第26話 ピンチは突然やってくる⑪

 しかし、私は即座に決断する。


 記憶喪失という形のまま、月見彩良自分自身を貫くことを。


 この世界に来てまだ一週間。本来なら迷うほうが間違っている。ここはおとなしくサラ王女を演じるべきだと普通は考えるだろう。

 だが、それはどだい無理な話だ。


 一度ついた嘘は永遠につき続けなければいけなくなる。大抵の犯罪者はそれで自滅することを、私は知っている。

 そもそも私は、エレオノーラ・セシリア・サラという王女に会ったこともないのだ。ものまねする以前の問題でもある。

 だからできるとしたら、記憶喪失によって過去を無視したまま、なんとなく王女らしくやり過ごすくらいしかない。


 そしてランスロットとグスターヴ、この二人はおそらく手強い。

 幼い頃からサラ王女と付き合いがあると断言しているところをみると、生半可な態度では簡単に見破られてしまう。

 だから、ここは一つ賭けに出るしかないと判断したのだ。


 本来なら、それは危険な行為だ。十二分にわかっている。この賭けを吉か凶かで考えたら、凶しか出ない気もしている。

 とはいえ、このまま彼らに疑い続けられると、今後王女として動きにくくなるのは間違いない。

 私には元の世界へ帰る目的がある。彼らに負けるわけにはいかなかった。


「逆に問います。ランスロット、そしてグスターヴ」


「はっ、殿下」


 ランスロットとグスターヴがほぼ同時に頭を下げた。


「あなた方は、私が王位につくことをどう考えているのですか? ふさわしいと思っていますか?」


 一拍ほど間を置いてから、私はわざとゆっくりとした口調で告げた。


「……それとも、は信用に値しませんか?」


 顔を上げたランスロットは表情も崩さず、微動だにしない。ただまっすぐに私をみつめてくる。

 グスターヴは微笑を崩すことなく、同じように私をみつめている。

 二人とも役職から考えればさすがというべきか。若いながらに場のしのぎ方を心得ている。ここは素直に褒めておこう。


 そして、私の予想は当たっていたようだ。

 私はあえて、ランスロットに照準を絞った。彼の上質なサファイアのような瞳を射貫くようにみつめ返す。

 対するランスロットは、私の瞳を射殺すほどの力でもってみつめている。一見するとなんの動揺も感じられない。


(……そうね。その冷静さは鍛錬の賜物でしょうね)


 でも、まだまだ甘い。ランスロットがまとう気配が微妙に変化している。私の瞳を見返した瞬間、わずかだが動揺したことを私は看破した。


 甘く見ないでね。こちとらクセの強いベテランノンキャリア警察官だとか、頭でっかちの若造キャリア上司、かと思えばキレッキレに頭脳派で底が知れないキャリア警視長、自己保身しか考えていないノータリン署長なんかを二十九年も相手にしてきたの。

 クセが強いどころか、悪魔としか思えない犯罪者たちも大勢見てきた。


 ランスロット。あなたは私が予想しているよりも、ずっと性根がまっすぐなのかもしれないわね。

 だからあなたは美しいのかもしれない。


「どうしましたか? 我が従兄殿は、答えられませんか?」


 あえて「従兄」と呼び、さらに揺さぶりをかけてみる。

 ランスロットがなにを考えているのかわからないが、私も目的がある以上、ここで退くわけにはいかない。


 私は絶対に生き返る。生前の日本に。子供たちのところに――

 独りぼっちになったとしても、挫けるわけにはいかないのだ。


「……あなたは何者だ?」


 絞り出すような声でランスロットが言った。声音が低い。もう自分を偽ることはやめたようだ。

 美術品のように整ったその顔が、徐々に怒りの色をあらわにしている。

 答え方を間違えたら、腰にある剣で一刀両断されかねないほどの気迫があった。


「ランス、ちょっと待て……!」


 彼の異変に気づいたグスターヴが、慌てた様子でランスロットの腕を掴んだ。そしてランスロットの発言で女官が目を丸くしている。

 ただ、そんななかでフローラだけが驚くことなく平静を保っていた。

 そうか。この人も気づいていたのかと、そのときわかった。いや、私のことを偽物だと最初に気づいたのは、彼女かもしれない。


 女官たちに動揺と恐怖が走る。彼女たちが怯えているのは、ランスロットが微かに殺気を放っているからだろう。


「もう一度、訊く。……あなたは、何者なのだ?」


「その質問に答える前に、殺気を抑えなさい。女官たちが怯えています」


 私が冷静に告げると、ランスロットはハッとしたように身を震わせてから、ふぅと息を吐いた。

 彼の殺気が和らぐ。そして、やや視線が泳いだ。場をわきまえずに殺気を出してしまったことを少々後悔しているようだった。


「グスターヴ、ランスロットと二人きりにしていただける?」


「承知……いたしました」


 ランスロットが予想以上の対応をしたせいで、グスターヴは私の願いに対して、少し迷ってしまったようだ。

 それでもすぐに低頭し、グスターヴがやや怯えている女官たちに声をかけた、まさにその瞬間だった。


To be continued ……

――――――――――――――――――――――――――――――

●○●お礼・お願い●○●


最新話まで読んでいただきまして、ありがとうございました。


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