第15話 そして誰もいなくなってから


わたしは階段を昇る。

素知らぬ顔で一段一段踏みしめる。

後ろにはカグヤ。

わたしの後姿を撮影している。

今から死にに行くわけなんだけど、上手に死ねるかな?

まぁ、そんなに気合を入れて演技しなくても良いとは思うんだけど。


4F 8(空 室)  1(スミレ)  6(空 室)

3F 3(サイリ)  5(セーラ)  7(カグヤ)

2F 4(空 室)  9(ツツジ)  2(空 室)

1F ロビー、キッチン、風呂、スタッフルーム、トイレ


3階に昇る。

左端3号室がわたしの部屋。

意を決してドアの前に立つ。


「よしっ!」


気合一発。

わたしは部屋のドアを開ける。

すぐに線香の香りが鼻をくすぐる。

良い気分になる桜の香り。


「うっ!」


わたしはその場に倒れ込む。

膝から崩れ落ちて畳に突っ伏す。

その様子をカグヤが背後から撮影している。

カメラ映りが気になるなぁ。

わたしがもらった指示はこう。


==========

サイリちゃんは、3人の死体を発見したら自分の部屋に戻ってね。

サイリちゃんの部屋では線香が焚いてあるわ。

それが毒ガスという体だから、線香の香りを感じたらその場で死んだ振りをしてね

==========


まさか参加者が全員死ぬことになるとは。

このミステリーゲームでは一体何が起きたんだ?

わたしは倒れたままでも、ぐるぐるといろんなことを考えていた。

すると進行役のトコヨさんがやってきた。

カメラの前に立って語りだす。


「さぁさぁ映像を御覧の皆様、いかがだったでしょうか?

 ミステリーゲームの参加者はみんな死んでしまいました。

 一体誰がどうやってこんな惨劇を生み出したのか?

 そのトリックについて推理してみてください」


トコヨさんは映像用のナレーションを吹き込んだ。

それが終わると、わたしに話しかける。


「はい、OKだよ、サイリちゃん。死んだ振りはお終いね」

「了解です」


わたしは起き上がった。


「じゃあ、今から幽霊パートをするから、みんなでロビーに集合ね」

「幽霊パート?」


どうやら、このミステリーゲームはわたしが思っていた以上に複雑な構成をしていたらしい。

最初に日常パートがあって。

カグヤが死んだ第一の事件が起きて。

推理パートが始まって。

わたしの監禁事件があって。

気付いたら全員殺されてしまった。

そして今から幽霊パート?

一度死んだみんなもロビーに集合することになった。


トコヨさんとセーラさんが相談している。


「セーラ、首に血糊が付いているから拭いてきなよ」

「ああ、そうね。がっつりシャワー浴びてきても良い?」

「良いわよ。じゃあ30分後ね」


スミレさんとツツジさんも身だしなみを整えている。


「ツツジ、服にケチャップが付いたままよ」

「そう、取れていないのよ」

「着替えてきなさいよ」

「そうね。ただ、スミレも口にケチャップが付いたままよ」

「え? 本当?」


一応、みんな殺された体ではあるのだけれど、和気藹々とした雰囲気。

ミステリーゲームをみんなで楽しんでいる。


「ねぇ、カグヤ」

「どうしたの、サイリ?」

「誰が犯人だと思う?」

「そうね。サイリではなさそうだけど」


カグヤはわたしの目をじっと見ている。


「そう?」

「だってずっとカメラで追っていたし。サイリが犯人ならスタッフルームに閉じ込められないでしょ」

「それはそうね」

「他の殺人だってサイリが出来た暇はなさそうだったし」


結構信頼性の高い論理ではある。


「ちなみに、わたしもカグヤが犯人じゃないって分かっている」

「そうなの?」

「昨日、一緒にお風呂に入ったじゃない?」

「そうね」

「『カグヤが犯人だったりする?』『いや、違うけど』って言っていたから」

「その言葉を信じるの?」

「だって心音に乱れもなかったし」


あのとき、わたしはカグヤの背中に直にべったりしていたから、心音がばっちり聞こえていた。


「サイリってそんな芸当ができたの? 心音を聞いたくらいで嘘かどうか分かる?」

「カグヤが動揺したかどうかくらいなら分かるわよ」

「それを確かめるために、風呂場であんな質問をしたの?」

「そうよ。あのタイミングから、カグヤは犯人じゃないような気はしていたわ」


意味もなくあのタイミングで質問したわけではない。

事件が始まりそうなタイミングでいろいろ気を張って探りを入れていたわけなんだけど。


「ずるくない?」

「ずるいと思ったから、誰にも言わなかったのよ。まぁ、この状態になったら、もういいかと思って喋ったけど」


わたし視点からしたらカグヤは犯人ではなさそう。

それはここまでの行動からも理屈付けられる。

最初に死んじゃったし。

その後はずっとわたしを撮影していた。

わたしをスタッフルームに閉じ込めるなんてこともできなかったし。

そういった状況からしてもカグヤは犯人ではなさそう。


「私達二人で無ければ、誰が犯人なんだろうね?」

「それはかなり悩ましいわね」


現状、5回の殺人事件が起きた。

カグヤは深夜に部屋で死んでいた。

セーラさんはトイレで血を流して死んでいた。

スミレさんはキッチンでシチューを食べて死んでいた。

ツツジさんは自分の部屋で胸を刺されて死んでいた。

わたしは自分の部屋で毒ガスを吸って死んだ。

この連続殺人事件の犯人を推理する。


「はぁ~い! それじゃあ幽霊パートの説明をするわね!」


進行役のトコヨさんがみんなを集める。

わたし、カグヤ、セーラさん、スミレさん、ツツジさん。

参加者は5人。


「わたしたちは幽霊なの?」


セーラさんが訊く。


「そうです! 皆さんは幽霊です。今からみんなで相談してみんなを殺した犯人を突き止めてください」

「相談して?」

「相談しても良いし捜査しても良いわ。ただ真犯人は嘘をついて犯人だとばれないようにしてね」


自分たちが幽霊になって自分たちを殺した犯人を探すのか。

ミステリーゲームがこんな展開になるのは驚きだ。


「まるで人狼ゲームね」

「そうね。ただ人狼ゲームとの違いは、犯行の証拠が転がっていることよ」

「なるほど」

「犯人の嘘を見破らなくても、証拠が揃えば犯人が分かるわ。みんな頑張ってね!」


トコヨさんがみんなにエールを送る。


「すごいシナリオですね」


わたしはトコヨさんに賛辞を送った。


「ありがと。ぱっと見、全員が犯人でもありえるようなシチュエーションにしたの。このミステリーゲームは死んでからが本番よ」


トコヨさんは満足気に胸を張っていた。

確かにこれだけのシナリオを作ったんだ。

誇って良いと思う。

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