傷兵多数。
スライム達はグリーンスライムに乗り、その機動力を活かして戦線離脱。
以上、報告終わり。
ーーーーーーー カルラ大統領 ーーーーーーー
にわかに信じ難い話だが、信じざるを得ない。
オトに確認を取る。
「オトよ、今の話、信じるか?」
オトは額を目頭を抑えて僅かに悩んだでいた。
「【伝承】も【凶弾】も目の当たりにしましたわ。その上【深淵】と【聖翼】をも従える……ユリさんですもの。信じざるを得ませんわ」
オトは腹心ヒサメの娘。昔から知っている。
嘘を吐くような娘ではない。
「あのアウラとか言う娘が【伝承】か。……元騎士団長に似ている娘だった。髪色こそ違ったが……そちらも調べてくれるか? 急ぎではない」
「御意に」
諜報員はこの場から去った。
「元騎士団長ですか? 次期勇者と呼び声の高かった【紫電】ラティ・ムースカですわね? A級冒険者として活躍していたと聞きましたわ」
「聞いていた? 何かあったか?」
「カノーコで行方不明になったと……」
「そうだったか」
知性が高く、武技に秀でた者で、民からも慕われる者だった。
「同時期にカノーコでフリッテ・イラーリアも消息不明に……」
「【黒猫】もか!? A級の中でも頭1つ飛び抜けている2人が同時に行方不明だと?」
「ついでに言えば、その後すぐにユリさんが、カノーコに現れたのですわ」
「軍団長が言っていたな……。その女が怪しいと。ドラゴンを討伐したのはその女だと」
「中々の慧眼ではないですか、ふふふ」
軍団長アンナ・ヒロハノは優秀なのだが熱血が過ぎるのだ……。
話半分に聞き流していたという記憶しかない。
「……よもやこんな形で3勇者目の【空座】が埋まることになろうとはな」
「あら? 大統領、ユリさんを据えるおつもりですか?」
「事と次第に依ってはだ。ローザ帝国の3勇者、1人は帝都防衛に就くそうだ」
「まぁ! では、こちらの勇者をローザ帝国勇者に当てれば……」
「そうだ。ユリを防衛の要にすれば、勝てる。望みが出てきたぞ」
ローザ帝国は、圧倒的な国力を以て、リリィ共和国に攻め入ろうとしている。
不利だなんだと言われ、敗戦濃厚は確実とまで言われた。
向こうもユリの記録は入手しようがあるまい。
こちらも知らないのだからな。
「オト。ユリから全ての戦力を聞き出すのだ。なんとしても、アルストロメリア防衛戦に駆り出す」
「はっ、何としても、成し遂げてみせますわ」
頼むぞ、オト。
共和国の未来は、ユリにかかっているのだからな。
ーーーーーーー とある連絡係 ーーーーーーー
組織壊滅の責任を、なぜか連絡係でしかない私に全てを負わされ、死刑になるのを待っていた。
しかし連行された先、その目の前には、ローゼン・エルディンバラ皇帝陛下が、私に頭を下げていた。
「ミスター・ダマス。よくぞ、務めを果たした」
そして、私の両手を包むように握られる。
なんだ? 私は夢を見ているのか?
「混乱しているようだな。無理もない。ダマスよ。そなたの
は? もう投獄されて随分と経つが……そうか、傍から聞けば私の話すことなど、戯言に過ぎんからな。
「……機密事項だが、ダマスには話そう。特施がやられた。秘密兵器にも何らかの細工がされたらしい」
「なっ! 特施ですと!? 付近に5000の兵を擁する砦があったと記憶しておりますが!」
「……特施の兵士のみならず、砦の兵士も大勢が負傷した……」
陛下が嘆く程の事態。
だが、なぜ私等にそのような話を……。
まさか……!?
「7匹のスライムにヤられた……たったの7匹、しかもスライムにだ!」
「7匹!? 4匹では……増えたのかッ!?」
なんということだ。あのようなスライムが更に3匹も増えただと!?
「ダマスよ。その4匹の内訳を言ってみるが良い」
「はい。レッドスライム、アクアもしくはロックスライム、メタルスライム、……ゴールデンスライムです」
信じてもらえるかは知らんが、陛下の御前。
嘘など吐けぬ。
「……連れて行け」
やはりダメか。そうだな。私が逆の立場でも、同じ事を言うだろう。
諦めて、下を向きかけた時だ。
「今すぐ参謀本部に連れて行け! ダマスは将軍と同等! 対スライム特殊部隊長に据える! ミスター・ダマス、帝国の未来、そなたに任せたぞ!」
私は光を見た。
心に光が満たされたのだ。
「陛下、我が命に代えても、その任果たしまする!」
やってやるぞ、スライム共。
私がいる。
思い通りにいくと思うなよ。
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