第14話 男達だけの村

 御者のメルも、外を歩く護衛のバーニィも、馬車の中で座る私もイライラを募らせていた。


「あ、あるじ〜。そろそろ機嫌を直してほしいぞ〜」


 私はテイマーでもあるため、護衛にスライムも同伴して良いことになっている。


 アウラはゴールデンスライム改め、ちょっと輝くイエロースライムという体裁ていさいで振る舞うことにした。


 ロックスライムもアクアスライムも、単独なら珍しいスライムではない。だから問題無く同伴させてもらえている。


「おやかたぁ、それはそれで需要あるんだって。ステータスだろ? おかげで見向きもされねぇんだしさぁ」


 ロックなロアは地雷を踏み抜いた。大爆発だよ。


「ロアを溶かすには、塩酸を濃縮したやつと硝酸を濃縮したやつを3対1で混ぜて……」

「イエス、マスター。私も手伝う。拘束ならばお任せを」

「濃縮ならあたしも手伝うわ。蒸留のやり方は理解してるもの」

「ひぃい!」


 私達はロアを一睨み。ロアは積荷の後ろに隠れた。


「ダメだロア。持つ者と持たざる者の認識の違いは大きい。尽くせ。とにかくあるじに尽くすのだ〜」


 私達は耳をピクリと動かした。


「アウラもきっと、よく溶けるわ……」

「イエス、マスター。アウラ先輩も、溶かす」

「ふふふのふ。スライムの、溶ける姿が、見てみたぁい」

「ぅぬぁぁあ! なぜだ〜!?」


 持たざる者で悪かったわね。


 そんなやり取りをしている内にようやく着いた。


 馬車での移動だったから1週間は掛かった。


 藁葺き屋根の家々が建ち並ぶ。


 ここはエラブ村。


 ローズ帝国領地。


 どこを見ても男。男だらけの村だった。


 朝靄あさもやが晴れた頃、私達が馬車で村に入る。

 すると、村の子供達が寄ってくる。

 小さな子の中には女の子も見えた。

 まだ特施とやらに入れられていない子供かな。


 そして村長らしきヨボヨボのお爺さんと、身なりを整えた青年がやって来る。


「ようこそ、商人様。何も無い村ですが、困ったことがあれば、この村長に相談くだされ」


 村長からの挨拶。青年も続けて教えてくれた。


「商人様用の空き家がございます。そちらをご利用ください。先に積荷と商品リストを確認させてください。その後案内致します」


 これはどこでもある慣例なのだそう。

 怪しいものを持って来ていないかのチェックだ。不思議なことではないわ。


「うわぁ! なんだ? スライム!?」


 ただ、積荷にスライムがいたことは驚いていた。


「申し訳ありません。私はテイマーでもあるのです。テイムしたスライムですので、害はありませんよ」

「は、はぁ、分かりました。まぁ、そうですね。スライムですから。村の者には知らせておきましょう」


 それは助かる。

 子供のイタズラでも、アウラやロアが虐められるのは嫌だ。

 いや、いっその事メルとバーニィと一緒に眺めようか……ってダメダメ。それはさすがに可哀想だ。


 アウラとロックなロアが何かを悟ったようで、私の傍に擦り寄ってプルプルしている。


「大丈夫。ちゃんと守ってあげるから」


 私が小声でそう言うと、アウラとロックなロアは号泣して喜んだ。そんなに?


 荷物検査が終わり、空き家に案内される。


「いやぁ、水と食糧がメインで助かります。今年は不作で……補助金は帝都から出ているのですが、中々まとまった量の購入ができず、苦労しているところでした」

「そうだったんですね。良い商売ができそうです」

「ははは、お手柔らかにお願いしますよ」


 他愛無い話をしながら先に進む。

 でも、途中の家の1つが、野盗にでも襲われたかのようにボロボロにされていた。


「あぁ、これはですね……まぁ帝都の方に向かうなら知ることになるでしょうし、お伝えします。この家は女を隠していたのです」


 え? 女を隠していた? それでこんな目に遭わされるの?


「女子は3歳から特施へ。それはご存知かと思います。この家の者は8歳まで、娘を隠していたのです」

「8歳まで? よく隠し通せましたね」


 一瞬だけすごいと感じたけれど、嫌な予感しかしない。


「誰がどう見ても少年にしか見えず、誰も不思議に思わなかったのです……お恥ずかしい話ですが」


 ああああ! 怒りが沸々とぉ!


「ちなみにその子は? 特施へ?」


「一家揃って……父子揃って逃げ出し、森で憲兵に……」


 え? 殺されたの?


「現場を見た訳ではありませんが、憲兵は抵抗したので殺したと言っておりました」

「そ、そうなんですね」


 私は短い言葉しか出てこなかった。

 怒りは、手を握って堪える。


 私は話題を逸らした。


「森へ薬草を取りに入ったり、スライムを運動させたりしたいのですが、勝手に入ってもよろしいですか?」


 青年はキョトンとした顔で問い返した。


「構いませんが、フォレストブルが出ますよ?」


 フォレストブルとは森で生きるイノシシだ。メルが涎を拭いている。


「狩ってもよろしいですか?」

「構いません。むしろ助かります。もし余ったら肉として売っていただければ」

「分かりました。多く取れれば、それも売りに出しましょう」

「ありがとうございます。こちらが、空き家になります。何かありましたら申し付けください」


 青年は私に深く礼をして、去って行った。


 空き家と言っても木組みの家だ。

 村の中で1番良い家かもしれない。


 それだけ商人が大事にされていると言うことかもね。豊かな生活をしているようには見えないし。


「荷運びと店の準備はメルとバーニィに任せるわ。ごめんね」

「マスター命令、遂行するのみ」

「ご褒美ぃ! 美味しい御飯、たーべーたーいー!」

「森でフォレストブル狩ってくるから。アウラが」


 その辺はアウラにお任せね。


「なら良いわよ。アウラ、あたし達のため、そしてボスのため、最低3匹狩ってきなさい。そうすれば……ロアもまとめて許してあげるわ。もちろんメルも、ボスも2人を許すわ」


 バーニィに命令されてちょっとムッとしたアウラだけど、許すという言葉を聞いてやる気を出していた。


「言ったな? バーニィ、二言は無いな?」

「ふふん、もちろんよ」

「よし、行くぞロア!」

「がってんだ! アウラ姐!」


 私は今日1番元気になったアウラとロアを連れ、森の散策へと向かった。


 森の散策を行う理由は、山菜や香草取りもあるけれど、アウラとロアの散歩の意味も兼ねている。

 ずっとスライム姿を強制されるのはしんどいらしい。

 だから人目のつかないところで人型にさせてあげるの。

 ワンコかな?


「よし! では、ちょっとばかしフォレストブルを狩ってくる! ロア、あるじを頼んだぞ」

「任されましたぁ。アウラさん、お気を付けてぇ」


 垂れ目のロアに見送られ、アウラは秒で見えなくなった。


「じゃあ、ロア。お肉に合う香草でも探そっか」

「はい、お館様」


 私はロアと香草を探すことにした。


 あまり野草には詳しくないけれど、ハーブ系ならそれとなく分かる。

 この世界では名前こそ違うけれど、匂いは同じなので大丈夫。


「お館様ぁ、コレなんてどうですか?」

「どれどれ……」


 この爽快で清々しい香りは、まさにローズマリー。


「うん、イノシシの肉に合いそうだね。ちょっと多めに摘んで行こう。肉が多く取れたら一緒に売れるし」


 私はせっせと摘んでいく。


「お、お館様ぁ!?」


 でも、ロアが叫んだ。何かを見つけたらしい。


「どうしたの?」

「アレを。グリーンスライムと……その……」


 うん、分かる。緑のスライムと骸骨だ。

 食べようとしているのかな?

 ちょっと観察してみる。


「グリーンスライムって、珍しいんだっけ?」

「ウィードスライムやフォレストスライムの進化系ですよぉ。色の名前付きのスライムはレアです」


 へぇ。バーニィもそうだけど、レアスライムなのね。


 グリーンスライムを見る。


 骸骨の前で、右にぴょんぴょん、左にぴょんぴょんを繰り返している。

 そして光った。

 その光を骸骨に与えている。


 何の儀式だろう?


「あれは回復魔法です……。骸骨の方を治そうとしておるのではないでしょうか……」


 なにそれ私を泣かせる気?

 絶対感動系の何かじゃん。


 見ればロアもちょっとうるうるしている。


 ならば私に迷いは無い。


 グリーンスライムの横にしゃがむ。


 私は骸骨に手を合わせた。


「ねぇ、グリーンスライムちゃん。この人はもう生き返らない。でも、あなたが変化へんげでその姿だけを生き返らせることができるわ。もし、それで良いなら、私にテイムさせて?」


 グリーンスライムは、半径50cmの円状にクルクル周って考えるような仕草をする。


 そして、私の足に擦り寄ってきた。


 だから、私はテイムする。


「全力全開……テイムするよ!」


 グリーンスライムは光った。テイム成功。

 いつもの儀式も始まった。

 

 グリーンスライムは骸骨をムシャムシャと食べた。


 しっかりと手を合わせておく。

 むにゃむにゃとお経も読んでおく。


「はんにゃ〜は〜ら〜み〜た〜じ――」


 読み始めたばかりだけどグリーンスライムが輝き始める。


 程無くして、緑の髪が目に掛かるくらいのショートボブヘアの華奢な美少年? いや、美少女に変化した。


 真っ裸だから女の子って分かった。


 おっぱ……男の子かな?

 腹筋が薄っすら……男の子かな?

 お尻はキュッと……男の子かな?

 こんな可愛い子が女の子な訳が……あれ? 私の概念がおかしいぞ?


「……僕に名付けを」


 僕っ子っ!?

 ダメダメ、この子は女の子。

 ちゃんと見たわ。女の子。


 グリーンスライムだから……。


「アド。あなたはアドよ」


 ダメだ美少年に相応しい名前しか出てこないぃ!


 だって突然過ぎるのよ!

 女の子だって思うじゃない!?


 いや、女の子なのよ!?

 私好みのショタ……じゃなくて美少女風美少年はマズいのよ!

 あぁ違う! 美少年風美少女!

 もっと時間をちょうだい?

 私の心を鎮める時間を! お願いしますからぁ!


 歩み寄るアドは、鼻血を垂らす私の前に膝をつき、優しく手を取って、甲へと誓いのキスをした。


 アドのステータスが明かされる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アド

Lv50 攻10 守10 MP10000

グリーンスライム、変化(MAX)

付与(MAX)、ハーベスト

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あ、鼻血が……治すね。ハーベスト」


 私は緑の光に包まれた。


 鼻血は止まったわ。


 それを見て、アドは微笑む。


 私は後ろに倒れた。


 撃ち抜かれたわ。


 私の心の大事な部分を。


 本当に良かった。アドが女の子で。


 男の子だったら、絶対にさらって結婚していたに違いないから。

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