第35話 見えない仕草

「受付の水晶玉やタロットカードって、未来を見るためじゃないんですね?」


カグヤがアゲハさんに訊いた。


「そうよ。迷っている人が決断するためのサポートアイテムよ。

 水晶玉なんてただの石なんだから、未来なんて大層なものが見えるわけないじゃない」


アゲハさんはあっさり言った。

占い師とは思えない言説ではあったけど。

ここまでのアゲハさんの話を聞いていれば理解できる。


「買う人いるんですか?」


わたしは水晶やタロットが受付で売られていることが気になった。


「いるわよ。例えばこう言うの。

『タロットを一枚引いて、偶数が出たら行動、奇数が出たら休む』

悩んだ時はそれを指針にしてみてって」

「なるほど」


それは手軽で分かりやすい指針だった。


「あなたたちも買っていく? 服選びに迷ったらタロットでも使えば楽よ」

「あぁ、確かに」


カグヤは納得していた。

服に番号を振って、タロットで出た数の服にすれば良い。

そうやって決めれば選択の痛みがない。

合理的だ。


「外れてもタロットのせいにできるわ。

 タロットが駄目だったら他の占いに変えれば良い。

 精神的な拠り所ってそうやって作っていくの。

 自分が楽になる占いを自分で見つけられるのが良いことだと思うのよ」

「おおっ!」


すごく納得のいくライフハックだった。


「さて、私の占いの仕組みの話はこれでおしまい。

 分かってもらえたかしら?」

「ええ。とても勉強になりました」


選択の痛み。

占いのことだけじゃない。

今後の生活について、人間の心理について考える上でも大切になりそうな概念だった。


「占いの仕組みの他にも聞きたいことがあったわね」


アゲハさんはわたしたちに確認する。


「はい! わたしたちが仲良くなる方法についてです!」


わたしは元気よく答えた。


「わたしに聞かなくても、充分仲良いじゃない」

アゲハさんは苦笑交じりに言った。

それはそう。

特に困っているわけではない。

ただ「名前的に相性が良いね」とか「10年以内に結婚する」とか、占いらしいことを言ってくれることを期待しての質問だ。

ちゃんとした占いの話を聞いた今となってはどうでもいい。

アゲハさんの占いはそういう占いではない。


「今日は面白い話が聞けて本当に良かったです」


わたしはぺこりとお辞儀した。

カグヤも合わせてお辞儀をする。


「それは良かったわ」


アゲハさんもそう言ってお辞儀をしてくれた。


「最後に一つ訊きたいことがあるんですけど」

「何かしら?」

「アゲハさんって、本当に目が見えないんですか?」


わたしの言葉にアゲハさんの表情が固まった。


「サイリ、何を言っているの?」


カグヤが動揺していた。

わたしが唐突に失礼なことを言っていると思ったらしい。

ただ。

わたしにとっては気になって仕方がなかったんだ。


「カグヤは気にならなかった?」

「何が?」

「わたしたちがお辞儀したら、お辞儀し返してくれたこと」

「あっ!?」


ついさっきの話。

わたしもカグヤもお辞儀した。

そこには何の音も発生していない。

目の見えないアゲハさんがお辞儀を合わせられるのは不自然でしかない。


「あと、カグヤの目線に合わせてアゲハさんが顔の向きを変える場面もあったわ」

「そんなとこあったの?」


カグヤは気付いていなかったらしい。




~~~~~~~~~~

ロバが餓死するなんて、選べないだけで命を落としてしまうなんて想像できない。

「そんなことで死ぬかしら?」

カグヤも困惑した様子でつぶやいた。

カグヤはわたしの方を見る。

アゲハさんもわたしの方に顔を向けてから、ゆっくりとうなずいた。

「実際にそんなことはないと思うわ」


~~~~~~~~~~


「あと、わたしたちが首を振っただけなのにアゲハさんが反応していたわ。何の音もしていないのに」

「本当によく見ているわね」


カグヤに褒められた。


~~~~~~~~

「『ビュリダンのロバ』という話をご存じですか?」

アゲハさんはわたしたちに問う。

カグヤと私は顔を見合わせ、首を振る。

アゲハさんはふふっと息を漏らした。

「聞いたことないです」

と、わたしは素直に答えた。

~~~~~~~~


これら一つ一つは大したことではない。

たまたまアゲハさんの動きと、わたしたちの動きが重なっただけかもしれない。

でもこう、いくつも重なるとさすがに偶然では済ませたくない。

こんなにもアゲハさんの動きが、まるでわたしたちを見ているかのような動きになるなんて。


「どうですか、アゲハさん。なんでアゲハさんは、わたしたちの動きが見えているかのような反応ができるんですか?」


わたしはアゲハさんの閉じた瞳を見つめる。

これまでの話を聴いてきて、アゲハさんは相当信頼のおける人だということが分かった。

だったら、こういう疑問にも答えてくれるはず。


「ふふっ」


アゲハさんは笑っていた。


「良い質問でしたか?」

「ええ。そうね。順を追って説明しようかしら」


アゲハさんがそう言ったときだった。


じりりりりりりりりり


机の上にあったアラームが鳴った。


「あっ!」

「あら?」


最初に受付で説明してもらった。

アゲハさんと喋る時間は20分。

その20分が来てしまった。


「時間、来ちゃいましたね」

「残念。また今度いらっしゃい。続きはその時にしてあげるわ」


アゲハさんはわたしたちに微笑んだ。


「延長ってないんですか?」


わたしは食い下がってみる。


「今日は予約で先が埋まっているの。ごめんなさいね」


そう言われたら仕方がない。

今日は帰ろう。


「では今日は帰ります。ありがとうございました」


わたしは立ち上がってお辞儀をした。


「ありがとうございました」


カグヤも立ち上がってお辞儀をした。


「ありがとうございました」


アゲハさんは笑顔で手を振った。


「また来ます」


わたしは名残惜しくて一言添えた。


「よろしくね」


アゲハさんの声を聞きながら部屋を出た。

ラルチザンの香りが鼻に残った。

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