第25話 ピンチは突然やってくる⑩

 グスターヴは明るい栗色の髪に淡水色にも見える灰色の瞳が優しげで、なんでも相談できそうなお兄さんといった感じだった。

 紫紺しこん色の法服をまとい、高めの襟がついた白いシャツ、黒い蝶ネクタイ、白いベスト、ダークグレーにストライプのデザインが入ったスラックス、丁寧に磨かれた黒い革靴はとても品良くまとめられている。


 騎士団の制服であるランスロットに対し、グスターヴのそれは私服だろうかとも思えたが、法服には胸元に紋章が入っている。

 もしかしたら法服だけが制服なのかもしれない。


 一見すると二十代前半。かなり若く見える人なのに、もう大臣の補佐的役職に就いているというのは驚きだ。

 ものすごく優秀な人なのだろうか。それとも、侯爵だから家の力……と考えるのは、さすがに王族でも失礼にあたるかもしれない。


「あなたのことは『スティーリア様』とお呼びすればよろしいですか? それとも、『グスターヴ様』と?」


「殿下、家格が下の者へ『様』という敬称をつけるのはいかがなものかと。殿下は私どもと違い、すべての国民の上に立つお方でございます。殿下のお立場でしたら、基本的には姓に『殿』をつけるだけで充分です」


「では、グスターヴ殿、と?」


「はい。ですが殿下とは知らぬ間柄でもございませんので、ぜひ『グスターヴ』とお呼びください。ご記憶を失われる前は、そう呼んでいただいておりました」


 なるほど。サラ自身は彼と親しくしていたのか。ランスロットと一緒にここへ来るくらいだから、当然かもしれない。


「わかりました。……それでグスターヴ」


「はい、殿下」


「フローラはあなたを『スティーリア様』と呼び、ランスロットは『メディウス卿』と呼びましたが、なぜでしょうか?」


 私の無知丸出しな問いに対し、グスターヴはにっこりと微笑んだ。

 おお、なんて優しげで柔らかな微笑。草食系西洋イケメンに弱い子なら、一発で落ちるわね。どこか冷淡な印象を持つランスロットと良い意味で好対照だわ。


「ランスロット様は家ではなく個人で、騎士として最高位の称号を王から賜っておられます。ゆえに『卿』と呼ぶ者も多いのでございます」


「騎士の称号……?」


「我がオパルス連邦王国の騎士は、武勲を立てますと王より称号を賜ることができます。その順位もお教えいたしましょうか?」


「お願いします」


「では」と前置きしてから、グスターヴが答えた。


「上から、『ミスリル』『プラティナ』『アウルム』『シルヴァ』『アイゼン』『クプルム』の順でございます」


「ランスロットは最高の称号をお父様からもらったのでしょうか?」


「はい。ミスリル・ナイトの称号を賜りました。騎士となってから私が受けた最高の栄誉でございます」


 ランスロットが右手を胸に当て、少し左足をうしろへ引いて一礼した。

 その姿を見た瞬間、背筋にスッと冷たいものが降りた。


(違う……!)


 あきらかにランスロットの心に変化が生じている。


 これは……距離だ。


 心の、いや立場的なものか。少なくとも、先日会ったときにあった、気軽な接しやすさのような雰囲気は薄い。

 ランスロットと顔を合わせるのはまだ二回目。本人も普段どおりに接しているつもりなのだろう。

 だが二十九年近く警察官として他人を見てきたせいなのか、私には彼の変化が顕著に理解できた。


(これは……バレた可能性が高い)


 私はどうすべきなのかを瞬時に考える。しかし、思考時間は多く残されていないはずだ。

 ここから立ち去り、一度部屋へ戻るべきか。


(……ダメ。それは一時的な逃げにしか過ぎない)


 親しくしていたとはいえ、他人のグスターヴはともかくランスロットはサラの従兄だ。親密さの度合いが違う。これからも気軽に私室を訪れる可能性は高い。

 私はとりあえず笑顔をグスターヴへ向けた。


「わかりました。まだまだ難しいことばかりですが、しっかり覚えてゆきますから、これからも教えてくださいね」


「承りました」


 グスターヴは丁寧に一礼をして、改めて顔を上げた。


「それで……えっと、ランスロット。今日はどういった用件でしょうか?」


 二人が立ち去る気配がないので、私は改めてランスロットを見上げた。


「殿下の今後について、お話ししたく参上いたしました」


「私のですか?」


「現在、殿下は王位継承権第一位のお立場ですが、そのことは覚えておられますか?」


「いいえ、記憶していません。ですが、お話はフローラたちから聞いています」


 ランスロットは私の記憶喪失を心配している。そのうえで、私が王位を継ぐ意思があるのかと考えているというわけか。

 だがやはり、ランスロットの態度が違う。視線が私を探っている感じがある。


 この視線はやはり――疑心だ。


 私の記憶や資質などではなく、サラ王女という存在そのものに対しての。

 ここはおとなしくして疑われないようにするべきか。気弱なふりで切り抜け、私とは、おそらく性格が真逆なはずのサラ王女を演じるべきなのか迷う。


 次の返答まで時間はない。私は急な判断を迫られた。


To be continued ……

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●○●お礼・お願い●○●


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