第31話 予想外の援護と白霧の世界④
そして案の定、アンヌスから強引に引っ張り出された人物はサラ王女だった。
ただし、現在の私が入っている容姿とは違い、痩身のサラだ。薄桃色のアフタヌーンドレスが愛らしい顔によく似合っている。
「サラ!」
「ランスロットお兄様!」
先に駆け寄ったのはランスロットだった。
従兄というより、気持ち的には実の兄貴なんだろう。サラを迷わず抱きしめる姿に身内としての愛情を感じる。
「お兄様……お兄様、ごめんなさい。ごめんなさい……」
「今は謝らなくてもいい」
「でも……」
サラは何度も何度も謝りながら泣き続ける。
そんなサラを抱きしめるランスロットの表情は、今まで見たなかでも一番穏やかであり、そして慈しみの色が浮かんでいた。
(そっか……違うわ)
もしかしたらランスロットの愛情は、肉親のそれではなく異性としてのものなのかもしれない。
だとしたら、私へ殺気を向けたのも納得できる。
「……あれ? でも王女様は霊体じゃないの?」
「たぶん創造神様方が仮の肉体を与えてるんだろ。あんただって同じだ、肉体を感じるはずだぜ」
試しに自分の腰をパンパンと叩いてみる。確かに実体があった。
おぉ。久しぶりの前世の肉体。しばらく戻れないのだから、今のうちに堪能しておこう。
「創造神様方のお力は無限大なんだ。人間の知力で安易に計れるもんじゃねぇよ」
私はソールの言葉をただ素直に受け止める。
さすが創造神様と称えるべきなのか、それとも無視すべきなのかの判断ができにくい。だから返答ができない。
まぁ、いっか。そこは私が考えることではないだろう。
……さて。
私はサラに言いたいことが山ほどあるのだ。
だけど、その前に確認しておかなければいけない。
「ソール。私はどこまで王女やランスロットに話をしてもいいの?」
「特に口止めはされていない。おまえのやりたいようにやらせろというのが、創造神様たちのご意思だ」
「じゃ、なにを話してもいいわね?」
「無意味な罵詈雑言は止めるぞ?」
「そこまで子供じゃないわよ」
私は一歩踏み出し、サラへ近寄った。
「はじめまして。エレオノーラ・セシリア・サラ殿下」
私が近寄って名前を呼ぶと、サラは大きく体を震わせてランスロットの腕の中に隠れた。サラの青い瞳がとても怯えた目をしている。
……まあ、実際怒っているしね。仕方ないか。
真正面から睨まれたら、臆病と評判のこの子では相手が女でも怖いだろう。
「私がなにを言いたいのか、わかっているわね?」
「……はい」
「では、あなたが王位を継がなければ、オパルス連邦王国だけでなく、あの大陸から人類が消えるという話も聞いているの?」
その話をしたとたん、ランスロットが驚いた顔をして私を見た。
私はランスロットを一度だけ見返してから、改めてサラへ視線を置く。サラは小さく頷いた。
「はい。美しい蛇の姿をした女神様より、お話は伺っております」
「それでも、あなたはその女神様からの生き返りの申し出を断ったというのね?」
「……申し訳ありません」
ランスロットの腕のなかで肩を竦めてうつむくサラは、心から反省しているようには見えた。
だが、やはり責任を放棄した事実に変わりはない。
「そう。そこまでわかっているのであれば、ハッキリと言わせてもらうわね」
厳しい口調で告げたとたん、サラがグッと息を呑むのがわかった。
「私は、己の責務を全うできない人間は嫌いよ。それに前世の世界での心残りもある。だから創造神様から、転生してあなたの体に入ることを頼まれたとき、最初はキッパリと断ったわ」
サラはなにも答えない。ただランスロットに守られたまま黙って私の怒りに耐えている。
その姿はか弱さを武器にした女のなれの果てのようで、一瞬嫌悪感を覚えた。
一方、ランスロットは私の怒りを察知していたのか、あまり動揺は見受けられない。ただ黙って、目を伏せただけだった。
「だけど安心して。私が自殺することはないから。異世界へ転生してまであなたの体に入ったのは、私にも目的があるから。利の良い条件を提示されたからよ」
サラはランスロットの腕に隠れつつ、「はい……」と力なく答える。
「あなたは国民のことを考えなかったの? あなたが死ぬことでオパルス連邦王国がどうなるのか、ランスロットやグスターヴたちがどんな苦労を背負うのか。あなたの優しい女官たちがどうなるのか。平民や農民、国の最下層で暮らすような弱者はどうなるのか。予想しなかった?」
「…………」
「それとも城の外へ出たことがないから、お城の小さな部屋だけが現実で、大好きな本を読んでいられればいいなんて、現実逃避でもしていたの?」
「それも……あります」
サラが声を震わせながら答える。
「私は世間知らずで臆病な人間です。ですから命を狙われることも、ご夫人たちの度重なる嫌がらせにも耐えられず、部屋からも出られなくなりました」
「それで、ずっと引きこもっていたの? 何年も?」
「はい」と答えて、サラは俯いた。胸の前で握りしめた両手が微かに震えているのが、傍目でもわかる。
「何年くらい引きこもっていたの?」
「およそ、三年くらいかと」
「どうして?」
「そうすれば、王位を継げと誰も言わなくなるのではないかと考えていました」
「でも、そうはならなかったのね」
「はい……。皆……ランスお兄様でさえ、それでも私に王位を継いでくれと言うのです。でも王位を継ぐことを諦めなければ、ご夫人方の嫌がらせは止まりません。それに今のオパルス連邦王国を背負う重責を考えると……とても恐ろしくて考えることすらできなかった」
まだ十代の少女をそこまで追い詰めるほどの嫌がらせ……。つまり他の王位継承者は、第一王女の存在を快く思っていないということがわかる。
それなら少しは同情できる。だが責任を放棄していい理由にはならない。
「だから逃げた、と?」
「逃げた……」
私の言葉を口のなかで反芻して、サラは寂しげに笑った。
「そうですね。私は逃げました。だから毒を盛られたと気づいたとき、ショックで生き残るほうを選択できませんでした。だから毒殺に乗じて――」
「ちょっと待って!」
私は思わず顔を上げ、サラの発言を無理やり止めた。
To be continued ……
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●○●お礼・お願い●○●
最新話まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
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