第3話 カグヤの紹介

「月乃海カグヤです。よろしくお願いします」


カグヤはカメラの前でぺこりと頭を下げた。


「高校一年生です。友達のサイリと一緒にゲームに参加しました。

 セーラさんの企画にはよくサイリと一緒に参加しています。

 今回はミステリーゲームということだったんですが、私は早々に死んでしまいました。

 ゲームに直接参加は出来ませんが、私の視点からでも分かっていないことは多いです。

 ここから先はみんなの推理を見守りながら、自分でも考えていきたいと思います」


カグヤの簡潔な自己紹介が終わった。

カグヤは椅子から立ち上がって、次の人に席を譲った。

ちゃんと1分の制限時間を守っていて偉い。

もっと喋ればよいのに。

代わりにわたしが喋ってあげたいぐらいだ。

カグヤのことなら五時間くらいノンストップで語れる。


あれは中学二年生の時の話。

わたしは友人から相談を受けた。

隣の中学にモテまくってムカつくやつがいると。

なんでも告白しにくる男子どもに無理難題をふっかけて、男を手玉に取って遊ぶ悪女がいると。

そんな多くの女達から反感を買っていたのがカグヤだった。

噂を聞きつけたわたしは実際にカグヤに会いに行くことになった。

乗り気では無かったんだけど、実際に行ってみたらびっくり。

超絶可愛い美少女がいたのである。


それがわたしとカグヤの出会い。

それから一目惚れしたわたしが猛烈アタック。

カグヤとしても、わたしに対して悪印象はなかったらしく。

なんやかんやあって恋人として付き合うことになった。

カグヤはとびきり可愛い自慢の彼女なのだ。


カグヤもわたしも趣味は読書。

でも読むジャンルは違う。

わたしがよく読むのは物語。

カグヤがよく読むのは学術書。

自然科学や科学技術の話題を一般読者向けに解説している本を読むのが趣味なのである。


そんなわたしとカグヤはよくデートに図書館に行く。

図書館でお互いに読みたい本を2時間くらいで読む。

その後、読んだ感想を喋るのである。

あれは先週の日曜日。

いつものように図書館で、お互い本を読んでいた時のこと。


「サイリって占いは見る?」

「朝のテレビでやっているような占いなら見るわよ」

「星座のやつ?」

「そうそう。今日のラッキーアイテムはビー玉だって」

「マニアックなラッキーアイテムね」


ビー玉があるのは小学生のおもちゃ箱の中くらいでしょうね。

わたしの家には、あるかどうかも怪しい。


「カグヤって占いを信じていなさそうね」

「それはそうよ。産まれた日とラッキーアイテムって何の因果関係もないじゃない」

「まぁ、そりゃそうだけど」

「ラッキーアイテムがケーキだったらどうするのよ? ケーキ食べられるならいつでも幸せじゃない。一年365日いつでもラッキーアイテムよ」


たしかにそうだ。

ケーキはいつでも食べたい。

いつ食べてもハッピーだ。


「ビー玉を持っていたら特別に良いことがあるかもしれないじゃない?」

「そういうのって科学的に証明するのが難しいのよ」

「そうなの?」

「ビー玉を持っていた場合の生活と持っていなかった場合の生活を比較しないといけないからね。そもそも運勢っていう概念を科学的に定めることが出来ないのよ」

「なるほど」

「今日、私が読んだ本はそういう本よ」


カグヤは読んでいた本の表紙を見せてくれた。

本のタイトルは『占いの科学』だった。

占いについて科学的に考察した本のようだ。


「なんでその本を読もうと思ったの?」


わたしはカグヤに訊いてみた。


「今日のネットでたまたま運勢を見たの」

「あら、カグヤも見たんだ?」

「サイリとは違ってネットの星座占いよ。そうしたら、わたしの恋愛運が最低だったわ」

「…………」


占いで「恋愛運が最低です」なんて言われることがあるんだ?

それはそれで珍しい占いだ。

その手の占いって、見てくれた人が傷つかないように大抵良いことを言ってくれるものだと思っていた。


「今日、サイリとデートの予定だったじゃない?」

「そうね」


今日、一緒に図書館に来ることは、昨日から決めていた。


「それでわざわざ占いを見たのに散々な結果だったの」

「災難だったわね」

「それで悔しくなって占いを否定したくなったからこの本を読んでみたのよ。案の定、占いの結果を肯定できるような記述はなかったわ」

「ふふっ」


わたしは笑った。


「何を笑っているのよ?」

「カグヤは可愛いわね」

「今の話でそうなる?」

「占いなんて気にしていなさそうなのに、恋愛運を気にしているところが」

「…………」


カグヤは口を横に閉じた。

何か言いたいけどうまく言い返せない。

そんなむず痒い葛藤を抱えている顔だ。


「大丈夫よ。わたしはカグヤが大好きだから。テレビの占いなんてあてにならないくらい愛しているわ」


わたしはそう言って、カグヤの首に手を当てた。

白くてすべすべの肌。

まるでレーヨンのような触り心地。

ほのかな体温と、奥に感じる脈拍。

ずっと触っていたくなる。


「……ありがと。私もサイリのことが好きだから」

「うん♡」


というような感じで。

わたしとカグヤはとっても仲良しなのである。

もしわたしがカグヤを紹介するならこんな話をしようかと考えていた。

ただ考えているだけで、実行には移せないだろうなぁ。

こんなエピソードを話し出したら、カグヤが真っ先に止めに来る。

これはわたしの頭の中だけでとどめておこう。


回想終わり。

カグヤの自己紹介撮影が終わって、残りのメンバーも自己紹介の撮影をする。

セーラさん、スミレさん、ツツジさん。

それぞれ短めのコメントをして自己紹介終了。


「それじゃあ、捜査パートを開始するわね」


進行役のトコヨさんがわたしたちに指示を出す。


「捜査って何ができるの?」


セーラさんが訊いた。


「死体の発見現場を調べても良いし、他の人のアリバイを調べても良いわ」

「カグヤちゃんが死んだ部屋に行っても良いの?」

「良いわよ。事件に関する情報を集めてね」


トコヨさんがみんなに説明する。

ミステリーゲームが本格的にスタートだ。


ふと、カグヤと目が合う。

カグヤはカメラを持って、わたしを撮影していた。

わたしはカメラとカグヤに向けてピースする。


「任してね、カグヤ。カグヤを殺した犯人は絶対に見つけて見せるから!」

「うん。頑張って」


わたしの言葉にカグヤは返事をした。


「カグヤちゃんは死んでいるから喋らないでね」


トコヨさんに注意されてしまった。

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