第26話 カグヤの反論

セーラさんの推理をまとめると。

セーラさんを殺した凶器(おそらくナイフ)を隠す時間的余裕があるのは、わたしサイリのみ。

うん。

かなり致命的。

わたしにしか犯行は不可能。


「さて、サイリちゃん。反論はあるかしら?」


セーラさんはわたしを詰めてくる。

まずいな。気の利いた反論が思いつかない。

何か言わないとわたしが犯人で決定になりそうな流れ。

でもこの流れを打開できる言葉が思いつかない。

厳しい。

何か口を挟むべきだけど、挟むべき言葉が頭にない。


「ちょっと良いでしょうか」


そのとき、口を挟んだのはカグヤだった。


「カグヤ?」


何か打開策が思いついたの?


「あら、カグヤちゃんが喋るのね」

「ええ。気になることがあるので」


カグヤの口調は落ち着いていた。

今のわたしみたいにわたわたしていない。

頼もしい。


「私の推理に変なところがあったかしら?」


セーラさんは挑戦的な言葉を口にした。

自分の推理に自信があるのか、それとも反論があったことに動揺しているのか。


「推理の前提に引っ掛かるところがありますね」

「前提?」

「セーラさんが殺された凶器です」


進行係のトコヨさんからのメッセージによると

==========

被害者2:セーラ

死因:鋭いもので頭部を斬られて死亡

死亡推定時刻:朝10:30~11:00頃

==========

ということなので、凶器は鋭いもの。


「私は頭をいきなり切りつけられたから死んだのよ。後ろから襲われたから、ナイフか何かだと思うわ」

「その凶器が見つかっていないのに『犯人はナイフを隠した』という前提で話が進んでいるのは強引じゃないですか?」


おおっ!

それは鋭い指摘だ。

確かに言われてみるとそんな気もする。


「そうかしら? 凶器が見つかっていないのだから、犯人が隠したと思うのは自然だと思うけど?」


セーラさんは狼狽えてはなかった。

落ち着いてカグヤに言い返す。

それを受けてカグヤも淡々と説明し出す。


「セーラさんが死んでいたときの状況を思い出して欲しいんだけど、何か不自然なところはなかった?」


カグヤがわたしに訊く。


「不自然なところ?」


わたしには心当たりがなかった。

1階のトイレ。

被害者はセーラさん。

首から血が流れていた。

頭を殴られたのかもしれない。

近くに凶器は見当たらない。

流しで鏡を見ているときに、後ろから殴られたとか、切られたとか?

流し台には水がちょろちょろと流れていた。


「なんで水が流れていたと思う?」


なんでだろう?

そんなに気にかかることかな?


「セーラさんが倒れた拍子に流れちゃったとかじゃないの?」


わたしは予想を口にする。


「そうかもしれないわね。でも水があるなら別の可能性が思い浮かぶの」

「別の可能性?」

「凶器が水で溶ける可能性よ」

「……水で溶ける?」


その発想は無かった。


「もっと言えば氷だったとかね」

「氷!?」

「氷を鋭い形にしてセーラさんを殺害したとかね。その後、お湯を流して溶かしてしまえば凶器隠滅よ」


なかなか信じがたい理屈だった。

そんなんで凶器になるんだ?

案の定、セーラさんが反論する。


「氷って人を殺傷できるほど鋭くできるかしら?」


それは当然の疑問だった。

わたしだって信じられない。


「無理だと思います」


カグヤはきっぱりと言った。

顔には一片の曇りもない。

とても自信満々だった。


「えっ? ……無理なの?」


今、できる流れだったよね?

行方不明の凶器は、氷だったのだ!

これが隠された真相だ!

って流れだったよね?

無理なの?


「そんな殺人事件聞いたことないし」

「確かにわたしもないけれど!」

「家庭用冷凍庫が凶器製造機になっていたら、規制がかかるわよ」

「そうなるよね!?」


それなら、カグヤは一体何の話をしているの?

ここまでのカグヤの話、全部無駄じゃない?


「でも、セーラさんは自分の論を通すことはできないわ」

「そうなの?」

「ええ。結局凶器が見つかっていないのだから、こんな荒唐無稽な話だってできちゃうわ。

 セーラさんの推理を通すなら、凶器が判明してからじゃないと通らないわ」


セーラさんの推理では、セーラさんを殺した凶器(おそらくナイフ)を隠す時間的余裕があるのは、わたしサイリのみ、ということだった。


「確かに私の推理は『犯人が凶器を隠すなら』という前提があるわね」


セーラさんはカグヤの言いたいことを理解したようだった。

わたしはまだ付いていけてないんだけど?


「そうですよね。『犯人が凶器を隠すなら』、隠す時間があるのはサイリだけ。

 という話でした。

 でも、すぐ隠せるような凶器かもしれません。

 水に溶けるような凶器かもしれないし、食べてしまえるような凶器かもしれません。

 それが分からない以上は、サイリを犯人と断定するのは無理だと思いますよ」


カグヤの論理が決まった。

これは技あり。

見事にセーラさんの推理を否定できた。

他の人の顔を見る。

スミレさんもツツジさんも、うんうんうんと頷いている。


「なるほどね」


セーラさんも納得したようだった。


「これでわたしへの疑惑は全部晴れました!?」


わたしは笑顔でセーラさんに確認する。

なんとかセーラさんの攻撃を耐えきった。

もうわたしが犯人である証拠はないはず。


「そうね。私から出せる証拠はもうないわ」

「やった!」

「でも最後に一つ」

「まだあるんですか!?」


さっきまでの安堵は一瞬で散った。

しかし、これで最後らしい。

頑張って耐えないと。

なんとか身の潔白を証明して、真犯人を見つけ出さないと。

気を引き締める。


「犯人がサイリちゃんである証拠は無いけど、サイリちゃんでない証拠も無いの」

「……そうですね」


自分が無実である証明は難しい。

悪魔の証明ってやつで、本来なら説明義務は発生しない。

でも、このゲームだと自分の無罪を証明できたら強い。


「私の推理披露権はこれでおしまい。

 でも、証拠が足りなかっただけでサイリちゃんが怪しいとは思っているから」


まあ。

それはそう。

わたしが犯人という証拠はなかったけれど。

わたし以上に怪しい人はいない。

依然として不利なまま。

もしかしたら、この後でスミレさんかツツジさんがとどめを刺しにくるかもしれない。


そうなる前に真犯人を見つけ出したい。

















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