第43話 王国騎士団総帥の慕情③

 あのときの叔母は正妃としてではなく、母の顔をしていた。

 しかし、メディウス家の嫡男であるランスロットの立場も理解しているため、そのように告げたのだろう。


 王族ほどではないが、貴族にも跡継ぎを残す責務がある。

 家督を存続できなければ、いくら名門でも潰れるしかないのだ。


 それを理解しつつもそう言わざるを得なかったサラ・ヴィクトリアの心中はいかなるものだったのだろうか。

 その真意を問うことはもうできないが、サラを守る事を最優先で考えていたのは間違いない。


 なにせ義理の叔父であり、王でもあるオーガスタスは『色狂王いろぐるいのおう』と呼ばれていたほどの変人だ。

 美形であれば性別を問わずベッドへ引き込むことで有名で、政治は家臣に任せっきり。昼夜を問わず快楽と娯楽に溺れていた。


 最終的には第五夫人までに収まってくれたが、長生きしていたら百人くらい夫人ができていたのではないかと、王城の内外を問わずに不満がもれていた。

 王が腐っていたせいで民が窮していたのだから、当然といえば当然だろう。


 それでもなんとか国が国として保たれていたのは、ひとえに叔母のおかげだ。

 これは高位貴族しか知らない事実だが、政務を陰で取り仕切っていたのは、実は正妃サラ・ヴィクトリアであった。

 そして要を失ったからこそ、国はいま困窮しているのである。


 あえて追究はしなかったが、オーガスタス王崩御の際、歓喜した民が多かったと騎士たちから漏れ聞いたことがあった。

 その跡目を継がなければならないサラの重責は、どれほどのものか。ランスロットには想像しかできない。


 頼りない王が生まれれば、国民はさらに失望する。そうなると全国民の王家への信頼も揺らいでしまう。

 最終的に、王家が国民の信頼を失ってはオパルス連邦王国の存続はかなわない。

 頭の良いサラは、そのことを充分すぎるほど理解していたのだろう。

 なんせ本来の彼女は、自殺する勇気すら持てない気弱な娘だったのだから。


「謝らないでくれ。俺はきみを……最期まで守り抜くことができなかった」


「いいえ! お兄様は約束どおりに守っていてくださいました。私が……私が弱かっただけです」


 サラは激しく首を左右に振った。胸の前で両手を握りしめ、小刻みに震えている。


「お茶に毒が入っていたことで、私はフローラたちに裏切られたと思ってしまったのです。だから、このまま命を手放すことを選択いたしました。すべては、弱い私の責任なのです」


「サラ……」


 ランスロットは返答に窮した。

 ツキミの推測では、毒殺犯は女官だけに留まらないと発言しただけで、裏切っていないとは一言も言っていない。

 彼女の言う「城内で働く者」のなかには、もちろん女官も入っているのだ。

 発言を濁したのは、おそらくサラを気遣ってのこと。しかしおそらくツキミ自身は、確証を得ない限りフローラたちへの警戒を解くことはない。


「ですが、お兄様。ツキミ様は信頼できます。あの方は確かに、私の無責任さにお怒りではございました。ですが最後まで、私を気遣ってくださいました」


「サラ……? きみは……」


 そうだ。サラはわかっている。

 ツキミがどれほどサラを気遣って発言してくれていたのかを。


 小声で告げたときも、わざわざランスロットの耳元で囁いたことも。慌てて口を閉ざしたことさえも……

 彼女の発言内容はわからなくとも、それが自分への気遣いであると、一つも見逃すことなく理解している。

 そう気づいたとき、もしかして自分は、従妹の内に秘めたる器量を見抜いていなかったのかと不安になった。


 ――あなたは転ぶ前に手を差し伸べてしまう性格なのね。


(なるほど、そういうことか……)


 ツキミの発言の意味がわからなかった。しかし、今ならわかる。

 確かにランスロットは守りすぎていた。

 気弱すぎるゆえに、サラの才能を過小評価していたのかもしれない。


 戸惑い、そして一人納得するランスロットの頬を、サラはそっと撫でた。

 顔を上げたサラの青い瞳に、強い意思の光がある。もう間違いたくないという意思の輝きだ。


「私はあの方とお話しして、とても芯の強い、勇気ある女性だと感じました。私とは違います」


 そう言ったサラは、とてもやわらかな笑みを浮かべていた。


「父が傾け、私が捨ててしまったオパルス連邦王国を……ツキミ様はきっと再建してくださいます。だから、どうか……お兄様。王国騎士団総帥として、ツキミ様のお力になってくださいませ」


 青い瞳からこぼれた涙が、白い頬を伝って落ちる。

 その宝石のような涙を指で拭ってから、ランスロットはその場に片膝をついた。

そしてサラの手を取り、その甲へ口づける。

 これは敬愛の証明。そして、忠誠の証でもある。


「我が愛しき王女のご命令とあらば……喜んで従いましょう」


 サラはその手を引くと、腹のあたりで重ねて置き、背筋をスッと伸ばした。

 そして姿勢を正してからランスロットへ視線を落とした。


「王国騎士団総帥ランスロット・ウィリアム・メディウス。オパルス連邦王国第一王女エレオノーラ・セシリア・サラ・グローリオーススが命じます。

 ツキミ・サラ様に忠誠を誓い、彼女の力となりなさい」


「この命に代えましても、必ず」


 右手を胸に当てて、ランスロットは深く頭を垂れた。


To be continued ……

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