第5話 カノーコ防衛戦

 夜になった。


 まだアウラもメルも帰って来ない。


 だから私は早々に寝たわ。


 休める内に休む。


 夜中に何かあっても良いように。


「マスター、起床を」


 メルの声で目を覚ます。

 脳はすぐに覚醒する。寝ぼけていないわ、大丈夫。


「メル、アウラは?」


 人間姿のメルしかいない。なんで? まさか……。


「アウラはやることがあると、まだ森に。大丈夫。ドラゴンとは接敵していない。していたら、ここまで音がするから分かる」


 私はホッとしたけれど、それってつまり、すぐそこにいるってことよね。


「リコさんには?」


「報告済み。ドラゴンの糞を渡しておいた。もうすぐ避難の鐘が鳴る。マスターも早く」


 私は頷いて、メルの手を取る。


 逃げる準備は整ったわ。


 宿屋から出たところで町中に鐘が打ち鳴らされる。


 一瞬で、静かな町は悲鳴に溢れた。


「マスター、こっち」


 メルに手を引かれ、町の外へ向かう。


 でも、私は見てしまった。


 泣き叫ぶ子供達を、母親が一人で連れて行こうとする。

 子供達は、動けない。

 母親の手は2つしかない。3人の子供と母親は、動こうにも動けないでいた。


「お手伝いします。さぁ、避難を」


 私は母親に抱かれる1歳くらいの子を受け取り、町の外へと一緒に避難する。


 メルにも手伝ってもらった。

 お婆ちゃんを1人、背負ってもらっていた。


「マスター、だいぶ遅れた。早く、私達も逃げる」


「ダメ、まだ避難できていない人がいる!」


「マスター? 理解不能。なぜ見ず知らずの人間を助ける?」


 足を止めて、私はメルへと振り向いた。


「ワガママだって分かってる。でも、見捨てられないの。どうしようもなくなる最後まで……私は何とかしたい。お願い、メルも……協力して。お願いします」


 私はメルに頭を下げた。



ーーーーーーー  メル  ーーーーーーー


 従者に頭を下げるマスター。


 テイムされたモンスターは奴隷も同然。


 命令すれば良いのに、マスターはしない。


 マスターは、こういう人間だと、森で偵察した時にアウラ先輩は言った。


「あるじは優しい。だから、私はドラゴンを見つけ次第、対応策を取る」


「対応策? 逃げる以外の選択肢? そんなもの無い。無謀。却下」


 私は言った。でも、アウラ先輩は笑った。


「ハッハッハ。それでもあるじは逃げないだろう。そんなあるじだからこそ、私は救われた。メルもそうだ。弱ったメルを見て、あるじはテイムしたんだ」


 ……確かにそう。

 覚えている。


 溶かされた私を見る慈しむ眼差しを。


 メタルスライムの魔石は、割に合わないと言われる。

 それでも10年は遊んで暮らせる金貨が手に入る。


 マスターはそれを拒み、私をテイムしたということ。知ってか知らずかは知らないが。

 

「メル、あるじを頼む。何があっても守れ。私が絶対に、何とかする」


 アウラ先輩とは、その後別れた。


 何をするのかは知らない。


 でも、私はマスターの命を守る。悪事しか働いていない私の運命を救ったマスターを。


 それだけだ。



ーーーーーーー  ユリ  ーーーーーーー


 ふぅ。


 メルのおかげで、カノーコから逃げ遅れた人達を町の外へ連れ出すことに成功した。


 今は最後の見回り中。


 もう私とメルしか、カノーコにはいない。


「よし! メル、逃げるよ!」


 でも、メルは首を横に振ったわ。


「【絶対なる壁】起動」


 メルはスキルを発動させた。

 光の壁が現れると同時に、火炎のブレスがメルの目の前で割れ、私の横を通り過ぎた。


「もう無理。でも、守る。マスターは、命に変えても、私が守る!」


 メルは短剣を2つ抜き、立ち向かう。


 私の身長の10倍もある黒いドラゴンへ。

  

 瞬時にドラゴンの顔に乗り、眼に短剣を突き立てるも刃が通らない。


 ドラゴンは頭を振り上げてメルを空へ飛ばす。

 すかさず尻尾を鞭のようにメルへとしならせた。


 メルは避ける。


「メル! 避けてぇ!」


 でも、私の叫びは空しく響き、ドラゴンの右爪がメルの左腕を斬り飛ばした。


 メルはクルクルと回って私の前に降り立つ。


「片腕くらい問題ない。でも、無謀。マスター逃げて。私でも、そう保たない」


 そう言って、片腕だけになったメルはドラゴンにまた挑む。


 私のせいだ。


 私がメルに、無理強いさせたから――。


「マスター! はやくっ!」


 私はメルに怒鳴られ、ようやく逃げ始める。


 背を向け、走る。


 後ろでは、メルの短剣が、ドラゴンの鱗に突き立てられる音だけが、いくつも鳴らされる。


 衣服と皮膚が裂かれる音がする度に、メルの短剣の音が減る。


「ごめんなさい! メル……ごめんなさい!」


 泣いている場合じゃないのは分かってる。

 謝って済む問題じゃないことも分かっている。


 その時、ズパンと、何かが勢いよく斬られ、飛ぶ音がした。


 それは、逃げる私の前に転がったの。


 メルの首だった。


「あ……メル……」


 私はメルの首の前で、膝を折った。

 ううん、腰が抜けてしまった。


 大きな陰が、私を覆う。


 月明かりに照らされた黒き龍は、私に向けて右腕を振り上げて、メルの首を刈り取った時と同じように私の首を――。


「あるじぃい!」


 アウラの声がした。

 そう思った瞬間、アウラが剣でドラゴンの爪を受け止めた。

 アウラは爪を弾く。


 それから目にも止まらぬ速さでドラゴンに斬り掛かる。


 でも、ドラゴンは爪を振り上げた。


 アウラが宙を舞う。


 私の前に落ちたアウラ。


 上半身だけのアウラ。


 私は、軽くなったアウラを抱く。


「大……丈夫だ、あるじ。これ……を……」


 アウラは、弱々しく、黄金の冠を、私の頭に乗せた。


「もう……大丈夫……あるじなら……ドラゴンを……」


 そしてアウラは目を閉じた。


「私のせいだ……私のせいで、メルも……アウラも……」


 涙が溢れて、止まらない。

 全部私のせいなのに、メルもアウラも、私なんかに、付き合わせてしまった。


 私一人で、やるべきだった。


 頼るだけじゃなく、頼られる存在になるべきだった。


「大丈夫、あるじならドラゴンも倒せる。やれ!」

「アウラ先輩が言うならそう。とっととやる」


 2人の幻聴が聞こえた。


 ありがとう。


 私はそう呟くと同時に、強く念じる。


 このドラゴンに【死】を。


 ドラゴンは、私に向けて尻尾を叩き付ける寸前だった。


 でも、止まった。


 ドラゴンは突然周囲を窺う。

 キョロキョロして、挙動不審になっていた。


「ふふん。やはりあるじの方が適性があったな!」


 上半身だけのアウラがニンマリしている。

 え?


「アウラ先輩の読み通り。そしてさすがマスター」


 生首のメルも喋ったぁぁあ!?


 私は言葉にならず、口をパクパクするだけだった。


「あるじ? あぁそうか。見た目は人間だが、中身はスライムだぞ? 切断されたくらいで死にはせん」

「頭にコア。これが無事なら何でもできる。尚、首から下は、今足止め」

「私も下半身は尻尾や爪にこびり付いているな。あるじへの直接攻撃回避用だ。もう安心して良いぞ!」


 そっか。そうだよね。スライムだもんね。血も出てないもんね。実質暴力描写無しだよね。


 でも、私の涙は止まらない。


「良かったよぉ。アウラも、メルも、無事で良かったぁぁあああ!」


 アウラとメルは、笑顔を見合わせていた。


「だがあるじ、そろそろ来るぞ。少し高い場所へ避難してくれないか?」


 私はアウラに言われ、アウラを背負い、メルの頭を抱いて、無事な家屋の屋根へと上がる。


 ドラゴンとは少し距離を取った。


 メルの体に巻き付かれているようで、ドラゴンは身動きが全く取れていない。


「ギリギリだった。ドラゴンの力が強過ぎ。もう解かれる」


 私はメルの頭をお疲れ様と言わんばかりに撫でた。


「ねぇアウラ、これから何が始まるの?」


 アウラは指差した。


「来たぞ、我らが同胞が」


 指差す先には金ピカのスライムが1匹……いや、奥に2匹目、まだ奥に3匹、4匹……うぇえ? 数え切れないくらいいる。


 アウラは言った。


「ドラゴンのステータスはおおよそ攻撃力1000と防御力1000だ。対してスライムは共に1程度。しかし、溶解液は防御無視の性質を持つ。ゆっくり溶かして捕食する。それが我らスライムだ」


 アウラは拳を握り締める。


「準備に手間取った。私のスキル【黄金の冠】は、スライムを従える。この黄金の冠を被る者をあるじと定めてな。1万匹のスライムの波。ドラゴンよ、どこまで耐えるか……見せてみろ!」


 アウラのスキルによって金ピカになったスライム達は、ドラゴンによじ登る。

 ドラゴンはブレスを吐くも、金ピカスライム達に効果は無……いや、死んでる……でも、ドラゴンの足は金ピカのままだ。


「……まさか黄金死?」


 私はナニを言っているのだろう?

 でも、適切な言葉が見つからないの。


「溶解液で溶けなければそうなるな。死んでも張り付き、その部位を黄金とする。これが私の【黄金の冠】の力だ。もっとも、これだけの数のスライムが増殖してくれたからできたことだ。偶然の賜物と言えよう」


 アウラの言う通り、金ピカスライムがドラゴンを覆い尽くした。

 窮鼠猫を噛むじゃないけれど、最後にドラゴンはブレスを吐いた。


 頭まで、完全に金ピカとなったドラゴンは、息すらできなくなり、その生涯を終えた。


 私達は、勝っちゃった。


 ドラゴンに勝っちゃった。


「うむ、これであるじの名声も高まるな!」

「豪華な食事に期待も高まる。ワクワク」


 アウラとメルは喜んでいるけれど、ダメでしょ。


「ドラゴンを倒せる人間って、この世にどれだけいるのかな?」


 私は聞いて、アウラは言った。


「そんなの、勇者だけだ! ……ハッ……」


 自分で言って気付いたらしい。


「退却! 撤退! 面倒事になる前に! 次は交易都市アントワープ! 私はのんびり暮らしたいの! そのために、お金を稼ぐのよ! 勇者なんて危ないことは、私絶対やらないからね!」


 幸いにして、旅の準備は出来ている。


 私達は夜逃げの如くカノーコから去ったのだった。

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