第32話 予想外の援護と白霧の世界⑤
ランスロットも同じようだ。驚いた顔をして、腕のなかのサラを見やっている。
「あなた、毒を……盛られたの? 自分で飲んだんじゃないの?」
「いいえ。私は自らの意思で毒を飲んではおりません。毒物を用意できるほどの知識も伝手もございませんし……」
「でも、女官長の話では、あなたは王位を継ぐことに不安を覚えて、彼女と話しているうちに興奮して飲んだ、と……」
「確かにフローラには不安を聞いてもらいました。話すうちに興奮してしまい、はしたないですが、お茶を一気に飲みました。そのなかに入っていたのです」
私はサラを見た。私を見る目が怯えていても、嘘をついているようには思えない。
そもそも死人が嘘をついて、なんの利点があるのか。
だが、もしそれが事実だとしたら、私はとんでもない勘違いをしていたことになる。
「サラ、どういうことだ?」
ランスロットがサラを腕から離し、彼女の両腕を掴んで真正面から彼女の顔を見た。ランスロットの雰囲気が変化したせいか、サラが怯えている。
「待って、ランスロット。あなたは彼女の味方でいてあげて。たぶん、いま一番不安なのは王女よ」
「あ……あぁ、そうか。わかった」
私が助言すると、ランスロットがサラから両手を離し、彼女の隣に立った。
不安になったサラの指がそっとランスロットの手に触れる。彼はサラをみつめてから、その白く小さな手を強く握り返した。
「王女様。質問をしたいんだけど、いいかしら?」
「は……はい」
「本当にあなたが毒を用意したわけではなく、お茶に毒が入っていたのね?」
改めて確認すると、サラはコクリと頷いた。
「だけど、フローラは毒味役をすり抜けたと言ったわ」
「それは私も不思議に思いました。私の毒味役は二人おりますが、そのどちらも倒れずに、食べ物が私の元へ届くことはありえませんから」
ここまではフローラたちの話と同じだ。
お茶に毒は入っていなかった。おそらく、これが真実だろう。
それならフローラの証言どおり、毒を用意したのは王女本人ということになる。だから彼女たちは王女が自害したと思ったのだろうし。
しかし、サラは用意していないと言う。
「以前にも、毒味役をすり抜けてあなたが毒を飲んだことはあった?」
「はい、一度だけ」
「そのときは女官たちに裏切られたとは思わなかったの?」
「いいえ。初めて飲んだせいもあって、そのようなことを考える冷静さは持ち合わせておりませんでした」
それもそうだと私も納得する。
初めて毒を飲んだら、まず毒を飲んだことに対しての動揺のほうが勝るだろう。
二回目も冷静でいられるかは人にもよるだろうが、多少なりの余裕はある可能性はある。
その流れで「誰が?」という思考に至ったと考えても不思議はない。
「あなたに接する女官たちの態度に、少しでも違和感を覚えなかった?」
「いいえ。私の女官たちは、私が気に入った者ばかりで、最低でも三年は付き添ってくれた信頼できる者ばかりです」
「サラは気が弱く、また人見知りをする。女官どころか侍女が交代することも嫌がるのだ。特に女官は最低でも三年以上はサラに従事した者で構成し、身の回りの世話を行わせていた」
サラの証言を補足するように、ランスロットがキッパリと答える。
私は後宮のシステムを知らないのでランスロットへ重ねて質問したところ、女官は王女や夫人たちの世話を直接できる者。侍女は掃除、洗濯など、王女と直接かかわらない世話をする者たちの総称らしい。
侍女は平民でもなれるが、女官は違う。それなりの立場の者が選ばれる。王族に仕える者なら、最低でも貴族称号を持つ者。
貴族の夫人たちであれば、最低でも両親のどちらかに騎士称号があればいいが、王族に仕えるならば男爵位が最低ラインとのことだった。
とはいえ、サラが人見知りするタイプであるため、女官でも最低三年間は侍女と同じ仕事をしながら、王女に顔を覚えてもらう。
サラ王女に抵抗がなくなったところで、ようやく女官として仕事ができるというわけだ。
侍女たちが掃除洗濯を行った後はフローラや、三年以上側仕えをした女官たちが隅々までチェックするらしい。これは小姑のような嫌味のチェックではなく、異常がないかのチェックだそうだ。
「では、三年以上の側仕えで、もっとも新しい女官は誰?」
「ペネロピとアンだ。あの二人がもっとも短い。年齢がサラに近いことと、サラ本人が気に入ったこともあって世話をしてもらっている。マリナも同い年だが、二人よりも半年ほど早く従事している」
「そうなの? マリナは落ち着いているし、アンたちよりも年上かと思ったわ」
「そうだな。彼女は若いが、実に優秀だ」
ランスロットも手放しで褒めるということは、それだけ優れているのだろう。
そもそもの資質か、それとも教育の差か。
それは私にはわからないし、短い付き合いではあるものの、少なくともマリナは年齢にそぐわない冷静な判断力と観察眼を持っているように私も感じている。
もちろん、アンやペネロピがマリナに劣っているという意味ではないけれどね。
「じゃあ、もっとも従って長い方は?」
「女官長のフローラ殿だ」
「何年くらい?」
「女官として入った頃からと考えると……十七年くらいか。もともと彼女は、先の女官長の推薦を受け、女官長候補として入った者だ。十五年前、先代の引退と同時に女官長の職に就いている」
生まれた頃からサラと付き合いがあったというランスロットの言葉に嘘はないだろう。
サラの証言だけを信じるのであれば、フローラが私に語ってくれた話はどこかに嘘があるということになる。
だが、十七年も仕えた者が
サラに王位を継いでもらうほうが、彼女の後宮内での権力も大きくなるはずだ。それを捨ててまでサラに毒を盛る理由がわからない。
マリナたちはどうだろう。王女付きとなって三年ほど。サラを毒殺したいと考えているのであれば、もっとも扱いやすそうな相手ではある。
「ランスロット。ちょっと聞きたいんだけれど、王女を毒殺したら、どういった刑罰を受けるの?」
「斬首刑のうえ、その首は外壁にさらされて鳥に食い尽くされるまで放置される。また一族郎党みな同じ罰を受けることとなる。死体は焼かれ、灰は野にまかれ埋葬されることもない。貴族であれば、奪爵される」
「それは厳しいわね……」
「あたりまえだ。王族を弑するのだぞ」
ランスロットは当然と言わんばかりの態度で言い切った。それほど王家の血筋は尊いということで、民の意識が統一されているということか。
なるほど。みつかれば死罪だけでは済まされないなら、大金を積まれてもやるとも思えない。
もちろん大金が絡むとなれば、平気で動く者がこの世にいることは知っているが……。その対象が女官たちでは妙に違和感がある。
だがこれまでの証言をまとめると、毒を盛れる人物がどうしてもサラ自身か、お茶やお菓子を用意したマリナ、アンとペネロピ、もしくはサラにお茶を運んだフローラに限定されてしまうのだ。
(いえ……ちょっと待って)
一つだけ、可能性を忘れていた。
To be continued ……
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