第15話 安寧との決別

 吊り目のロアに覗き込まれる。


「大丈夫か? おやかた


 おっとイケない。アドの微笑に殺されるところだったわ。

 私は起き上がって、オドオドしているアドに聞く。


「アド、私はユリよ。こっちはロア。アドと同じスライムだからヨロシクしてあげてね」

「あ、そうなんですね。アドです。よろしくお願いします」


 アドはペコペコとロアに頭を下げた。


「おう、オレはロアだ。ヨロシクな。――私もロアよ、よろしくねぇ」


 吊り目のロアと垂れ目のロアが入れ替わって挨拶した。アドはびっくりである。


「ロアはアクアロックスライムなの。二重属性」


 私がそう言うと、ロアはスライムになり、アクアからロックに変わった。


「そうなんですね! 初めて見ましたぁ」


 目をキラキラさせているアド。ロックなロアも御満悦である。


「他に3人……いや3匹か。仲間がいるから、後で紹介するね」

「はい、ありがとうございます」


 ヤバい。アドの笑顔で心臓が止まるわ。

 でも、私はこの笑顔を曇らせる質問をしなければならない。


「アド、少し辛いけど、話を聞かせてほしいの。あなたは……エバラの村で、殺された子なのよね?」


 笑顔だったアドは、一瞬にして雨になる。

 涙が雨のように流れ落ちる。


「僕は……こんな国、嫌です。女だからって、父さんと一緒に暮らせない国なんて……普通に暮らせない国なんて……嫌です。だから……どうか……助けてください。父さんは殺されました。僕はもう、1人です。僕を連れ出してください。お願いします……お願いします……」


 アドは泣き崩れた。

 やっぱりこの子が憲兵に殺された女の子。


 自由も何もありゃしないわ。

 産まれる場所が、少し違っただけでこの差。

 まぁリリィ共和国で父親と一緒に、というのは無理だろうけど、母親と一緒には暮らせたのでしょうね。


 リリィ共和国もローザ帝国も、どっちもどっち感はあるわ。

 でも、殺すことは無いと思うの。


「ロア」

「はい、お館様」

「ここで適当に情報を集めてとんぼ返りする予定だったけれど、予定変更よ。徹底的に内情を探るわ。明日1日で商品を売って、その次の日には出発する。段取りを任せるわ。ごめんね、急な話で」

「いいえ。お館様の御心のままに」


 ロアはスライム姿に変わり、先に借りた家へと帰っていった。


「アド、私達は共和国の諜報員なの。怪しい動きを調べるため、協力して」


 私はアドに手を差し伸べた。

 アドは、私の手を掴んで立ち上がる。


「はい! お師匠! 僕、頑張ります!」


 やっぱりアドの笑顔は可愛い。

 でも、お師匠ってなーに?

 まだ何にもお師匠らしいことしてないわよ?


「とりあえず、エバラ村にいる間はスライムで居てね。窮屈かもしれないけれど」

「大丈夫です! お師匠のためなら、僕は頑張れます!」


 あら、急に元気になったわね。

 まぁ元気に越したことは無いから良いわ。


 私はアドを連れ、色々な話を聞きながら空き家に戻った。


 空き家に戻り、今後の方針を改めてメルとバーニィに話す。


「明後日には、アントワープと対なる交易都市、ビルセイノに向かうわ。そこで情報を集める。この村では、ビルセイノにまつわる情報を集めてほしいの。私やメル、バーニィはここで。ロアは無理のない範囲で物陰から噂話なんかに耳を立ててほしいわ。アドは念の為目立たないように。中の手伝いをメインで」


 みんな快く頷いてくれた。


 でも、何か忘れているような……。


「あるじ〜、あるじ〜、置いてかないでくれ〜、あるじぃ〜」


 やっば。アウラのことを忘れていた。


 金ピカのアウラが泣きながら戻ってきたわ。


「アウラ、ごめんネ。色々あって……」

「はじめまして。グリーンスライムのアドです。お師匠の第一のスライム、アウラさんですよね? よろしくお願いします」


 アドが美少年姿……じゃなくて美少女姿になって礼をすると、号泣アウラは瞬時に立て直したわ。


「むむ? そうか、グリーンスライムをテイムしたのか。少年のようだが……女か。……さっきのボロボロにされた家の子か?」


 さすがアウラ。察しが早くて助かる。そしてうまく誤魔化せた。今度お詫びに何かしてあげよう。


 私がそんなことを考えている間に、メルから簡単にアウラへと今までの話が伝えられる。


「相分かった。アドよ、辛かっただろうが、もう大丈夫だ。あるじは私達を救ってくれた。同じようにアドも救ってくれるだろう。心配はしていないが、あるじへの奉仕を怠るなよ?」

「はい、お師匠の世話係として頑張ります!」


 私のお世話係? それをアドに?

 慣れるのが早いか、心臓発作で死ぬのが早いか……。

 頑張って調整しないと……じゃなくて、奉仕ってナニ? 別にみんなを救ったつもりはないよ? だってテイムしただけだし。


 みんなはニンマリ顔で私を見ていたわ。


 有無を言わせないつもりね。


「はぁ~、もう良いわよ。好きにして。そう言えばアウラ、フォレストブルは?」


「ふっふーん。キチッと仕留めて来たぞ。外に3匹だ」


 アウラとロア、アドはスライムになり、他は人型で外に出る。

 フォレストブルが3匹、血抜きはされているようだ。


「メル、すまないが外では人型になれんのでな……」

「問題ない。ロアの水があるだけでだいぶ違う」

「ブルの解体は僕もできます。スライムのままでも……こうやって、こうして……」


 アドは空き家の敷地に植えられている木とロープを利用し、3匹のフォレストブルを綺麗に吊り上げた。


「おぉ。これなら私もスライムのまま手伝えるな」

「アド、ナイス。これなら日が暮れるまでに余裕」


 アウラとメルがアドを褒めちぎる。


 吊らされた3体のフォレストブルは手際良く解体された。


 アクアスライムのロアにより適宜水洗いされたので、可食部位がすごく多い。

 レバーやハツも問題無く食べられそうだ。


 解体中に村人がやって来る。


 本当は明日から売り出すつもりだったが、フォレストブルの内蔵は新鮮な内しか食べられないと村人も知っているらしい。


 私は特別に、レバーやハツ以外の内蔵……腎臓とか肺とか洗った腸の一部を売った。

 村長は頭を買っていった。脳みそを食べるらしい。

 まぁ食べられないこともないけど、私は遠慮しておく。


 今日だけで帝国銀貨30枚の売上げになった。主な内蔵以外を売っただけなのに、日本円にして3万円。ボロい商売だよね。


 夜ご飯は焼き肉。猪肉ミンチの腸詰めが大好評だった。

 貴族暮らしのバーニィやロアですら舌鼓を打っていた。

 アドなんか懐かしくて泣いちゃったくらいだ。


 さすがにみんな長旅で疲れたのか、私より早く寝た。


 私も寝る。


 そして誰よりも早く起きる。


 よし、今日は朝チュンの回避に成功だ。


 できる限り、一人でお店の準備をする。


「お師匠、おはようございます。朝から精が出ますね。朝御飯、昨日の残ったお肉でスープにしました。キリが良くなったら、みんなで食べましょう」


 私の次に起きたらしいアドが、私を労い、朝食の準備まで……新婚生活かな? アドは良い奥さんになる。断言する。


「結婚しよ」

「お師匠? 今、何か言いました?」

「え? ううん、何でも」


 あっぶない!

 欲望が理性を置き去りにしちゃってたわ!

 ドーマンセーマン! 煩悩退散!


 私は無心で開店準備を始めた。


 柱の陰から、だんご四姉妹が縦に並んでこちらを窺っていることを私は知らない。


「どどどどどーすんのよ。ボス、アドにゾッコンじゃない」

「このままじゃオレ達、昨日のアウラ姐みたいに――振り向かせるしかないですわぁ」

「由々しき事態。でも、アドみたいなのがマスター好み。ヨシヨシ」

「あるじに有能さをアピールするしかあるまい。やるぞ。あるじのために、この村から情報と金を巻き上げるのだ!」


 帝都から補助金が金貨5枚出たらしいのだけれど、この3日間で金貨3枚も私達に使ってくれたわ。


 金貨1枚分の商品しか持ってきて無かったけれど、アウラがフォレストブルやらビッグデールとか言う大きな鹿を狩ってきたり、その肉をバーニィが燻製にして売ったりして、そこそこのお金が手に入ったわ。


 村人もニッコリ、私達もニッコリ。


 みんな笑顔で、エバラ村を去った。


 私が御者をする。積荷でみんな、仲良く寝ていたわ。


 頑張ってくれて、ありがとう。

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