第38話 予想外の援護と白霧の世界⑪

「承知している」


 大きく頷き、彼がサラの発言を引き継いだ。


 ランスロットの説明では、サラはとても動物好きなのだそうだ。

 第一宮プリームム第五宮クィントゥムの背後にある雑木林の奥に飼育小屋を建て、さまざまな動物だけでなく小型の魔物も飼っていた。その動物たちは、今も飼育小屋で日々を過ごしている。


 サラは動物でも魔物でも難なく躾けられる才能があったようで、従魔術師としての活躍を期待されていた。

 王家としては魔術師のほうがよかったという本音があったという。でもサラの才能はかなり突出していたため、不問に付したとのことだった。


「最初に殺されたのが、叔母上――サラ・ヴィクトリア様とサラが初めて飼った犬だ。名前はプリンストン。長毛種の中型犬だったな」


「それは思い出深い犬でしょうね」


 犬は殺された時点で十五歳を迎えており、じきにお迎えがくるかもしれないと言われているくらい足腰が弱っていたという。

 サラはそんな愛犬を、後宮の自室で辛抱強く介護していたそうだ。


 そしてサラを敵視する者たちの誰かは、労るべき弱い老犬を殺してサラのベッドに置いた。

 愛犬の変わり果てた姿を見たサラは、その場で失神してしまい、そのまま一週間ほど寝込んだらしい。


「どんなふうに……」


 そう言いかけて、私は慌てて口を閉じた。

 死体と聞いて、ついつい当時の遺体状況を確認しそうになった。完全な職業病だ。

 私の腕のなかでようやく落ち着き始めているサラが、かつての愛犬の死亡した姿を鮮明に脳内再生してしまったら、次は失神するかもしれない。


「すまない。あとで説明する」


 申し訳なさそうに、しかし小声で告げると、ランスロットは愛犬プリンストンの話をここで終了させた。

 その後も週一回か二週に一回のペースで、動物の死体がベッドへ置かれるようになったという。


 それはサラのペットのときもあれば、まったく覚えのない動物のときもあった。

 サラの飼っている動物や魔物にはすべて首輪が付けられているので、一目でわかるそうだ。


(それにしても……腹が立つわね)


 嫌がらせがあまりにも悪質すぎる。

「本人へ直接」ではなく、「相手の愛するものを害する」というところに犯人の嫌らしさや小狡さが見え隠れしている。

 それは犯人本来の姿か、それとも後宮という場の性質がさせるものなのか、私にはわからない。


 だが命を粗末にするのは論外だ。

 殺したのは動物だから問題ないなんてことは絶対にない。命に大小はないのだ。

元警察官としての性か、なんとか見つけ出し、罰してやりたい衝動に駆られてしまう。


 そして、やはり懸念すべき事実は警備のずさんさだ。

 総帥であるランスロットは気づいているのだろうか。


「後宮の守りは……」


「あぁ、それもわかっている」


 ランスロットは険しい顔をして頷いた。


「護衛が増えている第一宮プリームムへ、賊が簡単に侵入できたという点だな」


 よかった。若くして軍事のトップへと登り詰めるだけのことはあるようだ。

 私は腕のなかで未だ涙を流すサラを見た。

 少し落ち着いたようだが、ここで名前を出すと再び大きく泣き出すかもしれない不安定さが表情に残っていた。


「ランスロット、耳を貸してくれる?」


「? 構わないが……」


 不思議そうに顔を近づけてくる彼の耳へ、私はサラに聞こえないように注意しながら囁いた。


「最初だけ内部犯行も考えられる」


 できるだけ端的に、短く告げると、ランスロットが驚いたように私のほうへ振り返った。

 自分の行動が招いた結果とはいえ、彫刻のように端正な美を持つ男性の顔が、鼻先が触れそうなほど近いとさすがにドキリとさせられた。

 場違いな胸の高鳴りを抑えつつ、私は真剣な面持ちで小さく頷く。


「まさか……」


 対するランスロットは顔面の距離は特に気にならなかったようで、元の位置へと戻ると、何事もなかったかのように腕を組んで考え込んだ。

 私はあえて「プリンストン」の名を出さなかったが、聡い彼には充分わかったようだ。


 そう。プリンストン以外の事件は、外で殺害してベッドへ運べばいい。

 そのため殺害は部外者、部屋への移動は内部の者と考えたほうが、もっとも効率が良いため腑に落ちる。


 だが、プリンストンは別だ。

 サラの自室で介護されていた犬を殺すとなると、話が変わってくる。


 侵入が得意な者に襲わせたという推察もできるが、もっと楽な方法があるのだ。

 それは第一宮プリームムで働く者たちによる犯行である。


 相手は歩くことも困難な老犬。

 中型犬では女性の力では無理と考えがちかもしれないが、意外になんとかなるのではないだろうか。


 なぜなら、私は殺せると思えたからだ。

 これは私が一七七センチの長身だからではなく、殺害の対象が弱っているからである。

 それに魔法にしろ薬にしろ、何らかの方法で眠らせてしまえば、もっと楽に殺害できるはずだ。


 ただ一つ問題がないでもない。

 内部の者――つまり女官か侍女か、もしくは他の者でも、王女の飼い犬を殺すというリスクを背負うだろうかという点だ。


 今までの話を聞くかぎり、王族に対して犯罪行為を行った場合、ほとんどの者は極刑になっている。

 それも最悪の場合、自分だけでなく家族、それも一族全員が極刑を受けるかもしれないほどの罰を受ける。そこまでして犯行におよぶとは考えがたい。


 金に困っていて、目の前に大金を積まれたら考える者がいるかもしれない。もしくは弱味を握られているなども考えられる。

 現にサラの母親の櫛を盗んだとされる犯人は横領の罪を犯している。


 みつかればただでは済まないと思いつつも、なんらかの理由から金銭を不正に奪う行為へ走った。

 貨幣というものが存在し、それを得たいという欲求が人々にある以上、それを理由にして殺害の罪を犯す者は少なからずいる。

 とはいえ、それは特殊事例だ。


To be continued ……

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