第17話 特施へ

 真っ黒スライムをテイムしたら、超絶重要人物である帝国の宮廷魔導士ミヤ・ノーシロードだった件についてまとめよ。


 いや、まとめられるか!


「いきなり押し掛けてすまないね。しかし、私からしても渡りに船なのさ。帝国に追われる身だからね」


 裸で胡座あぐらをかいて座らないでほしい。

 だらしないという訳では無い。

 むしろその所作全てが美しい。

 なんだか男装の麗人にも見える。


 ただ、目のやり場に困るの。


「あ、あの、なぜダークスライムに?」


 ナイスよアド。大混乱の中から一番に復帰したのはアド。次は多分私。他はみんなまだ目が点よ。


「あぁ、勘付いているとは思うが、帝国は近々共和国に戦争を吹っ掛ける気でいるのさ。私を共和国のスパイとして吊し上げ、それを口実に攻め入る気らしいよ。おもしろい話だろ? 私が提案した政策が全て一段落したこの瞬間を狙っていたのさ」


「どこかで気付いて、逃げ出してきたってこと?」


「いいや、違う。完全に偶然だった。実験が失敗したのさ。ダークスライムの研究をしていてね。うっかり食べられてしまったのだよ」


「え? 食べられた?」


 食べられたら、死んじゃうよね?


 私はみんなを見たわ。みんな頷く。


「死んだと思ったさ。だが、意識はある。私はダークスライムの姿となり、自由に動けた。それで聞いてしまったのさ。第一皇帝ローゼン・エルディンバラ陛下が、私を屠れと指令を出すところを」


 ミヤは表情には出さないが、声が沈んだ。


「理由も分からず、とにかく逃げた。追われている。ただ、私はスライムだ。誰にもバレていない。だが、スライムとして討伐されるのも時間の問題だった。とにかくリリィ共和国に逃げる。この想いだけで、ビルセイノに辿り着いた。ただ、どこも兵が多く、手詰まりとなったよ」


「そこに私が現れた?」


 そう言うと、ミヤは私の手を握り締めた。


「局長、君は命の恩人だ。見ず知らずのスライムに食糧を与える……女神かと思ったぞ? ただ、私を罠に嵌める者かもしれないと、様子を見させてもらった。だが、ここにはがいる。リリィ共和国の手の者だと分かった。しかも私と同じスライムがいる。【変化へんげ】と【付与】だな? 完璧じゃないか。私は神を信じていなかったが、今日から信じるぞ。女神はここにいる。目の前にだ。同志諸君、局長をまつる神殿は無いのか?」


 何を大袈裟なことを……と思ってみんなを見る。


 みんなの大混乱は解けていた。


 それどころか、ミヤの言葉に感動して涙しながら頷いている。

 なんで?


「ミヤよ。色々と疑って悪かった。私はあるじの第一のスライム、アウラ。あるじを神と讃える姿、賛辞に値する。今より仲間だ。紹介は各々おのおの後程やろう。今は今後の方針を決めねばならんからな。あるじ、どうする?」


 こういう重要局面はいつも私だよね。

 良いよ、今回は深刻じゃないし。


「もう大収穫があったから帰るだけで良いと思うな。他に何か案はある?」


 アウラもメルも、ロアもバーニィも、アドも頷く。

 ミヤだけが納得していない顔をしていたわ。


「これはあくまで提案だ。へ行かないか?」

「はぁ? なんであんなとこに行かなきゃいけないのよ?」


 バーニィが怒る。バーニィはどんな場所か知っているんだもんね。


「あの場所は、リリィ共和国首都、アルストロメリアの真北だ。私の考案した対城兵器が搬入されている可能性が高い。下手をすれば特施の者全員が戦争の最初の犠牲者になるぞ」


「……ウソよ……母様……お姉様まで……」


 バーニィの家族もいるのか。

 私は問う。


「行ってどうするの?」


「対城兵器の照準を変えるのさ。帝都、ギガンティアに。発射すれば帝都が危ういと脅す」


「抑止力ってヤツね」


 ミヤは私の手を握り、大きく振った。


「すごいな局長は! 抑止力の概念を理解できるのか! やっぱり局長だ! 私の理想の上司、おお、女神よ」


 大袈裟よ! だからみんな拍手しないの!


「分かったわ。じゃあ特施とやらに行きましょう。戦争の回避ができれば1番良いけれど、リリィ共和国や特施の人達を一人でも多く救えるなら行く価値はあるもの」


 みんなはうんうんと頷いてくれた。

 ミヤもカレーもどきをガツガツと食べて言った。


「美味すぎる、カレーとやら。アド君、お皿をありがとう。話は無事にまとまったかな。じゃあ寝よう。明日は早々に出発したい。そうすれば良い場所に村があるのでしっかり休めるだろう。だが、ここは二人部屋か? 狭くはないが、6人ではさすがに狭くないかな?」


 ミヤの疑問に、みんなは無言で答える。

 スライム姿になるのだ。


「あぁなるほど。それなら二人部屋でも問題ないな。では私も――」


 ミヤもダークスライムになった。

 アクアなロアとバーニィの炎で、温かいお湯でシャワーを浴びさせてもらい、みんなでサッパリしたところでおやすみする。


 6匹のスライムに囲まれて寝る。


 はぁ〜、最高の枕達。生きてて良かった。


 私はすぐに眠った。


「……あるじは寝たな?」

「今日は私。アウラ先輩とロアは離れて」

「しゃぁねぇなぁ――今回だけですよぉ」

「あたしはメルの反対、もーらいっと」

「えぇっと……じゃあ僕はお師匠の脚の間に……わぁ……スベスベ……」

「なんだ? 局長はこーゆーのがお好みなのか? じゃあ私は頭の上にでも。ふふふふふ」


 そして夜は耽けるのであった。


 宿屋での目覚めは、錯乱状態だったわ。


 だって、目を覚ましたら銀髪少女とツインテール赤髪美少女、緑髪の美少年に、黒髪ウェーブ美女が裸で両隣と頭の上と脚の間に寝てるのよ?


 ふわふわ、すべすべ、つやつや、ぷにぷに、やわやわ、ぷるぷる、つるつる、ぴちょぴちょ。


 え? ぴちょぴちょ? 太ももの付け根?


 ああああ!

 アドが私の太ももをはむはむしてぃるぅ!?

 あぶない! 位置的にアブナイ!

 でも動けない!


 金縛りじゃぁない。

 メルとバーニィが両腕をキッチリ掴んで離さないのよ。


 頭の上は、ミヤじゃん!

 程良いやわやわ……吸い付く肌……って一部スライム化してる!?

 私の髪の毛じゅわじゅわ言ってなぁい!?


「これから私は召されるのね。最高の死よ。神様、今までありがとう」


 私は全人類の夢を叶えて死ぬ。本望だわ。


「あるじ、私がいるから大丈夫だ」


 アウラがそっと助けてくれた。

 私をみんなから引っがし、救ってくれる。


「アウラぁ〜、大好きぃ」


 私は半べそでアウラのほっぺにチューした。


「しょうがないあるじだな、ふふ」


 アウラは優しく微笑んでくれた。


 私がいなくなり、空いた場所には吊り目のロアを投入する。


 私がいなくてワサワサと手を動かしていたメルとバーニィは落ち着いた。

 アドはまた、はむはむしている超可愛い。

 ミヤはまた溶解液を漏らしていた。


 スライム同士なら大丈夫でしょ。きっと。


「アウラ、朝御飯、手伝ってくれる?」

「相分かった。なんでも言ってくれ」


 そして私はアウラと一緒に朝食を作る。


 吊り目のロアが絶叫で目覚めるのと、ご飯ができた時間は全く同じだったわ。


 ちょっとだけ溶けたロアはアドが治す。太ももをついでに治したところを私は見逃さないよ?


 なんやかんやあったけど、朝一番でビルセイノを出発。


 ひたすら西へと向かう。


 村々を転々とし、とある地点から街道を南に外す。


 そこから丸2日。


 着いたよ。


 真っ白なドームがいくつも建ち並ぶ『特施』へと。

 

 ダークスライムのミヤが人型になる。


「馬車はここに置いて行った方が良いかな。ここで野営し、明日朝一番で潜入しようか。目的地はこの丘から見える特に大きいアレに乗り込むつもりさ」


 夕陽の向こうに見える特に大きなドーム。

 あれが目的地かぁ。結構な長旅だったわ。


 でも、これからが本番。

 道中何も無かったことは幸いだったけれど、変なフラグ立ってないよね?


 私達は野営の準備に取り掛かり、早めに就寝した。


 そして、運命の朝を迎えたわ。



ーーーーーーー ?? ーーーーーーー



 取るに足らないどこにでもいるシスター。


 それが私です。


 主よ、なぜ私はここで眠りに就こうとしているのでしょう?


 リリィ共和国から、ローザ帝国の特別施設援助委員に任命されただけですのに。

 

 これを見てしまったせいですか?


 教会のステンドグラスの向こうにある、巨大な兵器を。


 私は、純白の修道衣が血に染まるのを肌で感じ、冷たくなる体で這いました。


 外へ。


 誰か……。


 そこには、真っ白な――。

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