第六章 予想外の援護と白霧の世界

第28話 予想外の援護と白霧の世界①

 二十代半ばくらいだろうか。

 彼のどこか間抜けな発言に対し、真っ先に反応したのはランスロットだ。


「何者だ!」


 グスターヴに呼ばれたとき、ランスロットはすでにこちらへ来ていたようだ。

 剣の切っ先を迷わず黒髪の男へと向ける。

 驚いたことに、あれだけ戦闘しておきながら、ランスロットは髪の毛一筋も乱れていない。

 そして黒髪の男は、そんなランスロットを前にしても怯える様子すら見せない。


「貴様が魔獣を引き込んだのか?」


「いいや、引き込んだのはこいつだな」


 そう言って、黒髪の男は左腕に抱えていたローブをかぶった人間を放り出した。

 地面へ放り出されると同時に、頭を覆っていたローブがはずれ、茶色の髪の毛と顔が露わになる。


「女の……人?」


 私が呟くと、黒髪の男が頷いた。


「従魔術師だ。こいつの手引きで魔獣が侵入した。ただし、他にも仲間がいるはずだがな。……つーても、あんたは信じないか」


 黒髪の男がランスロットを横目で見ると、ランスロットは忌まわしい者でも見るかのような目つきとなった。


「殿下を助けてくれたことには礼を言う。だが、不法侵入者の言葉を簡単に信じられると思うのか?」


「ですよねー」


 軽い口調で言い、黒髪の男は楽しそうに笑う。

 それにしても驚いた。この謎の男が私を助けたところを、ランスロットはちゃんと視認していたのか。

 

(そういえば、この人……いったいどこから現れたんだろう?)


 不法侵入……言われてみれば、確かにそうだ。

 魔獣が多く暴れていたこともあり、人の流れはひどく混乱していた。

 だがこのガゼボ周辺は別で、私と女官長、三人の女官とグスターヴしかいなかったのだ。

 魔獣が駆け込んでくるまでは、どちらかといえば落ち着いていたと言ってもいい。

 そのため、人が中庭へ入ったような気配は感じなかった。

 またどこからか駆け込んできた、もしくは降り立ったかのような勢いも感じられなかった。


 唐突に戦闘へ割り込んできた男がいったいどこから現われたのか、まったく理解できない。

 その男は気配を気取られることなく、物音一つ立てることすらなく、ガゼボの前に立ち戦ったとしか説明のしようがない。


 この世界の人間たちは、こんな怖い登場ができる輩が多いのだろうか。これが異世界の常識だとしたら、本当に用心しなければ一瞬で死が近づきそうだ。

 私も素早く反応したいのだが、残念ながらこの体、そういう動きには向いていない。

 立っているのに、ちょっと振り返るだけで一苦労なんて、なんとまぁ大変な体に入ったものだ。

 私はできるだけ早く上半身を動かして声のほうへ向いた……つもりだった。


「っ……!」


 気がつけば、その男はガゼボに入っていた。そして私の隣に立っている。

 黒髪の男は温和な視線だけをランスロットへ向ける。

 気配を簡単に見失ったランスロットが、険しい表情を男へ向けた。


「悪いんだけどな。俺、こいつを殺されるわけにはいかねぇんだわ。たとえ、それが従兄であるあんたの英断だったとしてもな」


(え? こいつって誰? もしかして、私のこと? なんか彼の親指が私に向いているんですけど?)


 つまり、この謎の男はランスロットが殺気を発した時点で反応し、すでに姿を現わしていた……ということだろうか。

 そうだとしたら、完璧に気配さえも消していたことになる。

 もしかして隠密行動が得意なのだろうか。


 どっちにしても、あの余裕たっぷりの戦いぶりといい、恐ろしい相手であると考えて間違いない。

 それに、なんだかランスロットと立場が逆転している。普通、姫を守るのが騎士の役目だろうに。


 それよりも驚くべきは、この男の容姿である。見た目が完全な東洋人だ。感覚から察するに、日本人っぽい。

 この世界には東洋系の人種もいるのだろうか。


 黒髪、濃褐色の三白眼。前世で五十年以上見てきた容姿。

 敵かもしれないのに、なぜか懐かしいと思ってしまう。

 服装は白いシャツに黒いベスト、黒いジーンズ……と確認したところで、私は「えっ?」と思わず声をもらしてしまった。

 この世界にはデニム生地があるのだ。

 いや、デニム素材の衣服がこちらの世界にもあるのかどうかは後回しにしよう。


 男はサイドと後頭部を浅めに刈り上げ、前髪を自由に遊ばせている。今どきのワイルド系だと、前世でイケメンな部下が言っていた気がする。

 目つきは鋭いが面立ちは整っているほうか。だが、彫刻のように整ったランスロットと並んでしまうと、普通の見栄えする顔では霞んでしまう。


 ただ彼は顔ではなく、雰囲気が男らしくてカッコいい。それだけはランスロットよりもはるかに上回っている。

 だから、ただ立っているだけなのに男らしい色気が溢れていて目を惹くのだ。


 警察組織は男社会なので、こういった男らしさを醸し出す者が多かった。

 ここまで全身に男性性を出している人物を、久しぶりに見た気がする。

 おそらく日本にいればそれなりにモテただろう。


 目の前のランスロットが美形のうえ長髪だし、生粋のアングロサクソン系に見えるから、余計に男の容姿と好対照となり際立った。

 身長はランスロットよりも高めだろうか。武器を持っていないということは拳で戦う気なのか。


 それよりも気になるのは、やはり面立ちだ。

 この国の人間は、私たちの世界でいうところの欧米人の顔立ちばかりだから、こんな容姿の男がいたら間違いなく目立つはずなのだが……


『あの……私、あなたを全然知らないんですけど?』


『あぁ、そりゃ初対面だからな』


 試しに日本語で話しかけてみた。

 するとあたりまえのように日本語が返ってきた。


(……え? マジでどういうこと? この人、間違いなく日本人じゃない)


 目の前のランスロットが私たちの短い会話を耳にして、訝しそうな顔をしている。

 当然だろう。日本語なんて耳にしたこともないはずだ。これで私のことが余計疑わしくなったはず。


「あんたがランスロット・ウィリアム・メディウスか?」


「……そうだが?」


 答えつつ、ガゼボへ踏み込んだランスロットは、再び日本人の喉元へ剣先を突きつけた。

 しかし彼は慌てることも怯えることもなく、ジーンズのポケットに両手をつっこんだまま、平然と喉で切っ先を受け止めている。


「エレオノーラ・セシリア・サラって王女様が、あんたに会いたいと言っている。いろいろと説明もしたい。そこのお姫様と一緒に、俺についてきてくれ」


「断る、と言ったら?」


 急にガゼボの周囲が騒がしくなってきた。

 いつの間にかガゼボから離れていたグスターヴが、衛兵を連れてきたようだ。あっというまに鈍い銀色の鎧を着た者たちがガゼボを取り囲んだ。

 謎の日本人はぐるりと周囲を見渡してから、小さく笑った。しかしそれは嘲笑などではなく、本当にやわらかな微笑だった。


「やめとけよ。……あんたならわかるだろ?」


「敵わぬとわかっていても、戦わねばならぬときがある」


 一瞬、二人の会話の意味がわからなかった。だけどすぐに、それが強さの優劣を述べているのだとわかった。

 私がランスロットの実力を見たのは、先ほどが初めてだ。

 あれは到底、人間の動きとは思えなかった。しかし間違いなく、彼は人間である。

 そして彼のような年若い者が年配者を差し置いて軍事部門のトップに就くということは、この国の騎士団総帥とは生半可な強さでは務まらないということなのだ。

 さらに騎士として最高の称号まで賜ったというのであれば、おそらく彼は騎士団最強だろう。


 そのランスロットが、端正な顔に冷や汗を浮かべながら、謎の日本人の挑発とも受け取れる言葉に対して素直に同意している。

 この謎の日本人は本当に――強いのだ。


「ランスロット!」


「全員、動くな!」


 グスターヴがランスロットへ呼びかけると、剣を鞘に収めたランスロットが声を張り上げた。

 驚くほど統制のとれた動きで、鎧を着た衛兵たちの動きが止まる。


「この男に敵意はない! 無駄にケガ人を増やすことは許さぬ!」


 ランスロットの言うとおりだった。こんなの私でもわかる。

 この謎の日本人には殺意どころか敵意もない。

 彼の自信のほどから、おそらくここにいる全ての人間を難なく殺せるほどの力を持っているはず。なのに、そうする気配が一切ないのだ。

 だが襲いかかったら――迷うことなく拳を振るってケガ人の山を作るだろう。


 私はゆっくりとした動きで、ガゼボの外で状況を見守っているグスターヴのほうへ振り返った。


「グスターヴ、その者を捕らえてください。先ほどの魔獣を手引きした疑いがあります。仲間がいるかもしれません」


 私が地面へ寝転がっている女性を指し示すと、グスターヴが「えっ?」と軽く見開いて女性を見、それからランスロットへ視線を向ける。

 ランスロットはただ黙って、小さく頷いた。


「これからこの男の指示に従い、私とランスロットは移動します。ですが、問題ありません。すぐに戻ります。それまでフローラたちをお願いしますね」


「で、殿下! ランスロット!」


「サラ様!」


 耳の端でグスターヴやフローラたちの叫び声を捉えつつ、私とランスロットは謎の日本人の能力ちからで別の場所へと強引に移動させられた。


To be continued ……

――――――――――――――――――――――――――――――――――

●○●お礼・お願い●○●


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