第40話 予想外の援護と白霧の世界⑬
「ツキミ様には、本当に申し訳なく思っております。私は王族に名を連ねながら、国を……民を捨てた者です。どうしたいもございません。無責任な言葉に聞こえるかもしれませんが……ツキミ様に今後のことをお願いしたいと思います」
そう言って、サラは私に向かって丁寧に頭を下げた。
サラは王女としての責任は捨てたが、王族としての挟持まで捨てたわけではないはずだ。その彼女が平民である私へ深々と頭を下げるということは、本心を述べているのだろう。
ここまでされて「NO」と答える勇気はさすがにない。ランスロットに斬り殺されそうだ。
「私に王位を継いで欲しいということでいいわね?」
「はい」
「では訊くけれど、あなたの幼い妹や弟たちはどうして欲しい? あなた自身は彼らのことをどう思っているの?」
半分だけ血が繋がっている弟妹たち。おそらく一緒に育っていないはずだから、さほど情があるとも思えない。
私の無遠慮な質問に、サラは困惑した面持ちとなり、少しだけ視線をそらし考え込んだ。
「ツキミ殿、サラは……」
「ランスロット。申し訳ないけれど、私はあなたに質問していないわよ? 私は王族としてのサラに訊いているの」
「……すまない」
ランスロットは目を伏せて少し身を引いた。しかし、サラを守ろうとする気持ちだけは強く伝わってくる。
(やっぱり過保護……かな)
そんなことを考えているうちに、サラがようやく口を開いた。
「正直に言えば……わかりません。でも、死んで欲しいとまでは考えておりません。まだ幼い子たちばかりですもの。あなたが王位を継いだとしても、生き続けてもらいたいとは思います」
はっきりと答えてから、サラはまっすぐに私を見た。
「私は甘いでしょうか……?」
「いいえ」
首を横に振ってから、私はサラへ笑顔を返した。
よかった。「夫人たちが憎いから子供ともども消してくれ」なんて言われたら、正直困るところだった。
「わかりました。任せてとまでは言い切れないけど……。少なくともオパルス連邦王国を守れるように努力するわ」
答えたら、なぜかフフッと自然に笑いがこぼれてしまった。
「ツキミ様……?」
「あぁ、ごめんなさい。あなたに会ったら説教したいと思っていたの。だけど実際に会って話をしたら……そんな言葉、全部飛んでいったわ」
「ツキミ殿……。すまない」
サラを抱きしめるようにして謝罪したのは、なぜかランスロットだった。
先程の発言もそうだが、この過保護なところ、私個人としては少々問題だなと思えてならない。
「あなたが謝罪することではないでしょう? これは私と王女様の問題なのよ。謝罪すべきはサラだし、今やってくれたわ」
「しかし……」
「あなたは転ぶ前に手を差し伸べてしまう性格なのね。サラが怖がらないように、すべての障害を排除しようとする。もちろん、王女様だから守ることは大切よ。でもね、それが過ぎると子供の成長を止めてしまう原因になるの」
「いや、サラは子供では……」
「ごめんなさい。ものの例えよ」
本当にランスロットはまっすぐで真面目な性格のようだ。
私は母親だからつい子供のことで考えてしまうけれど、それでは彼にはわかりにくいだろう。
だけどこれからは、おいおい考えたらいいのではないだろうか。
自分の子供ができたら、私が言ったことがわかるだろうし――と、そこまで考えて、彼が独身なのかとふと疑問を覚えた。
年齢は確か、サラより十歳ほど上だと聞いている。
オパルス連邦王国の貴族たちの平均的な結婚年齢はわからないが、さすがに二十七歳で独身の男性はほとんどいないのではないか。
しかも名門御三家の一つ。見合い話なら腐るほど来ているはずだ。
しかしながら、サラと出会ってからのランスロットの言動から考えるに、どうも結婚しているとも思えない。
サラはか弱く、これまでの態度を見るだけでも他人に依存しやすい性格だとわかる。おそらく放っておけないタイプの女性だ。
真面目なランスロットが、ここまで愛情を注いでいる相手を放置して結婚できるだろうか。
(いいえ……。どうでもいいか、そんなこと)
ランスロットは私の息子ではないのだ。
彼が誰を愛していて、そのために強い意志とともに貫いているものがあるとしても、今の私には関係のないことだった。
「そんなことよりも、ランスロット。今のうちにサラとの別れをキチンと済ませておいたほうがいいわ。地上に戻ったら王女の体には私が入ってしまう。あなたの大切な従妹には……永遠に会えなくなるわ」
「……わかった。気遣いに感謝する」
そう言って、ランスロットはサラを連れて霧のなかへと消えた。
サラとランスロットが消えてから、私は「これでよかったのだろうか」と少し反省した。
改めて別れを……なんて、酷な言葉ではないか。
サラ王女は死んでいますと断言したようなものだ。
少しだけ自分の言葉を反芻し、いや――と、自らの発言を否定した。
良かったと思っておこう。
ガゼボで見せたランスロットの殺気。背筋が凍るほどの闘気は、間違いなく本気で私を殺そうと向けられていた。
愛する女性のために殺意を露わにするなど、そうそうあることではない。
そう考えれば、本物の王女の魂と触れ合うこともなく別れてしまっていたら、ランスロットはこの先心を病んだ可能性もあるはずだ。
愛する女性の体へ見知らぬ人間が勝手に入り、操り、いつしか想像もしない者へと変化してゆく。
私が彼の立場なら、吐き気がするほど嫌だ。
きっとランスロットには、王女の体へ入った私の行動が、たとえ正しくとも悪魔の所業のように見えることだろう。
王女の死について、ランスロットが納得できるかはわからない。
いや、愛する者の死など、そうそう受け入れられるものではない。それはわかっている。
そして理解しているとしても、中身が私であるという事実を受け入れられないであろうことも。
ただ彼が味方についてくれれば、こんなにありがたいことはないのも事実だ。
「これで少しは王宮で動きやすくなる……かしらね」
もしかしたらランスロットに会いたいと言った王女の願いを受け入れたのは、そうなることを狙っての大蛇の女神様の計らいなのかもしれない。
「さて――」
呟いてから、私は地上に戻ってやるべきことを頭の中でまとめ始めた。
To be continued ……
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