第八章 聖獣九頭龍は受け入れない

第45話 聖獣九頭龍は受け入れない①

 ――この女、思っていたよりもすげぇな。


 ソールがそう思ったのは、月見彩良――ツキミがティーカップのことを言い出したときだ。

 普通の女が、あそこまで理論立てて推察を述べられるとは思えない。王女が受けたあらゆる事件に対し、驚くほど鋭い視点で多角的に迫っている。

 さらにはその推察でランスロットとサラを納得させた。


 マシンガンのように言葉を乱暴に叩きつけられたときはさすがにカチンときたが、その怒りもサラを優しく抱く姿をみつめているうちに消え失せた。

 あの姿にはソールが遠い昔に感じていた、母親の慈愛があった。

 前世の母と、今世で育ててくれた母。

 どちらの世界でも愛情を受けていたことを、なぜかはっきりと思い出すことができた。


 それだけでなく、ランスロットを気遣い、王女ときっちり別れの挨拶をさせてやる余裕すらある。

 ランスロットへかけた言葉で、ソールはなぜツキミが自分に対してサラの肉体へサラ自身の魂を戻せるかを質問したのか、わかってしまった。


 同情したのだ。

 ランスロットのサラへの想いがあまりに真剣だったから。

 それはできない、いけないことだとわかっていても、自分が死ぬと理解していても、質問することを止められなかったに違いない。

 お人好しで優しすぎるのか、もしくは後々のことを考えたうえでの他意があるのか。


 ただソールとしては、どちらの選択だとしても嫌いではなかった。

 ソールが初めてツキミをみつけたとき、ランスロットが彼女へ殺意を向けていたので反射的に前へ出そうになった。

 その後は魔物の襲撃で場が混乱してしまい、あの殺気はなかったことのようになっているが、ツキミが返答の仕方を間違っていたら、ランスロットは彼女を殺していたかもしれない。


 だがランスロットの恋情を思えば、あの殺意は同意できる。

 惚れた女の体へ誰かが乗り移って好き勝手していると思ったら、ソールも誤って殺してしまうかもしれない。

 もっとも、ソールが異性を恋愛対象として見たことは、こちらの世界へ転生してからは一度もないため、前世での経験則からの話になるのだが。


 どうも聖獣はみな同じようなのだが、相手に好意を持ったとしても、それ以上の感情へ発展することはほとんどないらしい。

 これは仲間の全員が口を揃えて言う。


 例えば人間と出会い、相手が好みのタイプだと思っても、そして相手に恋情を向けられても、友情以上へ変化することとはないのだ、と。

 仲間の一人が言うには、相手を想うとき、表現のしようがない『壁』のようなものを感じたことがあったらしい。

 ソールとしては特にその辺りはどうでもいいことなので、創造神の使徒としての役割のためにそうなのかもしれないと漠然と考えるに留まっている。


(それにしても……驚くほど真逆の性格だな、あの二人)


 ツキミとサラは、例えるなら水と油だ。

 タフで行動力もあるツキミに対し、サラはあまりにもか弱く、そして脆く、儚い。

 あえてどちらがタイプかと言われたら、ソールとしては間違いなくツキミを指し示すだろう。

 ソールはランスロットのように、臆病な女を根気よく見守ることはできない。


 仲間内から悪ノリし過ぎる一面があるものの、性格は意外に穏やかなほうだと言われるソールだが、そこまで気が長い性格ではない。

 しかしツキミは、そんなソールでも扱いきれる自信もなかった。


 なにせ強すぎるのだ。

 前世でどんな職に就いていたのかはわからないが、ソールはツキミという女を、かなり仕事ができるタイプの人間だろうと推察した。

 男をグイグイ引っ張りながら仕事ができる女だと。

 部下はさぞ大変だっただろうと同情する。


 そんなツキミの護衛を、ソールは創造神たちから依頼された。

 その際、創造神の一柱ひとはしらであるカコウから概ね話は聞いていたので、オパルス連邦王国の王城内でなにが起こっているのか、だいたい把握している。


 王位継承権第一位の王女が毒殺された。

 確かに一大事だろう。しかもこの一件に、国どころかアンティークゥムの全人類の命運がかかっているのだ。

 それを背負わされるツキミには、さすがに同情を覚えないでもないのだが……


(……あいつなら、特にプレッシャーもなく乗り切っちまうんじゃねぇかな)


 そんな強固な意志を彼女から感じるのだ。

 ソールが事前に聞いた話では、オパルス連邦王国の第一王女が女王になれなかった場合、そこから芋づる式に人間は間違いを選択し、滅びへの道を突き進むことになる。

 その間違いは他の種族にも伝播し、やがて東の大陸『オルトゥス』から人類がいなくなると、それに乗じるようにして亜人や魔人で争いが起こり、やがて人の形をした生物はいなくなるだろう。


 それが、創造神たちが予見して導き出した結論だった。

 そして聖獣たちへ、「人間たちを助けたい」と頼んだ。だから聖獣はみな協力することを選択した。

 聖獣たちは不可解な疑問に対して質問はするが、創造神たちの頼みを無視することはない。

 そのため今回の一件に関しても、質問したし反対した者もいたが、無視した者はいなかった。


 それはそうだろう。

 相手は神。しかもこの世界を無から創り上げた最上位の神々だ。

 その気になれば、この世界で最強と位置づけられている聖獣ごと世界のすべてを消し去って創り直せる相手に対し、誰が「NO」などと言えようか。


 だが実際に世界を創り直すときは、先に聖獣へ世界を崩壊させるよう命じられるはずだと、ソールは考えている。

 これはソールだけに限った話ではないが、聖獣六人で全力を出せば、おそらく五分もかからずに世界を滅ぼせる自信があるからだ。


 無論のこと、聖獣たちは創造神様たちに支配されているわけではない。発言も能力も、かなり自由な権限を与えられている。

 実際のところ、今回の一件に関わることも、聖獣六人の意見が分かれた。

 賛成が三人、反対が二人、ソールだけが「どっちでもいい」だった。


To be continued ……

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