第9話 交易都市の裏の顔

 馬車の中で、まずは自己紹介する。


 なぜなら、馬車にはキラキラ貴族も乗っているからだ。


「此度はお招きいただきありがとうございます。私はユリ。ユリ・アワケ。田舎の村から商売をするため、カノーコで商業ギルドに登録し、アントワープまで来たです」


 ガチガチに緊張していたけれど、噛まずに言えた。


「……公の場ではありません。形式上の挨拶は不要です。私はアルバイダー子爵家が当主、ダール・アルバイダーです。領主、ヒメサ・マウンタイン公爵の補佐をしております。娘のカーサが……お世話になりました」


 頭を下げるダールさん……。

 でも、吊り目のロアは誤魔化さない。


「……ダールっつったな。悪ぃが、オレはロアだ。おやかた……ユリの従者だ。それ以上でも以下でもねぇ。……あんたの娘は死んだよ。荒野でな」


 そっか。ロアはどう殺されたか覚えているんだ。


 ダールさんは真っ直ぐにロアを見る。

 涙が溜まるのが分かる。

 溢れそうな涙を堪えている。


「ユリさん……ロアさんは……この子……だけですか?」


 あぁ……、どういう訳かは知らないけれど、って……うぁぁ……。


「ロア……良いよ」


 私はこう言うしか無かった。

 垂れ目のロアが出てきたわ。


「ごめんね、ダールさん。、殺されちゃった」


 垂れ目のロアがそう言うと、ダールさんの目から涙が溢れた。

 嗚咽を堪えるも、溢れ出す。


 私もロアも、それを見守ることしかできなかったわ。


 子爵家に着くなり、ダールさんは嘘のように笑顔を振り撒いて、私とロアを招き入れた。


 そして応接間――を通り過ぎて、奥の分厚い扉を開ける。


 そこには応接間以上の豪華な部屋……VIP部屋があった。


「どうぞお掛けに。このメイドはバスティアーナ。最も信頼できるメイドです」

「メイド長をしております。ティアとお呼びください」


 ティアさんはメイドドレスの裾を摘まんで挨拶してくれたわ。


「ここでの話は他言無用を互いに約束しましょう。ユリさんも、公爵とまで繋がりのある私と関係を持つことはメリット以外無いはずです。可能な限り、あなたの望みを叶えます。だから……真実を……お願いします」


 ダールさんは、土下座した。


 貴族が土下座である。村娘と伝えたにも関わらずだ。

 ティアさんも、声には出していないが口を開けて驚いている。


 もう終わった……。


 私のスローライフは完全に終わった。


 でも、ロアを見捨てないと誓ったから、後悔はしていない。


「分かりました。お話します。但し、アウラとメルがここにやって来てからです。その二人がいなければ、私の話を完全に信じてもらえないでしょうから」


 私の言葉に、ダールさんは沈黙して考える。


「分かりました。お二人が到着するまで待ちましょう。バスティアーナ、手配を」

「すでに手配済みです」


 ティアさん超優秀では?


「では、その間に……カーサについてお話しましょう。お察しかもしれませんが……カーサは双子です」


 骸骨2つあったもんね。でも、名前が同じって言うことは……。


「カーサは……どちらか片方を影武者とするため、名前を同一にし、どちらにも平等に教育しました」


「どちらにも……という事は、状況次第でどちらかを選ぶつもりだったんですね?」


 ダールさんは頷いた。

 ひどい話だと、眉をしかめる私。


 でも、吊り目のロアが私に言った。


「影武者なんて珍しい話じゃねぇよ。貴族は大抵やってる。ただ、双子っつうのが強ぇ武器だったんだ。――アルバイダー家はそれでヒメサ公爵を支えていたんですよぉ。私達は、懐刀として重宝されていましたぁ。私達も……納得済みですよ、お館様」


 途中から垂れ目のロアになった。

 貴族社会って……政治の闇もこんな感じなのかな……。


 でも、今の話しぶりは


 ダールさんはまた涙が溢れており、ティアさんも驚いて、震えて、涙を浮かべている。


 ロアは大事にされ、愛されていた。それは私でも分かったよ。


「私はロアとして、今後ともお館様に尽します。正直に言いますが、記憶を継承し、この身体を再現しているに過ぎませんわぁ。ダール様も、その方が都合、よろしいかとぉ」


 そう言って、ロアはアクアスライムへと変化した。


 ダールさんとティアさんは後退りする程に驚いていた。


「あるじ〜、話すのだな〜?」

「マスター、詳細は分身が聞いている。説明不要」


 いつの間にか金ピカスライムのアウラと、まん丸金属のメルが居た。


「メタルスライム!? と……まさかゴールデンスライム!? ……ユリさん……あなたは、テイマーでしょうか?」


「アウラ、メル、ロア。人型へ」


 私が指示を出すと、3人は人型に変化し、私に跪く。


 それを見たダールさんは、腰を砕くように、椅子へと座った。


「申し訳ありません。私が指示した訳じゃないのですが、テイムした瞬間に、なぜか目の前の骸骨をムシャムシャと食べてしまいまして……」


「素材が必要……【変化へんげ】ですね? ですがスライムが変化など……まさか【付与】もお持ちですか?」


 私は心の中で全力謝罪しながら頷いた。


やましい気持ちは微塵も無い、とだけお伝えさせてください。信じてもらえるかは分かりませんが」


 娘の遺体をスライムに喰わせたも同義だもの。

 普通なら許さないと思うわ。


「いえ、ユリさんに嘘偽りが無く、こうしてもう一度娘と……会わせていただけたこと、最大の感謝を」


 ダールさんとティアさんは、私に深く頭を下げた。


「兵達には他人の空似と伝えておきます。捜索願も取り下げましょう。ただ、1つお願いがあります。あと、伝えたいことが1つ」

「できることなら、協力します」


 私が即答すると、ダールさんは笑顔になり、ティアさんはもう一度頭を下げた。


 ロアと私、2人で別室へ行く。


「カーサお姉様!? ああ! 行方知れずと聞き、心配しておりましたのよ!?」


 そこには、ロアの妹、フランが居たわ。

 まだだいぶ幼いわね。見た目、中学生になってないわよ。


「ごめんねぇ。ちょっとゴタゴタに巻き込まれちゃったぁ」

「そんな……もう一人の……カーサお姉ちゃんは?」


 お姉様とお姉ちゃんで言い分けていたのか。うまいわね。


「大丈夫よぉ。ちゃんと無事。でも、今日はお別れを言いに来たの」


 フランちゃんは、ロアに抱き着き、イヤイヤと首を振る。


「フラン。お姉ちゃん達は、死んだことになるの。それくらい、大事なお仕事」

「イヤです! お姉様やお姉ちゃんに会えないなんてイヤ!」


 ロアはフランをギュッと抱き締めた。


「あなたが当主になって、落ち着く頃には手紙を出すわぁ。その時、遊びに来なさい。待ってる。がんばれ、フラン」


 ロアはフランから離れた。

 フランの目から、大粒の涙が流れる。

 手をグッと握り締めて、フランは耐えていたわ。


 そして、再び応接間の奥の部屋へと戻った。

 ダールさんは、頭を下げて待っていた。


「ありがとう……ございます」


 顔を上げ、涙を拭くダールさん。

 そう、お願いとは、ロアの妹とお別れの挨拶をしてほしい、ということだった。


「それで、伝えたいこととは?」


 私もアウラも、メルもロアも顔は険しい。

 察しは付くからだよ。


「……娘、カーサを連れ去り、殺した者達についてです」


 そうして私は交易都市の裏の顔を知ることになった。


「カーサを連れ去ったのは【ワイルドローズ】という奴隷売買組織です。裏社会ではそれなりに有名ですので、名前くらいは御存知かと」


 そうなの? と言う顔で、アウラ達を見る。

 頷いた。


 知らないの、私だけだね。

 アウラが補足してくれる。


「簡単に言うと、人攫い集団だ。ローザ帝国の組織。相手は男共。女を道具のように弄び、売り物にならなければ平気で殺すクズ共だ。だが、なぜロア……いや、カーサは殺された? 子爵家の令嬢だろう? 売るのが理に適っていると思うが」


 アウラはロアを見る。吊り目のロアが言った。


「……ヒメサ公爵の娘、オト・マウンタインに手を出そうとした野郎に歯向かった。それで馬車を突き落とされた。先にアクア、その後でオレだ。3人いりゃ1人くらいって思ったんだろ。アクアが突き落とされ、奴らは口論。まだ2人いるとか抜かしやがった。だからオレが1人道連れにした。ま、オレだけ死んだ可能性が高ぇけどな」


 ロアの話を聞き、また涙を浮かべるダールさん。


「娘達は、オト様を守って殺された……ということでしょう。十分に有り得ます」

「だが、まだ無事とは限らねぇよ。いつだ? 攫われた日はよ?」

「2週間前です」

「そりゃ逃げられるだろ……」


 ロアはがっくりと肩を落とした。

 でも、ダールさんの目には光が灯っていたわ。


「おおよその位置は掴みました。バスティアーナ」


 ティアさんが地図を広げた。


 アントワープの東には荒野が広がっている。


「国境の封鎖は即座に行いました。まだ共和国の外には出ておりません。おそらくは、この辺りにアジトがあるものと思われます」


 岩場の多い場所らしい。


 って、ちょっと待って。


 わざわざ敵のアジトを教えるということは?


 私はダールさんを見た。ダールさんは首を横に振る。


「この情報は差し上げるだけです。我々は、何も強要致しません。お約束します。此度の報酬は……商業ギルドに回しましょう。手配に3日お時間をください。商売の資金にでもしてくださいませ」


 私はホッとする。


 でも、アウラ達の目が冷たかったことに、私は全然気付けなかった。

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