第9話 一日目 風呂

ミステリーゲーム初日。

19:00。

スマホに指示が来た。


==========

19:00入浴

22:00 就寝


翌日


7:00 起床

起きたらロビーへ行ってメイクをしてね

8:00 ロビーに全員集合

==========


タイムスケジュールが送られてきた。

かなりざっくりとしたものだった。

合間は何をしても良いのかな?

他の4人もスマホを確認している。

似たような指示が届いているのだろう。


「ねぇ、カグヤ」

「何?」

「一緒にお風呂、入ろっか」

「良いわよ」


おっ。

すんなりOKしてくれた。

カグヤにも同じ時間に入浴の指示が書いてあったのかもしれない。

トコヨさんからの指示は詮索しちゃいけないことになっているので、踏み込んで確認はできないけど多分そういうことなんだろう。


わたしとカグヤは二人で風呂に入ることになった。

風呂は1階にある。

家庭用よりは大きめだけど、温泉ほど大きくはない。

5人で一斉に入るにはちょっと狭い。

何人かで順番で入ることに決まって、最初はわたしとカグヤが入ることになった。

二人で流し台の前に立ってメイクを落とす。


「結局、今日は何も起きなかったわね」


カグヤと今日、起きたことを振り返る。


「ミステリーゲームらしいことなんてなかったね」

「みんなでお喋りして、ご飯を作っただけだったわ」

「この調子で本当に事件なんて起きるのかしら?」

「事件はいつだって唐突に起きるわ。前触れなんてない。何かが起きるって分かっている今の状況が珍しいのよ」


確かにそうだ。

未来に事件が起きることが分かっていてそわそわすることなんて、あんまりない。


「いや、あるわよ。前もって事件が起きるのが分かっている状況」

「そう?」

「占い」

「あぁ、そういうのもあったわね」


前もって「分かっている」と言って良いかどうかは怪しいけども。

占いで悪い結果が出た日は一日中びくびくしながら過ごすかもしれない。

でも、そこまで占いに没頭している人の方が珍しいか。


「カグヤ、ツツジさんから教えてもらった占い屋さん、一緒に行こうね」

「興味ないわよ?」

「わたしは興味あるのよ。せっかくだから一緒に行こうよ。横で話を聞いているだけで良いから」

「まぁ、それくらいなら付き合ってあげても良いけど」


二人でどこかに出かけるときはだいたいそう。

わたしが提案してカグヤを連れまわす。

当たり外れはあるけれど、カグヤと一緒に何かしている時点でだいたい当たり。

それはそうとして。

今はお風呂である。

脱衣所で服を脱いで浴室に入る。

シャワーの前に座って、身体を洗う。


「カグヤ、背中を流して良い?」

「良いわよ」


一緒にお風呂に入る楽しみはこれだ。

わたしはカグヤの背後に座る。

カグヤの小さい背中を、泡の付いた手で撫でる。

カグヤの肌とってもすべすべで気持ちが良い。

まるで他人が触るために作られたかのような絶品の肌触り。


「ああっ、最高!」


カグヤは触っていてとても気持ちの良い身体なのだ。

普段からこんなにべたべた触らしてはくれない。

こんなにじっくり肌感を味わえるのは、こうして一緒に風呂に入るときだけ。


「そんなに良いものかしらね?」


触られている当人は最高品質である自覚は無いらしい。


「天国のベッドシーツってこんな感触だと思うの」


わたしはカグヤをぎゅっと抱きしめて、背中に頬ずりする。

カグヤはそれでも嫌がらない。

慣れたものだ。

正面の鏡を見ながら、顔を洗っている。

初めて一緒に風呂に入ったときは、なかなか触らしてもらえなかったけれど。

付き合って2年も経った今なら、こんなに堪能させてもらえる。


「ねえ、カグヤ」

「何?」

「カグヤが犯人だったりする?」

「いや、違うけど」


違ったか。

ミステリーゲームの進行上、犯人はそろそろ何か仕掛けているかもしれない。

まぁ、カグヤが犯人だとしてもこんな形で正体をばらしてはくれないだろう。


「明日が楽しみだね」

「そうね。ただ、あんまり長湯していたら、セーラさんたちに悪いから、すぐ上がるよ」

「ええ!? もっと触りたい……」

「また今度ね」


よし。

言質は取った。

またの機会にも触らせてもらえるらしい。

そんな感じで二人で風呂場でいちゃついていた。

それから寝室に移動する。

階段をあがって3階。

エレベーターはない。

わたしは左端の3号室。

カグヤは右端の7号室。


4F 8(空 室)  1(スミレ)  6(空 室)

3F 3(サイリ)  5(セーラ)  7(カグヤ)

2F 4(空 室)  9(ツツジ)  2(空 室)

1F ロビー、キッチン、風呂



「じゃ、おやすみ」

「おやすみ。また明日ね」


カグヤとお別れして、3号室に入る。

殺風景な6畳間。

畳の上に布団があるだけ。

机もないし、棚もない。


「ま、いっか」


どうせ寝るだけだし。

わたしは鞄を部屋の隅に置いた。

布団の上に寝っ転がる。

スマホで時刻を確認する。

時刻は20:30。


「本でも読むか」


寝るにはまだ早い。

スマホで電子書籍を広げる。

読書用の本は図書館で紙の本を借りることが多い。

ただ漫画は電子書籍で買っている。

こうした旅先で軽く読むことができるからだ。

ミステリー系の漫画を数冊読んだ。

今日は何も事件が起きなかった。

でも明日は何か起きるに違いない。

やっぱり名探偵みたいにかっこよく名推理の披露をしてみたいな。


……………いや、そもそも謎が解けるかどうかも怪しい。

ミステリーに登場する事件はどれもこれも難解だ。

自分がこの立場だったら解決できる気がしない。

作中に出てきた手掛かりを繋ぎ合わせて、隠された事実を考える。

普段はやらない思考法だ。

学校の試験とは違う。

試験では何をどう考えていくかは、習ったことを繋ぎ合わせればできる。

ただミステリーは勉強したことが出るとは限らない。

むしろ過去の事件と一致している事件にあうことが少ない。


それに事件の解決のための手掛かりを集めるのってめちゃくちゃ難しそう。

小説は基本的に必要なことしか書いていない場合が多い。

でも、現実はそうはいかない。

指紋や血液やDNA採取なんて簡単にできない。

難しいトリックに使ったような小さな傷跡も発見できるかどうか怪しい。

なかなか難しいことの方が多い。


でも楽しみだな。

一体どんな事件が起きるだろう?

カグヤと一緒に名探偵を目指そう!


そんなことを考えながら時刻は22:00。

普段はこんなに早く寝ることはないけれど。

指示にあった就寝時間だ。

部屋の電気を消して布団に潜る。

明日が待ち遠しい。

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