第32話 占い屋


放課後の街は、夕焼けに染まる中で少しずつ賑わっていた。

学校帰りの学生たちが駅へと急ぎオフィスビルのサラリーマンたちも足早に帰路に就く。

そんな中、サイリとカグヤは商店街に足を踏み入れていた。


「本当にここにあるの?」


カグヤが半信半疑の表情で問いかける。

わたしはスマホの地図を確認しながら、少し自信なさげに頷いた。


「うん、確かにこの辺だと思うんだけど……。あ、見つけた!」


指差す先には、目立たない小さな看板が掲げられた店があった。

その看板には手書きの文字で「ヒメジャノメ」と書かれている。

木製の扉とガラス越しに見える内装は、どこかレトロで神秘的な雰囲気を漂わせていた。


「今時、手書きの看板って……ここ、ほんとに大丈夫かな……怪しくない?」


カグヤが不安げに呟く。


「占い屋って、こんな感じのところが多いんじゃない?」

「それはそうかも」


カグヤはなんとなく納得してくれた。

わたしは扉に手をかけた。

きしむ音を立てて開かれるドアの向こうから、微かな線香の香りが漂ってくる。

二人が店内に足を踏み入れると、薄暗い照明に包まれた小さな部屋が広がっていた。

壁には奇妙な紋様が描かれたタペストリーが掛けられており、棚には古びた水晶玉やタロットカードが並べられている。

いかにも占い屋。


「いらっしゃいませ」


受付のカウンターから声をかけられる。

和服を着たお姉さんだった。


「こんにちは。予約していた四季咲サイリです」

「こんにちは。初めてですよね?」

「はい、そうです」

「二人一緒とのご予約でしたがよろしいですね?」


お姉さんが予約していた内容を確認してくれる。


「はい。二人でお願いします」

「今日は何を訊きたいですか?」

「わたしたちが仲良くなる方法と、」


わたしは少し間をとって考える。


「と?」

「占いの仕組みについてです!」


わたしはきっぱりと口にした。

占い師にそんなことを訊くのは失礼かと思ったけど。

でもわたしが気になるのはそういうとこなのだ。

受付のお姉さんは面食らっていた。

それでもすぐ笑顔に切り替えて対応してくれた。


「分かりました。10分ほど待ってくださいね」


お姉さんはそう言うと、メモを取って奥の方へ向かっていった。

わたしとカグヤは椅子に座って待つことにした。


「占いの仕組みなんて教えてくれるのかしら?」


カグヤは不安そうに訊いた。


「でも、ちゃんとした仕組みを聞かないと、カグヤは占いなんて信じないでしょ?」

「まぁ、それはそうなんだけど。そもそもちゃんとした仕組みがあるとも思っていないわよ」


占いを根本から信じていないとそうだとは思う。

わたしもそんなに根っこから信じているわけでもないけれど。

でも占い師が占いの仕組みをどう説明してくれるかは興味がある。


「こういう基本的なことを訊いてみるのって面白そうじゃない?」

「まぁ、面白そうではあるけれど」


カグヤはそもそも占いに来ること自体に乗り気ではなかったけれど。

でもこういう知的探求になら乗ってくれる。

わたしもそういう話が好き。


「じゃあ、二人一緒にどうぞ」


受付のお姉さんに呼び込まれる。

わたしとカグヤは二人で部屋に入った。


薄いカーテンをめくって現れたのは、こぢんまりとした部屋だった。

部屋の中央には丸いテーブルがあり、その上には古びたランプがぼんやりと暖かい光を放っている。

窓はカーテンで覆われており、外からの光は一切入ってこない。

そのため、まるで時間が止まったかのような静寂が部屋全体を包んでいた。

そして微かなラルチザンの香り。

いかにもな雰囲気。


部屋の奥に座っていたのは、一人の若い女性。

彼女は静かにこちらを見上げ、まるで二人が来るのを待っていたかのように微笑んだ。

薄いグレーの着物に身を包み、瞼を閉じていた。


「ようこそ。どうぞお座りなさい」

「はい! よろしくお願いします!」


その言葉に促され、わたしとカグヤは向かい合うようにしてテーブルの前に座った。

木製の椅子が微かにきしむ音を立てる。


「私の名前はアゲハ。

 二人のお名前を訊いても良いかしら?

 偽名でも良いわよ」


偽名でも良いのは驚きだ。

名前の画数とかで占うわけじゃないのか。


「サイリです」

「カグヤです」


わたしたちは実名で答えた。

特に偽名を名乗る必要もない。

本名で予約したし。


「二人とも高校生?」


声だけで年齢の見当がつくのだろうか?


「はい。高校の同級生です」

「じゃあ、手を握らせてね。

 まずはサイリさん、手を出してくれるかしら?」


アゲハさんはこちらに手を伸ばす。

わたしは右手を差し出した。

アゲハさんの両手がわたしの手を包む。

アゲハさんの柔らかい感触がわたしの手の隅々まで撫でまわす。

その感触は、まるで洗濯仕立てのタオルだった。


「きれいな手ですね」


思わず感想を漏らした。


「そう? 良かった。これがサイリさんの手ね。覚えたわ」

「手の形を覚えるんですか?」

「ええ。私は人の顔が見れないからね。声と手の形で覚えているの」


そう。

アゲハさんは盲目の占い師。

瞼を閉じたその顔でわたしたちと対面している。

目が見えないけど、その人と会話することで占いをしている。

最近メディアにも取り上げられて有名になっている。

その占い方法は対話。

相手とおしゃべりして占うらしい。

手相や人相を見て占いをするわけではないのだ。


「手の形を覚えられるんですね。そんなに人によって違うものなんですか?」

「ええ。顔くらいには違うわよ」


アゲハさんはにこやかに答えてくれた。


そういえば以前握手クイズというのをした。

セーラさんの企画で、カグヤも一緒に参加した。

目を閉じた状態で何人かと握手して誰が誰かを当てるクイズ。

なぜか感が冴えていて、6人分全員しっかり正解した。

カグヤはわたしの手だけ正解した。

普段から触っている手は分かるみたい。

しょっちゅう手を繋いでいるから、そこは絶対に間違えない。

いつものか、そうでないかぐらいは簡単に分かる。

しかしそれ以外の区別は難しかった。

女の子の手なんて、みんなぷにぷにで柔らかくて、触っていて気持ち良いものだから。


アゲハさんはカグヤの手も触る。

わたしのときと同じように丁寧に。


「やっぱりわたしの手とは違うんですか?」


気になって訊いてみた。


「ええ。全然違うわ。サイリさんの手はもくんって感じだけど、カグヤさんの手はふるんって感じよ」


聞いたことのない擬音で答えてくれた。

可愛い言い方だ。

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