第44話 王国騎士団総帥の慕情④
「信じています、我が騎士よ。そして……私のただ一人の愛する人」
「俺もだよ」
ランスロットは立ち上がり、サラの頬をそっと左手で包んだ。
まるで壊れやすい砂糖菓子を包むかのように。
命よりも大切なものを持ち上げるように……そっと。
「俺も愛しているよ、サラ。俺の命が尽きるまで……永遠に。この愛のすべてをきみに捧げよう」
「いいえ!」
弾かれたように叫んだサラが、ランスロットの手を払い、思い切り彼の体を突き放す。そして視線を斜め下へそらした。
「いいえ、お兄様。口が滑りました。あなたは私に囚われるべきではありません。もっと素敵な方をみつけるべきです」
「それは……本心で言っているのかい?」
「お兄様こそ……。ご自身の本当の気持ちがわかってらっしゃらないのではありませんか?」
「サラ……?」
どこか寂しげで、それでいて見透かしたかのような笑顔に、ランスロットは一瞬戸惑った。
サラは、こんな大人びた顔をする女性だっただろうか。
これまで見たこともない、王女らしい毅然とした態度は、ランスロットに軽い動揺をも与える。
そんなランスロットをみつめていたサラは、フッと視線をそらすと悲しげに呟いた。
「私は……こんなにも、自身の甘さのせいでお兄様を縛っていたのですね……。今なら、よくわかります」
俯き、独りごちるサラの顔には、深い後悔の色が浮かんでいる。
しかしサラは急に表情を硬くさせると、正面からランスロットを見上げた。
その姿はまるで――女王のようでもあった。
「お兄様。私はもう亡くなっております。それもお忘れですか?」
「それでもだ。それでも、俺はきみを――」
「ランスロットお兄様」
険しい表情のまま目を閉じたサラは、ランスロットの愛情を遮って強めの口調で彼を呼んだ。
それから、ゆっくりと目を開く。
その表情には、ランスロットが愛した優しげでやわらかな微笑がようやく浮かんでいた。
「どうか、私の最期のわがままをお聞きください」
最期――――
聞きたくない言葉だった。
それでも、聞かなければならない言葉でもある。
サラのために。そして、自分自身のために。
「……なんだい?」
覚悟を決めたランスロットはサラへ想いを告げることを諦め、その愛らしい声に耳を傾ける。
「どうか、これから先、お兄様が口にする愛のお言葉は、すべてお兄様が心から愛する女性にだけ捧げてください」
それはきみだと伝えても、今のサラは拒絶するだろう。
ランスロットは無言のまま、素直に頷いて応えた。
「素敵な女性をみつけて幸せなご家庭を築いてください。お兄様が見極めた方であれば、きっと素晴らしいご家族になれるはずです」
サラは今にも泣き出したい衝動を堪え、唇をギュッと噛みしめる。サファイアのような瞳に浮かぶ輝きが涙でゆらゆらと揺れていた。
「そして……お兄様が、お兄様の愛する方と幸せになることが、私の……心からの、ただ一つの願いでございます」
真っ赤になり、表情をくしゃりと崩す涙混じりの微笑。
幼い頃からやせ我慢をするときの、可愛い従妹の癖だ。
まだ総帥の地位に就く前、一武官として遠征へ出ると告げたとき、サラは何度もこの顔を見せた。
(あぁ、そうか……俺は……)
昔から、この表情に弱かった。
この笑顔を見ると、どうしてやればいいのかわからなくなった。
だから精一杯応えるために、敵を最短時間で倒し王城へ――サラの元へ戻った。
早く戻れば戻るほど、サラはとても喜んでくれる。その笑顔をみるたびに、ランスロットは苦手なあの顔を壊せた気がして、ホッとしたものだ。
そういったことを繰り返すうちに、気づけば周囲から『銀の魔王』などと畏れられ、騎士として最高の栄誉である『ミスリル・ナイト』の称号を得た。
もしかしたらランスロットを王国騎士団総帥へと押し上げたのは、サラだったのかもしれない。
――私のためではなくて、あなたの大事な人のために目指しなさい。いつか愛する人のためにね。
そういえば幼い頃、誰かが総帥を目指しなさいと助言してくれた。
そのときの言葉を、ランスロットはふと思い出す。
あの優しい声は誰のものだったか。
そしてなぜ、いま思い出したのだろう。
記憶の片隅に追いやられた言葉が、チリチリと痛みを持って蘇る。
すぐには思い出せなかったが、あの言葉は間違いではなかったと、今なら理解できた。
サラの笑顔を守るためだったら――魔王ですら斬り殺せる。
いや、どんな汚れ仕事でもできる。その覚悟もある。
しかしできれば――女王となった彼女のために、その覚悟を使いたかった。
そして、もっとサラを見ていたかった。
女王となるサラを見届け、彼女を守りたかった。
年齢を重ねるごとに変化するであろう、サラの美しさを確認したかった。
(愛しているよ。俺の……俺だけの姫)
だから安心させてやろう。
たとえ嘘だと見破られたとしても、精一杯の虚言を愛するサラへ送ろう。
「……わかったよ。きみよりも良いと思える人が現われたら、その人と幸せになろう。その人だけを愛そう。だから……サラ、安心しなさい」
できるだけ優しい声音で告げ、ランスロットはサラを抱きしめた。サラが愛用している百合の香りをベースにした香水が、甘く鼻をくすぐる。
ランスロットはサラの髪に指を絡めるようにして、その頭を優しく撫でた。
サラが納得したのかはわからない。
しかし彼女は抵抗することなく、ランスロットの腕の中に収まってくれた。
「ありがとうございます。お兄様……」
素直にランスロットの胸へ頭を預け、サラがささやきのようにか細い声で礼を述べる。
ランスロットはそっとサラの頬を左手で包み、ほんの少し顔を持ち上げた。
先程のように突っぱねられるのではと思ったが、それはなかった。
額へキスを落とすと、サラがそっと目を閉じた。
その閉じられたまぶたへ優しくキスを落とし、ランスロットもう一度、サラを強く抱きしめる。
「……あぁ、やはり。いつものお兄様なのですね……」
サラが聞き取れないほどの小さな呟きをこぼす。
それはどこか確信を得たかのようであり、それでいて、どこか期待はずれだったかのような、とても寂しげな声だった。
「サラ……?」
「いいえ……。これでいいのです」
ランスロットの腕のなかで、サラは小さくかぶりを振る。そして、ランスロットの背へ回した腕へ力をこめた。
「私はずっと……ずっと愛しておりました。ランスロット……あなたを。それだけは覚えておいてください」
「……あぁ」
愛情を言葉にすることができなかった。
サラがそう願ったからではない。
ランスロットを抱きしめるサラの態度が、それを拒絶しているように感じたからだ。
だからランスロットは願う。
ただただ、この穏やかな時間が永遠に続くことを。
愛する姫がこの腕のなかで永遠に安らいでくれることを。
いや――いっそのこと、このまま世界が終わってしまえばいい。
今この瞬間だけ、ランスロットは王国騎士団総帥の地位を捨て、ありえないわがままを願っていた。
To be continued ……
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●○●お礼・お願い●○●
最新話まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
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