第19話 特施の乱

 対城兵器ならぬロケットミサイルの対処に取り掛かるミヤを見守る私達。


「なぁおやかたぁ、コレってそんなにヤベェ兵器なのか?」


 吊り目のロアだけじゃなく、ミヤ以外はこれが何なのかすら分かっていない。


「この大きな物体がそのまま飛んでいって、お城や城壁に突き刺さってドカンだよ。爆発するの」


 みんな、え? って顔をしている。

 作業をしているミヤも補足してくれた。


「さすが局長、これがどういう兵器か一発で見抜くとはね。その通りさ。この対城兵器の前に人は無力。ドラゴン級のモンスターですら、直撃を受ければ倒れるだろうね」


「うっそだろ? はは、ドラゴンも一撃かよ」


 吊り目のロアは渇いた笑いしか出て来なかった。


「よし、照準を帝都ギガンティアに変えることができた。さっさと逃げようか」


 とりあえず、無事に逃げることだけを考えよう。


 私達は外に出た。


 そしてミヤをリカに乗せて空から兵士の動きを探る。


 安全なルートをミヤに指示してもらい、国境の高い壁を越えた。

 緑の大草原が広がっている。

 モンゴルに広がる草原のようだ。


「ふぅ、もう大丈夫だね」


 私はみんなに振り向いた。


 でも、誰も私を見ていない。


 壁の向こう。特施の方をずっと見ていた。


 バーニィが言う。


「戦争になったら、強制で徴兵されるわよね」

「ああ、間違いなくそうなるね」


 ミヤが答え、アドが続く。


「ずっとここに閉じ込められて、知らない内に戦わされる……僕、そんなの嫌だよ」

「殺し合いは何も生みません。主はいつもそう仰っておられます」


 リカが答え、アウラも続く。


「あるじ、全員を助けろというつもりはない。だが、その気がある者を逃がす手伝いくらいなら、メリットがあるんじゃないか?」

「マスター、アウラ先輩にも一理ある」


 メルも同調し、ロアも言ったわ。


「お館様、戦争が起こるのは確実ですわぁ――今ならヤれる手はあるぜ、お館」


「なんだ、みんなも同じ気持ちなんだ。絶対に反対されると思ったから言わなかったのに」


 私は国境の壁の前に歩き、壁を目の前にして立つ。


 私の後ろで、みんなは片膝をつき、跪く。


 みんな、私の言葉を待っていたみたい。


「良いよ。この国境の壁に大きな穴を開けよう。逃げたい人は逃がしてあげる。アウラ、メル、バーニィは兵士の対応を。ロアは3人のサポートを。アドは回復担当。ミヤは全体指揮をお願い。リカは空からみんなに合図を送ったり情報伝達したりして、分からなければミヤの指示に従うように」


「あるじの思うままに」

「了承、マスター」

「任せな、お館」

「ボス、やってやるわ」

「お師匠、僕も頑張るよ」

「局長命令、しかと承った」

「天使様の命令、絶対に完遂します!」


 バーニィが国境の壁に穴を開け、再びローズ帝国領へと乗り込んだ。


 私はお留守番。

 だって足手まといになるだけだもの。


 リリィ共和国の中、ちょっと離れた丘の上から、特施の状況を俯瞰したわ。


 騒々しくなる。大勢の人が何かを追いかけている。


 時々爆発する。何か爆発するモノ、あるのかな?


 空はスライムのリカが飛び、その上にスライムのミヤが乗っている。

 ミヤが黒いナニかをばら撒いている。溶解液かな?


 あ、バーニィの炎の槍が空に向けて飛んだ。


 ミヤが黒い網みたいな触手でキャッチ……それを投げ返してチュドーンさせた……。


 男の人の声が大きかったのが、次第に女の人の叫び声に置き換わっていく。


 国境の壁にいくつもの穴が開けられ、そこから白衣姿の女性達が走って南に進む。


 まるで逃げるように。


 まるで自由を求めるように。


 まるで解放されたように。


 女性達は走った。先頭を走っているのは、アウラ?


 そこにアドがやって来る。


「お師匠。ミヤさんからの指示です。ここから3手に別れるそうです。お師匠はアウラさんと一緒に首都アルストロメリアへ。ロアさんとリカさんでアントワープの領主様に話を着けに行くと。ミヤさん、メルさん、バーニィさんは殿しんがりを務めてくれるそうです。僕はお師匠と一緒に――」


「ううん、アドはメル達のところへ行ってほしい。アドは回復魔法が使えるもの。かなりの人数が逃げているわ。逃がす時間もすごく掛かると思う。だからアドは残ってほしい。ごめんね、危ない目に遭ってくれって、お願いしてるようなものだよね……」


 自分で言っていて酷いヤツだと自覚してしまった。


 お師匠失格だなぁ。


 でも、アドは笑顔で私に抱き着いてきた。

 あ、フレッシュな甘い香りが……。


「嬉しいです、お師匠。こんな僕でも、頼りにしてくれて、とっても嬉しいです。僕、頑張ります!」


 アドは今までで1番の笑顔を見せた。

 あどけない美少年の笑顔……じゃなかった美少女の笑顔。


 そっか。アドは、私に頼られたかったのか。


 今度は私からアドを抱き締める。


「お、お師匠!?」

「アド、無理はしないで。あなたやみんなが傷付くのが、私、一番耐えられないから」

「……はい、お師匠。無理はしません。お師匠のためにも、みんな無事で帰してみせます」


 アドの目には、強い決意が宿っていたわ。


「お師匠、そろそろアウラさんと合流を」

「うん、みんなにも無理はしないように伝えておいて。また、必ず首都で会おうって。これは命令だよ」


 アドは笑顔で頷き、走って行った。


 私も丘を駆け下りる。


 そしてアウラと合流する。


「あるじ! アドはどうしたのだ!?」

「アドはメル達のところへ行かせたよ! 回復魔法使えるから!」


 アウラは走りながら、少し考える素振りを見せる。


「確かに、長期戦になれば……有り得るか。相分かった! 首都までは距離がある! 全ての者が走り続けるのは無理だし、この脱走者の列も長くなる! 自力で戦える者も少なくないゆえ、モンスターの襲撃は心配する程ではないが、夜通し動かねば明日までに首都へ着かないとミヤが言っていた!」


 アウラは更に腕を組んで考える。


「すまない、あるじ。私も少し外す。休みながらでも良い。歩いてでも良い。とにかく南に進んでくれ。夜には帰る」


「うん、分かったわ」


 アウラは土煙を上げながら東へ走って行った。


 私は声を上げる。


「皆さん! こちらへ! 私について来てください!」


 私にできること。それは少しでも首都アルストロメリアに近付くこと。


 一人でも多くの特施の女性達を連れて。



 夜まで進んだ。


 ひたすら進んだ。


 走るのは途中から諦めた。


 だから歩いた。


 それでも……何時間歩いたかな? 6時間は歩いていると思う。


 飲み食い無しで、よくやったと思う。


「あー、もう無理……」


 私は小高い丘の上で大の字になって寝転がった。

 草のベッドが気持ち良い。


 月は満月。だから私が倒れている姿は遠くからでも見えたらしい。


 逃げ出した人達が、私のところへやってくる。


「大丈夫でございますか? 勇者様」


 勇者様? 私のことを言っているの?


「どうぞ勇者様、お水を。たくさんはありませんが」


 水を分けてくれようとする人もいるけれど断る。


「大丈夫ですよ。自分の水くらいなら、ありますから」


 私は起き上がり、バックパックから水を取り出して飲む。

 飲む暇が無かっただけなので、食糧や水は最低限持ち出している。


 どうやら逃げ出した人達も、水や食糧を持ち出した人は多いようで、みんな休んで、水や食糧を分け合っていた。

 満足な量じゃないけれど、明日1日くらいは保つかな?


 暖かい季節なので、寝て凍死するような心配は無い。

 少し肌寒いくらいかな?


 身を寄せ合う光景をいくつも目にする。

 無いものねだりだけど、暖がほしいよね。


 そう思っていたら、ポツポツと、白衣の列の横に焚き火のような火が灯る。


 それが近付いてきて……串に刺さったかのような5つのおだんごが、私の元へと帰って来た。


「バーニィ、アウラ、ミヤ、メル、アド、おかえりなさい!」


 上から順番に、スライム姿のみんなが私に飛び込んでくる。


 無事だって、分かっていたけれど、嬉しい。

 涙が出そうになる。


「ボス、やってやったわよ。褒めなさい、めいいっぱいよ」


 私はスライムバーニィを潰れるくらい抱き締めた。


「一番活躍したのはバーニィだからな〜。あるじ、いっぱい褒めてやってくれ〜」

「はぁぁあ? ボス、みんなが大活躍だったのよ? 全員等しく褒めなさい!」

「そう。マスター、私的にはアドが一番。ナイス回復」

「メル君の言う通りだね。アド君は大活躍だったよ。グリーンスライムの特性として、草原では高速走行ができるのさ。戦場を走り回り、回復をばら撒いてくれた。アド君がいなかったら厳しい戦いだったね」

「そそそそんな僕なんて! それを言うなら、僕に行くよう指示を出したお師匠が一番だよ!?」


「「「「たしかに」」」」


 みんなして私を見ないで。


「メル君のメタルスライムとしての活躍も凄かったし、アウラ君もスライムの軍勢を連れて来てくれたからこうして撤退できたのさ。みんなの力があってこそだよ」


 ミヤが大まかな状況を教えてくれた。


「そっか。みんな頑張ったんだね。ヨシヨシ」


 私はみんなを均等に撫でる。

 撫でるとコロコロと嬉しそうに転がる。

 はぁ〜、かわいい。癒やされる。


 そこに、遠くから複数の騎士がやってくるのが見えた。


「あるじ。南から、騎士団だ」


 アウラは人型になり、私の前に立つ。

 他のみんなも人型になった。


 騎士達が、私達の前に来るなり、馬を降りる。


 その内の1人は、私達も知っている人だった。


「オトさん!? どうしてここへ!?」


 桃髪の囚われ貴族、オトさんだった。


「アントワープより、領主ヒサメ母様から魔導通信で連絡を受けましてよ。『ワイルドローズ』のことでアルストロメリアに召喚されていたのですわ。ロアとも話をしました。詳細はすでに聞いておりますわ」


 それで救援に……。ナイスだよ、ロア。帰って来たらいっぱいヨシヨシしてあげよう。


「そなたか。オトやヒサメから話は聞いている。ワイルドローズの壊滅に続き、特施の秘密兵器の破壊、よくやった」


 誰だろう? 音楽の教科書にあるバッハみたいなクルクルの髪型をしている貴婦人さんが私の前に来た。


 オトさんが跪いている。


 え? まさか!?


 私も頭を下げた。


 私の後ろに下がったアウラ達もオトさんと同じように跪いていた。

 

「良い。ここは公の場では無い。だが、この国のトップとして、礼を言わせてくれ。リリィ共和国大統領、カルラ・フォン・リンネより直々に礼を言う。ありがとう、ユリ・アワケ。そなたに国を救われたな」


 やっぱり大統領だったぁ!


 そして私達は豪華な馬車に乗せられた。


 寝て良いと言われたけれど、眠れる訳が無い。


 私は一睡も出来ないまま、朝日に照らされる首都、アルストロメリアに到着してしまった。


 私、どうなっちゃうんだろう? 

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