第2話 サイリの自己紹介

朝9時。

ここはミステリーハウスの広間。

ここにミステリーゲームの参加者が集まっている。


「現在、残っているメンバーは4人ね」


セーラさんが部屋に居るメンバーを数える。

わたしも指差してカウントする。

わたし、セーラさん、スミレさん、ツツジさん。

この4人が残っているメンバーだ。

ミステリーゲームのスタート時には5人だった。

でもさっき死んでしまったカグヤは、今はカメラでじっとわたしを映している。


「ようやくミステリーの事件が起きましたね」


わたしはセーラさんに話しかけた。


「そうね。昨日は何も事件が起きなかったから、このまま何も起きなかったらどうしようかって思っていたわよ」

「雑談ばっかりしてましたから、使えそうな映像もなかったですしね」

「あの雑談は雑談で楽しかったから、アップしようとは思うけどね」

「アップするんですか?」

「占いで大凶になったカグヤちゃんが真っ先に死んだのって面白いじゃない?」

「ですよね」


わたしはカメラを持っていたカグヤを見る。

カグヤは何かを言いたげにわたしをジト目で睨んでくる。

わたしは笑顔で手を振る。

するとカグヤの目がますます鋭くなった。

ルール上、死んでしまった人は口を開いてはいけないので、カグヤは何かを言いたくてもわたしを睨むことしかできない。


「目で合図するのもやめてね」


そんなわたしたちのやり取りを見ていたトコヨさんが注意する。

トコヨさんはこのゲームの進行役。

今はカメラを回しながら、みんなにゲームを進行するための指示を出している。

ゲームの参加者は4人になってしまったけど、この部屋にはもっと人がいる。

参加者4人とカメラが3人、その他のスタッフが2人と結構な大所帯。

ただゲームの内容に関わっているのは参加者5人と進行役のトコヨさん。

気にするのはこの6人だけで大丈夫。


「了解です!」


わたしはトコヨさんに敬礼して合図した。


「じゃあ、ここからが本編だし、推理パートに入る前にカメラの前で自己紹介してくれる?」


トコヨさんがみんなに向かって指示を出す。


「了解。それじゃあ、こっちで一人ずつ撮影しようか」


セーラさんは椅子を動かして、撮影しやすい場所をつくる。

セーラさんは動画配信者である。

このミステリーゲームの主催者でもある。

このミステリーゲームはセーラさんの動画を撮影するために企画されたリアルタイムミステリーだ。

参加者はこのミステリーハウスの中で指示された通りに生活する。

そこで殺人事件が起こるので、生き残った人達で犯人を当てるというゲーム企画なのである。


「はい! 一番に自己紹介をやりたいです!」


わたしは真っ先に手を挙げて立候補した。

わたしとカグヤはセーラさんの企画にひょんなことから参加させてもらうことになった。

セーラさんに気に入ってもらえて、たびたび動画の企画に呼んでもらっている。



「良いわよ。サイリちゃんからやろうか」


わたしは椅子に座って前を見る。

正面には撮影用のカメラ。

撮影者はトコヨさん。

モニターに映る自分の顔を見る。

茶色い髪はテールとシュシュ団子。




「はい、喋っていいわよ」


トコヨさんの合図があると、わたしは自己紹介を始めた。


「はい。四季咲サイリです。高校一年生です。このミステリーゲームには友達のカグヤと参加しました。セーラさんの動画企画には以前からちょこちょこ参加させてもらっています。初めて参加したのは去年の暗号企画のときでした。その時からいくつか参加していますが、今回はとても大掛かりなミステリー企画ということでわくわくしています。わたしは読書が趣味でカグヤと一緒に図書館に行ってよく本を読みます。このミステリーゲームの話を聞いてからミステリーの本をいくつか読んできました。いつもは文学や文芸の本を読んでいます。これまでミステリーってあまり読んでこなかったのですが面白い本にたくさん出会えました。ミステリーについて知らなかったので色々調べてみました。歴史上初めてのミステリー小説はエドガー・アラン・ポーのモルグ街の殺人と言われています。19世紀のアメリカの作品ですね。意外と歴史が短くて驚きました。裁判制度があればミステリーってできそうだから中世にはあってもおかしくない気がするんですけどね。ともかくそんなミステリー小説の文化ですけれど、一番有名なのはシャーロックホームズだなって思ったのでコナン・ドイルを数冊読みました。どれも面白かったです。ミステリー小説って構造が分かりやすくて良いですね。謎が提示されて、謎を解くための鍵を集めて、うまくつなげて解決するっていう構造です。普段の読書をするときって、この物語はどんな構造かなって考えながら読むのですけれど、そういうプロセスは省いて読めるのがミステリーの特徴だなって思いました。物語の構造を読み取るのは省けるのですが、物語中に起きているトリックを考えるのがミステリーの楽しみ方だと感じました。わたしはシャーロックホームズを読みながら事件を先回りして解決するような読み方はしていません。ただただすごいトリックだなぁって感心しながら読んでいました。そうして何冊か読んできたんですが、もったいないことをしたなって気付きました。だってこうしてミステリーゲームに参加するわけなんですから、自分が探偵になったつもりで考えながら読むべきでした。作中に出てきた手掛かりを繋ぎ合わせて、隠された事実を考える練習をしておけば良かったなってあとで思いました。ただそんな時間がないままこうして本番を迎えてしまいました。というわけで推理の練習はできていません。普段はやらない思考の仕方を試さないといけないという点は不安ですね。あと不安要素といえば手掛かりを集めることでしょうか。物語を読むときは意識しませんが、事件の解決のための手掛かりを集めるのってめちゃくちゃ難しいと思うんです。小説は基本的に必要なことしか書いていない場合が多いですが、現実は…………」


「喋り過ぎよ!」


わたしの自己紹介はカグヤに遮られた。


「まだまだ喋りたかったんだけど?」

「後の人もいるんだから、一人で延々と喋らないでよ。放って置いたら一時間でも喋っていたでしょ?」

「そうね。喋ろうと思ったことの一割も喋っていないわ」

「ほどほどにしなさいよ。後の人が困るじゃない」

「そう?」

「そうでしょ。自己紹介ってお題で一時間も二時間も喋るのはサイリだけよ」

「むしろ後の人が自己紹介の内容を考える時間を稼ぐために長々と話したのよ」


するとカグヤが驚いた顔を見せる。


「そんな計算込みで一番手に立候補して長々と喋っていたの?」

「もちろん! これでカグヤも何を喋るかまとまったでしょ?」

「…………まぁ、そうね。ありがと」


ちゃんと気を使ってわざと要らない話をだらだらと続けたのだ。

まぁ、ただただ喋りたいって気持ちも半分以上はあったけど。

そんなわたしとカグヤのやりとりを見て、セーラさんたちが笑っていた。

わたしたちはいつもこんなやり取りをしている。

「相変わらず仲良しね」みたいなことをいつも言ってもらえる。


「じゃあ、次はカグヤちゃんの自己紹介をお願いしようかな」


トコヨさんがわたしの自己紹介を終えて、次の準備をする。

まだ途中だったけど、もう充分でしょう。

自己紹介というか、最近読んだ本の感想だったな。

動画になるときはほとんどカットされることでしょう。


「カグヤちゃん。自己紹介をお願いね。1分で」


トコヨさんはカグヤに説明する。

わたしのせいで制限時間が設けられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る