第16話 第三の街〜ビルセイノ

 交易都市ビルセイノは、ローザ帝国の帝都ギガンティアに次ぐ大都市。


 リリィ共和国とは敵対関係にあるものの、貿易においては一律に関税を掛け合い、互いの交易都市までという条件下の商売は、互いに利をもたらす結果となっていた。


 互いの交易都市は不可侵条約で結ばれているというのも大きい。

 有事の際は、最も安全な都市として王族や貴族が交易都市に集うのだ。


 もっとも、平時では逆になる。

 互いに密偵が行き交い、表沙汰にならない犯罪が跋扈ばっこする。


 人攫い集団『ワイルドローズ』は氷山の一角に過ぎない。


 これらの情報を、ビルセイノの宿屋で聞いた時は、来るんじゃ無かったと心底後悔したよ……。


「だがあるじ、おかげで他の裏組織の情報がバンバン手に入ったぞ」

「情報の宝庫。スライムと分身能力が反則過ぎ。この情報だけで当分は遊んで暮らせる」


 情報収集のメイン所であるアウラとメルは興奮気味だわ。


「だがよ、アウラ姐。その情報って……要約すると戦争準備だよな?」


 ちょっとロア、不吉なことを言わないで。


「ボス、ハイブリッド公爵家も見てきたわよ。私兵の数が3倍になってたわ。ま、やる気満々よね。どこも」


 バーニィの言葉に、私だけじゃなくアウラやメル、ロアも口をパクパクさせていたわ。


 だって、ハイブリッド公爵家って、交易都市ビルセイノの領主じゃない。


「さっき、アウラもメルも、スライム1匹すら入り込む隙が無かったって……」


「あら? 言ってなかった? 私の元の体、オリエル・ハイブリッドよ。ここの領主のむ・す・め。もっとも、ただの次女でメインは特施暮らし。時たまこっちで礼儀作法を学ばされるために帰されるだけよ。今回別件で帰されたと思えば、ブタ勇者の側室になれって。断ったら『ワイルドローズ』に売られたわ。抜け道は『ワイルドローズ』が使っていたわよ。まさか潰していないとは思わなかったけれど」


 とんでも情報じゃないの。

 まぁ、敢えて聞かなかった私が悪いんだけどね。

 ローザ帝国の貴族なのは知ってた訳だし。


 アウラもメルも何か言いたそうだけど、我慢している感じ。

 私も無茶するなって言いたいけれど、我慢するわ。


 バーニィも、思うところがあったんだと思うし。


「……別に未練なんて無いわよ。ただ……」


 バーニィは無理して言葉を紡ごうとする。

 次第に身体が震え始めた。


 だから、私はバーニィを抱き締める。


「少しは……あたしが死んで、心が痛んでくれるかなって……『ワイルドローズ』が壊滅して、悔しがってるかなって……。でも、『オリエルはちゃんと死んだな? それは良かった』って……それは無いでしょ? 実の娘なのに……さすがのあたしも――」


 私はバーニィの口を塞ぐくらい強く抱き締めた。


 バーニィは声をくぐもらせて泣いた。


 改めて思う。


 帝国、絶対許さないって。


 それは私だけじゃなく、バーニィ以外のみんなが怒りのオーラを放っていた。


 少ししてバーニィは落ち着いてくる。


「……ボス、ありがと。みっともないとこ見せたわね。でも、他にも有力情報は手に入ったわ。帝国お抱えの宮廷魔導士、ミヤ・ノーシロードが帝国機密を持ち出して消息不明になったらしいわ」


 宮廷魔導士? ミヤ? ナニソレ?

 アドも私と一緒に首を傾げてくれている。

 仲間がいてくれて嬉しい。


 こういうことに凄く詳しい垂れ目のロアが教えてくれた。

 

「宮廷魔導士、ミヤ・ノーシロードはローザ帝国が誇る研究者ですわぁ。兵器の研究開発から農業、治水、都市計画等の全ての政策に関わる頭脳を持つと言われており、リリィ共和国でも要注意人物指定されていますぅ。ただ、年齢はもちろん容姿も不明。巷では女であるとも言われたり言われなかったり……」


「ほぇ〜。ローザ帝国の幹部に女子? それが本当なら帝国ひっくり返るんじゃない? ふふ」


 私は自分で言って笑ってしまった。

 そんなバカみたいな話ある訳が――。


「それよ。ミヤ・ノーシロードは女よ。だから帝国は躍起になって探してんの。生死問わずでね」


 私だけじゃなく、バーニィ以外みんなの時が止まったわ。


「追加情報として、すでにこのビルセイノまで来ているらしいわ。リリィ共和国に亡命するつもり。つまりぃ? はい、ボス」


 バーニィはニヤリと私に微笑みかける。


「ミヤって人を保護してリリィ共和国に連れて行けば、色んな意味でかなり有利になるってことよね?」


 私は自信無さげに言ってみたが、バーニィは力強く頷いた。


「そーゆーこと。あんた達、死に物狂いで探しなさい! 当然あたしも探すわ。リリィ共和国、ひいてはボス、ついでにあたし達の未来が掛かってるんだから!」


 みんな、ビシッと敬礼する。

 思わず私も敬礼してしまった。


 日が落ちるまでもうちょっとある。


 私は……うろちょろするとみんなに心配をかけるので、食材の買い出しに行く。

 お留守番はアド。手持ちの材料で下拵したごしらえをお願いした。

 今日は晩御飯を用意し、そのまま報告会だもの。


 私はみんなのリクエストでカレーもどきにすることとなった。

 私の作るカレーもどきは評判が良いのよ。


 交易都市だけあって香辛料がそれなりにある。

 値は張るけれどみんなのため……エバラ村でも稼いだし、ちょっとくらい奮発してもバチは当たらないよね。


 リンゴとハチミツが売っていたので、日本で大変お世話になったアメリカのバーモント州由来のヤツを作るとしよう。


「あ! リンゴが!」


 たくさん買ったので、溢れたリンゴがコロコロと路地裏に転がってしまう。


 しゃがんで拾おうと思ったら、プニってした。


 ぷに? でも、私はよく知っている。


「……真っ黒スライム?」


 そう、スライムの感触だった。


 私の手が触れるなり、ビクッとして凄い勢いで離れる真っ黒スライム。


 私はジッとしてみた。言葉も出さないし、手も動かさない。


 すると、真っ黒スライムは私に寄ってきた。


 まるで路地裏の黒ネコちゃんであるカワユイ。


「お腹空いたの? あげるよ、ほら。リンゴ2つ」


 私は手に持つリンゴと、袋からもう1つ取り出し、転がした。

 まだたくさんあるので2つくらい問題無い。


 真っ黒スライムはリンゴの1つをガツガツと食べた。

 身体を上下に激しく揺らし、喜びを表現しているようにも見える。


「ねぇ、真っ黒スライムさん。私にテイムされてみる? 他にもスライムの仲間、たくさんいるよ?」


 真っ黒スライムは、もう1つのリンゴを食べようとして止まった。


「今日はこれからカレーもどき……香辛料をふんだんに使ったちょっと辛めの料理で、ご飯とすごく合うんだよ? スライムのみんなと食べるの」


 真っ黒スライムは、興味津々の様子で私ににじり寄ってくる。


 でも、ハッと我に返ったように、突然遠ざかった。


 そりゃ簡単にテイムなんかさせてくれないよね。


「気が向いたら遊びに来てね。ここから一番近い宿屋に泊まってるから。じゃあね、真っ黒スライムさん」


 名残惜しくはあるけれど、仕込みの時間が無くなっちゃう。

 私は急いで宿屋へと戻って、アドと一緒にカレーもどきの調理に入ったわ。


 日も落ちて夕食。

 みんな揃って、いただきますの挨拶。

 いただきますを言う慣習は無かったので、私が作った。


「美味いぞ、あるじ! いつもに増して美味い!」

「コレは格別。何杯でもイケる」

「うんめぇ! ――お館様、公爵家にも出せますぅ!」

「うっま! あたしの舌がザコになるじゃない!」

「美味しいれす、はふはふ。お師匠、さすがです!」

「ふふーん。もっと褒めて良いよ?」


 調子に乗る私。

 でも、みんなスプーンを置いて拍手してくれたわ。

 本当に美味しかったみたい。良かった。


 みんなの食欲が落ち着いてきたところで本題。


 今日の成果報告会だ。


 みんなスプーンとお皿を置く。

 アドもみんなに会わせて皿を置く。


「成果無しだ。すまない、あるじ」

「さすがに時間が短い。今日は無理」

「メル姐に同じくだぜ。明日は貴族街に乗り込むわ」

「あたしも、もう一度公爵家に行ってみるわ。何か情報を掴んでるかもだし」

「僕も……何かお手伝いできることがあれば!」


 成果無し、進展無し。


 まぁ今日いきなりでそりゃぁね。


「成果なんていきなり出るものじゃないと思う。こういう時こそ焦らず確実にだよ。ロアもバーニィも無茶はしないで。アドは私とお留守番してほしいな。料理を作るの、1人じゃ大変だから……大所帯になってきたし」


 私はみんなを見る。

 なぜかみんなスライムになった。

 

 数えろと?


 1匹、2匹、3匹、4匹、5匹、6匹……本当にいつの間にか大所帯になったなぁ。


 ん?


「6匹!? あ、真っ黒スライムさん! 遊びに来てくれたの!?」


 陰から路地裏にいた真っ黒スライムが出てきた。

 触手を手のように挙げて挨拶してくれている。


「あるじぃ! だれだこのスライムは〜? あるじと言えども浮気は許さんぞぉ!?」


 そうだそうだと他のみんなも揃って激しく上下運動をしている。


「何が浮気なの!? 路地裏でお腹空かせてそうだったから、リンゴを2つあげただけ!」


 ほらみんな、ふーん、みたいな反応しない!

 アドまでみんなと一緒の反応はちょっと傷つくな!


 でも、真っ黒スライムは紙とペンを私のバッグから取り出して、書いた。


『気が変わった。テイムして』


 私だけじゃなく、みんなも見たわ。

 みんなは円陣を組んでゴニョゴニョと何か話している。

 代表して人型になったアウラが結論を出した。


「私達の仲間になるなら、浮気の件は不問にしよう!」


 さよですか。

 まぁ余計な火種が無くなるのは良いことだよ。


「じゃあ、テイムするね。私の全力……受けてみよ!」


 真っ黒スライムは光った。テイム成功。

 いつもの儀式も始まった。


 骨は無かったはずなのに、真っ黒スライムが骸骨をペッペッペッと吐き出し、それをムシャムシャと食べた。


 なぜだぁぁあああ?


 疑問に思う暇も無く、真っ黒スライムが輝き始める。


 程無くして、ロングウェーブな黒髪のお姉様な美女に変化した。


 いつものように真っ裸だ。


 おっぱ……アウラ程ではないけど美。

 腰のラインも美。

 お尻もキュッと美しい。

 大きさが全てではない。

 希望がそこに、確かにあった。


「私に名付けを。と言っても、名前はあるのさ。復唱してくれるかぃ? ミヤ」


 え? お名前あるんですか?


「ミヤ。ミヤ?」


 混乱する私の手を取るミヤは、甲へと誓いのキスをした。


 ミヤのステータスが明かされる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ミヤ

Lv60 攻? 守? MP?000

ダークスライム、変化(MAX)

付与(MAX)、サクリファイス

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「私があなた達の探し人、ミヤ・ノーシロードさ。よろしくね、局長」


「「「「「「えぇぇぇええええ!?」」」」」」


 私達は、さすがに叫んだ。


 メルの驚く声を聞いたのは、これがきっと最初で最後。

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