第33話 予想外の援護と白霧の世界⑥
「王女様、毒味役はあなたが使用する食器で毒味を行うの?」
「いいえ。食器は別です。私が食べる皿から少し切り取り、他の皿へ移して食べます。お茶も同様です。問題は食べ物であって、食器類ではございませんもの」
「今回、お茶を飲んだのはあなた一人?」
「はい」
「ティータイムは毎回、一人で飲むの?」
「いいえ、フローラもときどき一緒に。マリナたちを誘うこともあります」
「他の女官も誘う?」
「いいえ。もっとも近しく、また心許している者しか誘いません」
「……ということは……カップは最低でも五つは用意されるわけね」
私は唇を人差し指で撫でながら、少しだけ思考を巡らせる。
こういった緊張感は久しぶりだ。刑事部にいた頃を思い出してしまう。自然に思考が警察官のそれへと切り替わってゆくのがわかる。
今の私は王女ではなく――警察官だ。
そう考えると、今の緊張感が少しだけ楽しく感じられた。
「食器はどこで保管しているの?」
「厨房の隣にある別室です。後宮にある館はどこも住まう人間が多いので、正妃から第五夫人のぶんまで、それぞれの館で専用の棚に入れて保管していると聞いています」
「そこは誰でも入れるのね?」
「部屋に鍵がかかっているとは……聞いたことがございません」
「あなたは茶器に対してのこだわりはある? 毎回使用するティーカップとか」
「ございます。ティータイムのカップはお母様が嫁ぐときに持ってこられた、薄桃色に色づけされ、赤い野花が描かれた白磁のティーセットです」
「……なるほどね。わかったわ」
この推測が正しければ、敵は王女たちの盲点を突いたことになる。
もっとも、この程度の推測が盲点になるとしたら、王族の暗殺に対する危機感は嘆かわしいどころの話ではない。
ただただ単純に、至極甘い。
そしてもっと恐ろしいことに、後宮は警備が驚くほどずさんで、ものすごく無防備な状態であるとも言えた。
「仮にお茶ではなく、王女が使用するティーカップへ直接毒が入っていたとしたら、誰が入れたかもわからないわよね?」
私が言うや、目の前のランスロットがヒュッと息を呑んだ。どうやら彼は、その可能性は考えていなかったようだ。
「だけど、もう……調べようもない……か」
王女暗殺に使用された食器類は、すでに処分されていると考えたほうがいい。
きれいに洗浄して残しておくなんてことはしないだろう。そんな間抜けな犯人なら、とっくに捕まっているだろうしね。
「犯人は女官の誰かだと言うのか? あぁ、その……」
ランスロットが疑問を口にしてから、困ったように言い淀む。
そういえば、私はランスロットたちに自分の本名を名乗っていないことを思い出した。
「私の本当の名前は月見彩良。ツキミと呼んで。こことは違う、地球という世界の日本という国で生まれたの。あなたたちには異世界となるのかしらね」
私はあえて名字を伝えた。彩良とサラで全員が私たちの名前を呼び合ったら、音だけで混乱してしまいそうだったからだ。
私が答えると、サラが感慨深げな顔をして頷いた。
「異世界……。女神様より事前に伺っておりましたが、本当に異世界の人間は存在するのですね」
「私も異世界が存在するとは思ってなかったわよ、王女殿下」
「私もですわ、ツキミ様」
「ツキミ様なんて……あなたは王女様なんだから呼び捨てでかまわないわよ?」
「いいえ。私の身勝手で苦労を背負わせてしまう方ですもの。敬意をもって呼ばせていただきたいのです」
「じゃあ、呼び方はあなたにお任せするわ」
「では、私のことも好きにお呼びください」
私はサラと微笑みを交わしてから、今度は態度を改めてランスロットに答えた。
視線を向けられたランスロットの端正な顔が引き締まる。
「犯人が女官の誰かとは限らないわ。むしろティーカップに入れたと仮定したら、後宮……いえ、王宮内で働く人物のほとんどが該当する」
「王宮内すべての人間……か」
ランスロットの頭のなかで、さまざまな立場で働く者たちが脳裏に浮かんだだろう。気が遠くなるほどの人数になるのではないか。
でも実際には、標的を絞る方法がないわけではない。
サラ王女が怖がるといけないし、これから天国へ行こうとしている彼女に女官への疑心を持たせたくないから、今は言わないでおこうと決めた。
(その辺りは、戻ってからランスロットと話し合うとして……)
いや、その前にランスロットに協力してもらう約束を取り付けなければならない。おそらく彼が味方になるか否かで、私がサラとして生きていけるかどうかが決まるはずだ。
それも大事なのだが、目の前で素直に話を聞いてくれているサラ王女がずっと立っていることに対して、私のなかで軽い罪悪感が生まれていた。
「もう少し王女様からお話を伺いたいんだけれど……。ここって椅子はないの?」
「……地面に座ればいいだろ」
キョロキョロと視線を左右に振っていたら、ソールが背後から声をかけてきた。今まで気づかなかったが、どうやら気配を消して私のうしろにいたらしい。
私はソールのほうへ振り返り、真っ白い地面(?)を指さした。
「私はともかく、王女様に地面へ直接座れと?」
「ここは天国みたいなもんだ。土で衣服が汚れることはねぇよ」
「いや、そういう問題じゃないでしょ? 王女様とか言う以前に、相手は十代の女の子なのよ? 気遣ってあげようとか思わない?」
「あのな、ここは本来人間がいる所じゃねぇんだよ。そこらの公園や中庭みたいに考えるな。そっちこそ常識で考えろ」
心底あきれ果てた顔をしてソールが言う。そのバカにしたような目線にカチンときたので、私は反論を試みた。
私は大仰な仕草で腕を組み、ソールに背を向けた。
To be continued ……
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●○●お礼・お願い●○●
最新話まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
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