第4話 セーラの紹介
セーラさんは動画配信者である。
わたしとカグヤがセーラさんに出会ったのは去年のこと。
わたしたちが中学三年生のとき。
セーラさんは大学生。
謎解きイベントに行ったときに、そこにいたセーラさんに目を付けられた。
セーラさんは動画企画に参加できる人を探していたところ。
謎解きの好きそうなわたしたちに声をかけてもらって、わたしとカグヤはセーラさんの動画企画に参加することになった。
わたしたちが最初に参加した企画は暗号バトル。
自分たちで暗号を作ったり、他の人の暗号を解読したりするゲームだった。
カグヤがはりきっていたおかげで優勝したっけ。
あれから一年近く経過した。
セーラさんの動画にたくさん出演した。
わたしとカグヤはセットで出ることが多い。
チームでクイズをしたり謎解きをしたり。
いろいろ楽しいことをさせてもらっている。
とても可愛がってもらっている。
今回のミステリーゲームもその一つ。
「リアルミステリーゲームですか?」
一ヶ月前のこと。
わたしとカグヤは打ち合わせのためセーラさんのスタジオに来ていた。
「そうよ。楽しそうでしょ」
セーラさんが、わたしとカグヤに今回の企画を説明してくれた。
「リアル脱出ゲームみたいな感じですか?」
「そうね。雰囲気は近いかも。ただ今回は架空の殺人事件が発生するの。それをみんなで捜査して犯人を当てようってゲームね」
「なかなか難しそうですね」
わたしは説明を聞いた第一感を口にした。
殺人事件なんて実際に体験したことがない。
まぁ、体験がある人の方が少数だろうけど。
しかもそれを捜査するだなんて。
普通は警察か名探偵のお仕事だ。
「サイリちゃんってよく本を読んでいるけど、ミステリーは読まないの?」
「あんまり読んでいないですね。青春物とか恋愛物を読むことが多いです」
最近のお気に入りは武者小路実篤。
『友情』が面白かった。
「カグヤちゃんはミステリーを読むことはある?」」
セーラさんがカグヤに訊く。
「私も全然読んだことがないです。私が読むのは科学的な学術書がほとんどなので」
というわけで、わたしもカグヤもミステリーには縁がなかった。
「わたしは好きなのよ。シャーロックホームズとかエルキュールポアロとか。小さい頃からよく読んでいたわ」
セーラさんがミステリー好きなのはしっくりくる。
セーラさんは謎解き系動画配信者である。
わたしは動画配信のことは疎いけれども、界隈ではかなり人気もある配信者なのだそうだ。
そんな人気配信者にわたしとカグヤは気に入ってもらっている。
何度も動画に参加したことで、わたしとカグヤもそこそこ顔が知れ渡っている。
街を歩いているとたまに「動画を見たよ」って声を掛けられることもある。
それくらいセーラさんのチャンネルは有名だった。
頭脳系を売りにしているセーラさんだ。
ミステリーが好きなのは納得がいく。
「ホームズとかポアロの名前は聞いたことありますが、内容は知らないですね」
有名所ではあるけれど読んだことはない。
タイトルを聞いたことはある人は多いけれど、実際に読んだことのある人はかなりのミステリー好きだろう。
「そういう人が多いでしょうね。でもなんとなくのイメージはあるでしょ? 事件が起きて、手掛かりを集めて、推理して、謎を解くっていう流れよ」
「そうですね。そういうイメージはあります」
「ミステリー小説でよくあるような事件を実際に起こして、推理するゲームをするのよ」
「面白そうですね」
ミステリーを読んだことはないけれど、雰囲気は想像できる。
普段は体験できないようなシチュエーションで、自分の頭脳をめいいっぱい働かせるのは楽しそう。
わくわくしてきた。
「もちろん、実際に誰かが死ぬような殺人事件を起こす訳ではないわ。あなたは犯人に殺されてしまったので、死んだふりをしてくださいっていう指示が出るわ」
「なるほど。演劇みたいなものですね」
「そうそう。というわけで、この日程で宿泊の準備をして欲しいの」
セーラさんに予定表をもらう。
2泊3日のミステリー企画の予定表だった。
「泊りがけですか。随分大掛かりですね」
セーラさんの企画でそんなに長時間のものはしたことがない。
大抵は半日で撮影が終わる。
「ミステリーハウスっていう場所があってね。こういうミステリー企画をするための施設があるの。そこで過ごしてもらいながら、ミステリーを楽しんでもらおうと思って」
「なるほど」
ミステリーハウスの説明をしてもらいながら企画書に目を通す。
郊外にある特殊なホテルというか宿泊施設。
ミステリーを楽しむための専用機能もあるんだとか。
「ここで事件が起きるんですね」
「そうなの。事件の台本はあるから、それに沿って行動してもらうことになるわ」
「あっ、台本があるんですね」
「そうなのよ。ある程度は指示通りに動いて欲しいの。でも推理パートは各自で頑張って頭を使って欲しいわ」
「了解です」
わたしは今から楽しみになってきた。
一体どんな事件が起きるんだろう?
どんな謎が生まれるんだろう?
名探偵みたいにかっこよく解決できるかな?
「今のところ参加予定は5人よ。わたしとサイリちゃん、カグヤちゃん。あとスミレとツツジで5人ね」
スミレさんもツツジさんも、よく知っている人だった。
セーラさんの動画企画によく参加する人達。
二人とも大学生。
ということはわたしとカグヤが高校生で、あとの三人が大学生か。
うん。
セーラさんの企画でよく集まる面子だ。
「トコヨさんはいないんですか?」
トコヨさんも大学生。
セーラさんと仲良し。
セーラさんの企画によく参加する。
とっても頭が良い。
「今回のミステリーゲームはね、トコヨが台本を書いたのよ」
「おおっ! それはすごい」
ミステリーの台本を書けるってすごいな。
「トコヨも一緒にゲームに参加するんだけど、プレイヤーじゃなくて進行役として参加するわ。ゲームを進めるためにいろいろ指示してくれる役なのよ」
「なるほど」
「あとはカメラとか雑用係で合計10人くらいになるわ。かなり大掛かりな企画よ」
セーラさんもこの企画が楽しみなようだ。
いつも以上に張り切っている顔をしている。
というわけで。
「頑張ろうね、カグヤ」
わたしは隣で一緒に説明を受けていたカグヤの手を握る。
「そうね。頑張って、良い推理ゲームを魅せましょう」
カグヤはわたしの手を握り返す。
そんな話をしていたのに。
カグヤは真っ先に死体役になってしまったのである。
無念。
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