第46話 聖獣九頭龍は受け入れない②

 人類存亡の危機に「どっちでもいい」と言われたら、人間たちは激怒するかもしれない。

 だがソールとしては、人間が運命に抗いきれるなら生き残るだろうし、ダメなら滅ぶだけだと思ったので正直にそう言っただけだった。

 実際、今までもそうやって種が滅ぶのを見届けてきた。


 それなのに、なぜか創造神たちが今回の一件に関わるように告げたのはソールだ。

 ソールは腑に落ちず、なぜ自分なのかと創造神たちへ問うてはみたものの、


「もっとも適任だと思った」


 ……などと、返答を濁されただけで終わった。

 創造神たちがこういう返答をするときは、必ずなにか裏があり、創造神にしかわからない考えがある。

 ソールは仕方なく自問自答してみた。


 真っ先に思いついたのは『同郷』ということか。

 日本人女性と聞いて、久しぶりだなと思ったのは覚えている。聖獣が転生者の世話をするときも、できるだけ近い人種、もしくは性別で選ばれることが多い。

 もちろん、過去の罪もあるとは考えたが結論を出すことはできず、最終的には中立の立場を取ったことが原因かと反省するまでに至った。


(俺よりも、もっと適任者がいるだろうにな……)


 聖獣ククルカンのボヌムは沈着冷静な知性派で緊急時の対応がうまい。聖獣たちのリーダー的存在で、誰よりも長く聖獣としての経験がある。間違いなく、今回の件で一番の適任者だ。

 聖獣麒麟のアーエールは女性だ。気が強いのが玉に瑕ではあるものの、中国武術の達人だし、ツキミと性格が合えばうまく護衛をこなせる。

 聖獣フェンリルのムンドゥスは、多少のクセはあるものの、基本的には明るく気のいい少年である。彼の陽気な性格はツキミも気に入るだろう。


(……ダメだな。ムンドゥスは除外しとくか)


 ただ、ソールと似た者と言われるムンドゥスは、調子に乗りやすい傾向がある。見た目は子供だし、対応を間違えると王族や貴族を怒らせるかもしれない。


(でも、それを言い出すと、俺もヤバいんだよなぁ)


 そもそも転生前は日本で一般市民として生きてきたため、ソールは貴族の礼儀作法など知らない。

 仮に知っている作法があるとしたら、前世で所属していた自衛隊隊員の挨拶くらいだ。


(なんで、あいつらじゃねぇんだろうな?)


 ソールは腕を組みながら、ヴィータとアンヌスへ視線を置いた。

 ヴィータはツキミと同性であるため、アーエール同様、話が合えば男のソールよりも上手く護衛ができるはずだ。


 アンヌスは男性の姿をしているものの、女性の気持ちはよく理解している。

 それは単に前世で同性愛者だったからというわけではなく、心のなかに女性性も持っているからだろう。


 事実、ヴィータはツキミを気に入ったようだし、アンヌスもまんざらではなさそうだ。今も三人でダイエット談義に花を咲かせている。

 そう考えるとやはり「なんで俺?」とソールはますます疑問に思うのだが、決められてしまったものは仕方がない。

 ソールは早々と思考を切り替え、できるだけ早く護衛を終わらせることだけを考えることにした。


「……というわけで、あの王女様の体を細くしたいの」


「え? 彼女、あの細さじゃないのぉ?」


「ヴィータ、あれは霊体よ。この白霧の世界カエルムは亡くなった者がもっとも幸せだった頃の姿でいられるの。……知ってるでしょ?」


「あ、そっか」


 アンヌスの説明に、ヴィータが思い出したようにポンッと右手拳で左手の平を叩いた。ヴィータはポジティブ思考で付き合いやすい性格だが、妙なところで抜けている。


「歩くのも一苦労というのは平和な状態ならいいの。だけど今は緊急時だし、不意を突かれて襲われたら、あの体じゃ死ぬしかないのよ」


「でも、そのためにソールがいるんでしょ~?」


(なんで俺が会話に出るんだよ)


 確かにソールは、ツキミの護衛やこの世界の説明を含めた諸々の世話を頼まれた。

 そもそも転生者の世話は聖獣の使命でもあるため、その点に関しては異議などない。しかし、さすがにダイエットの世話は使命の範疇外だ。

 内心ではそう思いつつも、女の会話に――若干一名、容姿が違う者がいるが――割り込むとロクなことがないことを経験上知っていることもあり、ソールはただただ傍聴することにした。


「ソールがダイエットの先生なの?」


「違うわよ。アナタの護衛よ」


「え? なんで?」


「創造神様から頼まれたからだよ~」


「そうなの? 聖獣って転生者の護衛が仕事なの?」


「いいえ。それは初めての仕事ね」


「普通はお世話するくらいだよ。そのお世話も、転生者がアンティークゥムに慣れたら離れるし、あとは時々見て回るくらいかなぁ」


「ふぅん……。なんだか転生者に優しすぎる気がするけど……」


 ツキミの呟きを耳にして、確かにそうだとソールも思う。だが、それも重要な仕事なのだ。


(いや……。もしかして、こいつ……)


「でも、あの小学生みたいな性格した九頭龍さんが護衛かぁ」


(誰が小学生……いや、確かに間違ってねぇな)


『世話』の本質をぼんやりと考え始めた瞬間にツキミの発言が耳に入り、ソールは反射的にツッコミを入れつつ、半分共感もしていた。

 ソールは見たまま、思ったままのことをポンと口にする癖がある。

 先ほど、ツキミに長身のことを告げてしまったのもそのせいだ。


 たまにボヌムから注意を受けることがあり、そのたびに前世でも母親から怒られていたなと思い出したものだった。

 ツキミは出会ってからまだ二時間も経っていないと思うのだが、早くもソールの本質を見抜いたことになる。


(こいつ、俺のことよく見てるな……)


 改めて、ソールはツキミに少なからず興味が湧いた。

 しかし、ここでなにかしら言葉を入れると絶対に三倍で返ってくる。聖獣とはいえ、女であることに変わりはないのだ。


(待てよ……? 痩せるって……)


 そこまで考えて、ソールはふと気づいた。

 サラの肉体は、ダイエット以前の問題ではなかったか、と。


 ソールがガゼボに降り立ち、初めてサラを見たとき、肉体が異様な魔力に包まれ蝕まれていることがすぐに視認できた。

 全身に絡まり、肉体を締め上げるような、嫌な黒光りする黄と緑の煙。

 あれは確か……


To be continued ……

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●○●お礼・お願い●○●


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