第39話 予想外の援護と白霧の世界⑫

 たとえ対象が動物だとしても、命を奪うという行為は重く人の心にのしかかる。

 試しに飼っている犬や猫の首へ両手を回してみれば自覚できるかもしれない。

 そこから一気に絞められるか、もしくは殺すという行為に一瞬でも臆するか。

 その瞬間に、が判断できる。


 そして私は、おそらく殺せる側だ。

 もちろん、殺害など安易に行う気はない。しかし大義名分があれば、私は躊躇なく対象を殺せる気がした。


 とはいえ、実際にその瞬間になるまでわからないのも事実ではある。

 私が殺せるかはともかく、そう考えると、もっとも楽な行為は賊を導くことではある。

 もしも侵入を手引きした者がいるのであれば、第一宮プリームムは衛兵が日夜守っていたとしても、実際には守備などやはり絶無ということになる。


「その件も、あとで話しましょう」


「……わかった」


 ランスロットが頷いたところで、私は話を切り替えた。


「暗殺はいつ頃から始まったの?」


 そのような警備状況ではやり放題ではないだろうか。


「暗殺が横行し始めたのは、二年……いや、三年くらい前か」


「なにかきっかけがあった?」


 その質問に対して、再びランスロットが口を閉ざす。それからサラを見て、しばし思考を巡らせてから、ようやく口を開いた。


「……すまない。その話も、戻ってからで構わないだろうか」


「教えてもらえるなら、いつでもいいわよ」


 ランスロットはその代わりにと、サラが受けた暗殺の方法を教えてくれた。

 引きこもっていたこともあり、手法は毒殺が主だったが、図書室へ行くときを狙って襲われたこともあるようだ。

 だから第一宮プリームムは衛兵が多かったのかと改めて理解した。


 毒殺に至っては、これまでで五十回以上は行われたらしい。

 これではサラがますます引きこもりになるのも頷ける。

 おそらく犯人は、敵対する王位継承者の保護者たち――つまり、他のご夫人たちだろう。


(それにしても……)


 ランスロットがいなければ、臆病なサラではもっと早くに命を絶っていたかもしれないような案件ばかりだ。

 事情を知る前はサラのことを無責任だし臆病すぎると思っていたが、これだけやられれば女官や侍女の交替を嫌がるだろうし、部屋にも引きこもるわよねと、私も納得せざるを得ない。それくらいの内容だった。


(現状で、一番の問題なのは妃妾たちか)


 完全に王女を見下している。

 彼女たちはサラ王女の中身が入れ替わっているとは思わないだろうから、今後も嫌がらせを続けてくるだろう。

 想像するだけでも、鬱陶しいことこの上ない。

 いっそトラウマが残るほどの仕返しをしてやろうか。


「……夫人たちを一人一人訪ねて、その場で殴り倒してやるか」


 ふと、心の声が音になってもれた。

 おそらく声音も変わっていたのだろう。腕のなかにいるサラ、そして隣に座るランスロットが目を丸くして私を見た。


「冗談よ」


 わざとらしく微笑んでみたが、ランスロットの真顔は崩れなかった。


「いや、まったく冗談に聞こえなかったのだが」


「いやいや……。そこは冗談として聞き流して欲しかったわ。あなた、超がつくほど真面目なのね」


 私が苦笑をもらすと、サラが楽しそうに笑った。そして、ゆっくりと私から体を離し、正面に座り直した。


「ランスお兄様は、変なところで融通がきかなくなります。お気を付けくださいね、ツキミ様」


「サラ、あまりそういうことは……」


「冗談です」


 ランスロットの抗議にサラが微笑みを返すと、彼は困り果てた顔をして俯いてしまった。

 サラはようやく自分を取り戻したようで、深々と頭を下げて「ありがとうございました」と礼を言ってくれた。


「気にしないで」


 サラが震え始めたとき、なんとなく娘の真琴が怯えているような錯覚に陥ったとは、口が裂けても言えない。

 私は立ち上がり、サラへ手を伸ばした。


「さて……そろそろ戻りましょうか」


 ここは居心地が良いが、長居は許されないだろう。

「戻る」という言葉に、サラが少しだけ複雑そうな表情を見せたが、すぐに得心した顔つきに変わる。


「そうですね」


 サラは私の手を取って立ち上がった。続けて、ランスロットも立ち上がる。


「サラ、大丈夫か?」


「はい。ツキミ様のおかげで自分でも驚くほど落ち着いています。ご心配をおかけして申し訳ありません」


「そうか……」


 しっかりとしたサラの受け答えを耳にして、ランスロットが安堵のため息をつく。そうして優しくサラの頭を撫でた。

 ランスロットにとって、サラは本当に大事な存在なのだろう。


 彼がサラへ向ける、愛情がこもった温和な笑顔を見ていたら、私のなかにふっとある感情が芽生えた。


「ねぇ、ソール」


「なんだ?」


 それまで蚊帳の外にいてくれたソールたちを呼んだ。確かめたいことがあったからだ。

 私はソールがいる場所まで歩み寄り、彼を見上げた。

 それにしてもソールはかなり上背がある。前世の私が見上げる男など久しぶりだ。

 もちろん、質問したいことはそれではないのだが。


「仮に……なんだけど」


 そこで言葉を切ると、ソールは、そしてヴィータとアンヌスも私を見た。


「もし仮に、王女殿下がこの体に戻りたいと願ったらできるの?」


「無理だな」


 即答だった。ヴィータとアンヌスも即座に頷くことで同意する。


「創造神様が、すでに王女の肉体と魂の繋がりを切ってる。それを繋げることはことわりに反する」


「それを行った創造神様でも戻せないの?」


「確かに創造神様たちなら可能かなぁ。でもきみの魂をすでに繋いでいるよ? そうするときみが死ぬけど、それでもいいのぉ?」


 ヴィータが答えると、アンヌスも無言で二度頷いた。


「それでも構わないと言ったら?」


「それでも無理だ。おそらくだが……許さないだろうぜ」


 ソールが答えると、アンヌスが補足するように言葉を繋いだ。


「あの王女様は、創造神様たちに生き返ることを勧められたのを断っているの。だから創造神様たちも、もう死者として受理しているわ。だから、それを一時の情で覆すようなマネはしないわね」


「うん……あたしも無理だと思う。特にカコウ様が拒否しそう~。あの方は生命を司る創造神様だから、命に関わることで決めたことは曲げないし、厳しいもん」


「……わかったわ。皆、ありがとう」


 礼を述べると、ソールが不思議そうに首を傾げた。


「なんで、そんなことを聞くんだ?」


「あ~……うん。もしここから出た後にまた会えるのなら、そのときに説明する」


 ソールの質問の返答をここで返すことを、私はためらってしまった。

 もしかすると、ソールは私が、サラ王女の体に戻りたくなくなったのかもと考えているのかもしれない。

 もちろん意図はまったく違う。だが、これは個人の――特に感情が関わるプライベートな問題だ。安易に言葉にできない。


 ソールとはここでお別れになるのであれば、私は別にそれでも問題ない。本人がどうしても気になって城へ来たとしても、それはそれで教えるつもりだ。

 私はサラのほうへ戻り、彼女の正面に立った。

 長身の私が真剣な面持ちで立ったこともあり、サラの表情がいくぶんか硬くなる。


「王女様、あなたは私にどうして欲しい?」


To be continued ……

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●○●お礼・お願い●○●


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