第七章 王国騎士団総帥の慕情
第41話 王国騎士団総帥の慕情①
謎の男に連れられてやってきた、不思議な白霧の世界。
ここに来てようやく、ランスロットは真実を知ることができた。
なぜ、ツキミの魂がサラの体へ入っていたのか。
なぜ、自分がここに呼ばれたのか。
とはいえ、今回知り得たことは氷山の一角にすぎないのだろう。だが今のところはそれでいいとランスロットは思っている。
あのツキミ・サラと名乗った謎の異世界人がサラとして生き続けていれば、さらに詳しい事情が見えてくるはずだ。
それは薄皮を剥ぐような速度かもしれない。けれど、それでもわからないまま動くよりは幾分ましだった。
ツキミはオパルス連邦王国では数少ない人種であるうえ、見た目はかなり若い。ランスロットとそう変わらない年齢ではないだろうか。
しかし彼女は先程、同年の女性とは思えないほどの熟考と推論を聞かせてくれた。あの発言を聞くかぎり、見た目に反して年齢が高いとも感じる。
サラへの気遣いはまるで娘に接するようだったし、自身への気遣いに関してもそうだ。年上の従姉妹から気遣ってもらうような錯覚すら覚えた。
さらにツキミはランスロット個人の心を汲んでくれたのだ。
残り時間の有無はわからないにしても、サラに話しておきたいこと、話さなければならないことがたくさんあった。
だが、いざ話そうと思うと何から切り出すか迷ってしまう。
どうしようかと悩んでいると、サラが先に口を開いた。
「お兄様、ツキミ様は頼もしい方ですね。あんな方がお姉様にいてくださったら、私も少しは強くなれたでしょうか?」
どうやらサラはツキミが気に入ったらしい。彼女を語るサラの口調が鈴を鳴らすかのように軽やかだ。
人見知りが激しいサラにしては珍しいことだった。
確かに真実を知ってからのツキミは終始サラに優しかったが、それだけではないだろう。ずっと嫌がっていた重たい責任を手放したことで、心が軽くなったのかもしれない。
「そう……あぁいや、どうだろう。きみは今よりも、もっと甘えん坊になっていたかもしれないよ?」
ランスロットの口調が変わる。サラと二人きりのときは、彼の発言はどこにでもいる男性のそれになる。
普段は総帥という立場を考え周囲に気を遣っているので、厳しい言動、貴族らしい態度を心がけている。
しかし可愛いサラと一緒のときは別だった。素の自分が出てしまう。
ランスロットの返事に、サラは口元に手を当ててコロコロと笑った。
「お兄様は意地悪ですね」
「俺はいつもそうだったろう?」
「えぇ、そうでした。討伐遠征で討ち取ってこられた虫の魔物の足を、唐突に私へ見せてくださったことがございました。あのときは本当に心臓が飛び出るかと思いましたのよ」
「いつの話をしているんだ……」
ランスロットは照れくさそうに笑い、額に手を当てた。
当時はまだ学生で、仮入団の頃だっただろうか。
サラはまだ四、五歳。思い切り泣かれた記憶がある。意地悪をした自分もまだ子供だった。
こんな話、親友のグスターヴにも言えない。酒の席で一生からかわれそうだ。
あの頃のランスロットは、サラは驚く顔が可愛いという理由で、ついついそういう意地悪をしていた。
さすがに、この年齢になってからはやらないが。
「でも……そうですね。私は臆病な甘えん坊ですもの。ツキミ様のような方がお姉様として傍にいてくださったら……頼もしいその背に頼り切ってしまったでしょう」
臆病者であるという自覚。
否定したいはずのことを言葉にできるということは、成長の証なのだろうか。
それを生前に示してくれていたらと思うと、ランスロットはやりきれない思いで胸がいっぱいになり、苦しくなった。
「でも、本当にあの方がお姉様だったら……もっと生きたいと思ったかもしれません」
ランスロットは無言で頷きつつ、愛しい従妹の横顔をみつめた。
霧の空を見上げ、ほんのりと赤みを帯びた頬が、とても美しい。
この横顔を、ずっと見ていたい。
サラが毒を飲んだという知らせがくるまでは、見ていられると信じていた。見られなくなる日がくるとは……思わなかった。
ここで別れたら、明日から見る横顔は同じ造形でも別人のものである。
わかっていることとはいえ、居たたまれない気持ちになる。
この感情は抑えなければならないのだろうか。仕方がないと割り切るべきなのか。どうしても判断できず、ランスロットは迷った。
「それに瞳の色が美しくて……」
「ブラックオパールのように美しい瞳だったね。オパルス連邦王国にも黒い瞳の者はいるが、また違った輝きに見えたよ」
ランスロットが答えると、サラも「はい」と答えて頷く。だが、すぐに口元に指を軽く当てて首を傾げた。
To be continued ……
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