第23話 セーラの推理

セーラさんの推理が披露される。


「じゃあ、まず事件をおさらいしていきましょうか。

 最初の事件は初日の夜ね」


セーラさんは自分のメモを見ながら皆に説明してくれる。


「カグヤが殺されたときですね」


わたしは合いの手を入れる。

==========

被害者:月乃海カグヤ

死因:平らなもので全身を押しつぶされて死亡

死亡推定時刻:深夜2:00~4:00頃

==========


「そうね。殺し方は分かりやすいわ。夜の間にスタッフルームに行って、カグヤちゃんの部屋の天井を落とすだけ」


そう。

カグヤの部屋は密室だった。

ドアには錠がかかっていて、鍵は部屋の中。

カグヤを圧死させるにはこの方法しかない。

この方法に異論はない。


「これがわたしがやったって証拠はあるんですか?」


わたしはセーラさんに訊く。

そこが重要なのだ。

わたしが犯人である証拠なんてない。

実際やってないし。


「あるわよ」

「わぇえ!?」


びっくりした。

びっくりしすぎて変な声が出た。

わたしは殺していないんだから証拠なんてあるはずがない。


「スタッフルームで天井を操作できるのを知っていたから」

「あぁ、あぁ!!」


そういえばその件で疑われていたんだった。

今思い出した。

わたしってもとから不利じゃん!

みんなの中で犯人第一候補じゃん!


「他の人が知らなかったスタッフルームの存在を知っていた。天井の操作ができそうなパソコンを知っていた。サイリちゃんだけなのよね」


確かにそこを切り取ると、わたしが一番怪しいのではあるんだけど。


「でも他の人も知っていたけど、知らない振りをしているだけかもしれないじゃないですか?」


わたしは反論する。


「そうね。だからこれでサイリちゃんが犯人確定ではないわ。

 ただ可能だったってだけよ」


セーラさんは淡々と説明する。

この状況証拠だけでとどめを刺しにきたわけではないらしい。

この後、一体どんな証拠が突き付けられるんだろう?

はらはらどきどきだ。


「決定的な証拠は無いんですね?」

「ここはね。情報を整理してから見せてあげるわ」

「…………え?」


セーラさんは不敵な笑みを浮かべて答えた。

決定的な証拠があるの?

いや、あるはずないんだけど?

なんでそんなに自信満々な良い顔しているんだ?

惚れちゃいそうになりますけど?


「……サイリ」

「え? な、なに?」


横にいるカグヤに唐突に肘で小突かれた。


「もうちょっと顔を引き締めなさいよ。容疑者としてカメラに抜かれているんだから」


カグヤが小声で忠告してくれる。


「そんなに変な顔してた?」

「猫が生クリームを舐めたような顔しているわよ」

「どんな顔よ!?」


そんな楽しい雑談はともかく。

顔は引き締めておかないと。

わたしは両手で顔を揉んだ。

集中しないとね。

よし!

しっかり頭を働かせよう。

わたしは犯人ではないのだから。

セーラさんの推理はどこかに破綻があるはず。

それを見破らないと。


「話、続けるわね」


セーラさんはわたしとカグヤのやり取りを見てにこにこしていた。


「お願いします!」


わたしは気合を入れて返事をした。


「それで二日目の朝に行く前に、夜のうちにサイリちゃんが仕込んだことがあるわ」

「仕込んだこと?」


わたしがやっていないことを、わたしが仕込んだことにされている。

まったくもって身に覚えがない。


「シチューに毒を入れたのよ」

「あぁ!」


スミレさんが死んだやつだ。

朝、スミレさんとツツジさんがシチューを用意してくれた。

そのシチューの中に辛子、もとい毒が入っていたのだ。

==========

被害者3:スミレ

死因:朝食に混入された毒で死亡

死亡推定時刻:朝10:30~11:00頃

==========



「夜の間に調理室に行って、冷蔵庫の中のシチューに毒を入れたのよね?」


セーラさんが同意を求める。

ここで簡単に同調してはいけない。

徹底的に反抗しなければ。


「わたしが入れた証拠はあるんですか?」


証拠証拠ってくどいようだけど、きちんと毎回確認しないといけない。

わたしが論理の穴を見落とすわけにはいかない。

セーラさんの推理をみんなが納得してしまったらゲームオーバーだ。

犯人の勝利になってしまう。

ちょっとでも気になるところがあるなら突っかかっていかないと。


「無いわよ」


セーラさんはきっぱりと言い切った。


「無いんですか!?」


てっきりあるかと思ったんだけど?


「ただ、あのときのサイリちゃんは動きが怪しかったわよ」

「動き?」


いつでもどこでも清廉潔白を心がけているのに?


「あのとき、私と一緒に調理室に行ったわよね?」

「そうですね」


セーラさんと天井の点検口を確認しているときだった。

スミレさんが呼びに来てくれて、セーラさんと一緒に調理室に行った。


「サイリちゃんがそこで何をしたか覚えてる?」

「調理室で?」


何かしたっけ?

ちゃんと覚えていないけれど。

シチューは食べていないことは確かだ。


「手を洗ってきますって調理室を出て行ったのよ」


セーラさんはメモを見ながら言った。


「よくそんなことまで記録してますね」


わたしは感心していた。

特に気になるような会話でもないのに。


「シチューを見た途端にそんなことを言い出したから、自分が先に口にしないように逃げたんじゃない?」


鋭い指摘だった。

わたしからすれば見当違いではあるんだけど。

周囲の人からすれば、それなりに説得力が感じられる推察だ。

これは苦しい。

だってこの後に何を言っても、後付けの理由に聞こえる。


「単にトイレに行きたかったんですよ」


確かそうだった気がする。


「怪しいわね。本当かしら?」


わたしの反論に疑いの眼が向けられる。

セーラさんだけでなく他の皆もわたしを疑っている。

そうなるわよね。

こういうのは先に言ったもの勝ちになってしまう。

異人殺しのフォークロア。

一度合理的な理由が形成されてしまっては、ひっくり返すのは難しい。


「一応、反論があります」


そのとき手を挙げたのはカグヤだった。


「え? カグヤちゃん?」

「カグヤ?」


予想外のことで驚いた。

カグヤは淡々と説明してくれる。


「あのときサイリは天井の点検口を調べた直後でした」

「そうね」

「その直後だったので、手が埃まみれだったんです。今から食事する皆の前で気合入れて埃を落とすのがはばかられたので、トイレに行って手を洗おうとしたんです」


カグヤが丁寧にわたしの心情を説明してくれた。


「そうなの?」


セーラさんがわたしに確認する。


「そうなの?」


わたしがカグヤに確認する。


「なんでサイリがわたしに確認するのよ? 自分の気持ちでしょうが」


いや。

今朝のことではあるけれど。

そんな細かい心持ちなんて覚えてないよ?









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