第42話 王国騎士団総帥の慕情②

「ですが……ときおり紫に見えることがありました。あれは異世界特有のお色でしょうか?」


 それはランスロットも感じていたことだった。

 特に感じたのは、ガゼボで挑発されたときだった。

 ツキミの魂はサラの瞳の上から、バイオレットサファイアのような透明感のある輝きを放った。

 サラの瞳の色は深い青色。紫に変じたことは今の一度もない。


「そうだね。それは、また……折を見て俺が確認しておくよ」


「ぜひ、お願いいたします。次にお会いできるときが楽しみになりますから」


 その『次』は、いったい何年先のことになるのだろうか。

 ランスロットが亡くなるときしか考えられないのだが、言葉に出すことはできなかった。


 それを告げてしまうと……別れが辛くなる。

 ランスロットは目を伏せることで発言から逃げた。


「お兄様」


 ふいに呼びかけたサラがそっとランスロットの両手を取る。

 ランスロットは自然に視線をサラへ戻していた。


「お兄様……。ご期待に応えることができず、申し訳ありませんでした。せっかっく、お兄様がお約束してくださいましたのに……」


 ランスロットの正面に立ったサラは、とても悲しげな顔をしている。

 約束――

 サラが言うそれは、幼い頃に交わしたあの言葉だろう。


 ――もし女王になったら、絶対に私を守ってくださいましね。


 ランスロットがいれば、女王になっても絶対にがんばれるからと、サラは無邪気に微笑んでいた。

 このときのサラはまだ六歳。王位を継ぐということがどういうことなのか、その重みもなにも知らない年齢だ。


 そしてランスロットもまた、王国騎士団に入隊したばかりの新人でしかなかった。

 そんな若造でも王女であるサラに会えたのは、サラが従妹だからだ。


 王妃であるサラの母親は、ランスロットの父の妹である。

 もっと正確に言えば、父の従妹――辺境伯家へ嫁いだ大叔母の娘だった。


 大叔母はメディウス公爵家の領地にほど近い、山一つ向こうの領地を治めるマルゴー辺境伯へ嫁いだのだが、男児に恵まれなかった。

 そして当時のメディウス公爵であるランスロットの祖父が、先のことを見据えて女児を欲していた。しかしメディウス家は女児に恵まれず、ランスロットの父を含めて四人の男児しか兄弟がいなかった。

 お互いの利害が一致したというところだろうか。


 いや、この国は女性にも家督の相続権があるので、祖父が強引に推し進めたと考えたほうが正しいだろう。

 当時のメディウス家の三男を辺境伯家の長女の婚約者とし、そしてマルゴー家の四女だったサラ・ヴィクトリアを養女とし、互いに受け入れた。


 後に父から聞いた話では、祖父はマルゴー家との養女話と並行して、当時の王とオーガスタス・レオポルドとの婚約話を進めていた。

 その当時、オーガスタスの異母妹であるラファエラ・ベアトリス・グレースの即位がすでに決まっていたため、祖父は王族とさらに近しくなるための新たな足がかりにしたのだ。


 だったら息子たちを利用して、ラファエラへ求婚させれば良かったのだが、それには問題があった。

 祖父はラファエラの十二歳の誕生パーティーで四人の息子たちをラファエラと引き合わせたが、全員すげなく拒絶されている。


 これはランスロットの父を含めた四人の息子が魅力的ではなかった――というわけではなく、単純に祖父がラファエラに嫌われたからだった。

 祖父は有名な武人であったと同時に、大変な野心家としても有名だった。メディウス家の血筋から王を輩出したいという思いを強く抱いていたのだ。

 心の奥底に隠していたどす黒い野心を、幼いながらも優れた観察眼と洞察力を持つラファエラに見破られたのだろう。


 もっとも、ラファエラが亡くなったことでオーガスタスが王位につき、サラ・ヴィクトリアが正妃となり、祖父の願いは皮肉にも半分叶ったとも言える。

 だがそのせいで、当時はオーガスタスと祖父が手を組んでラファエラを暗殺したという噂も立った。


 ともかく、公爵家で教育を受けた叔母はグローリオースス王家へと嫁いだ。

 そういった経緯があり、ランスロットはサラと兄妹のように接することが許されている。

 今にして考えれば、王妃が自分の死後のことを考えて、娘の味方を一人でも多く作りたかったのかもしれない。


 なにせ、サラは気弱で人見知りが激しく、他人になかなか懐こうとしない。側仕えの女官が交代するだけで引きこもる。

 こんな娘が女王になったら、どんな家臣が生まれるかわかったものではない。


 ランスロットの才能から将来性を見出したのか、それとも実家であるメディウス公爵家の力を借りたかったのか。

 特に明確な約束をしたわけではないが、一度だけ、サラ・ヴィクトリアからこんなことを言われたことがあった。


 ――未来の奥様に嫉妬されるかもしれないけれど、できるだけでいいからサラの傍にいてあげて。


 あれはランスロットに初めての見合い話が上がった頃――十五か十六になったばかりの頃だったと記憶している。


 周囲の噂話から見合いの件がサラへ届いてしまい、それに反発したサラが部屋に閉じこもったとの知らせを受けた。

 まだ結婚するつもりはなかったし、サラを説得するつもりで訪れた第一宮プリームムで待っていた叔母から、困ったような笑顔で告げられた言葉だった。


To be continued ……

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●○●お礼・お願い●○●


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